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五輪エンブレム使用中止決定から考えるネットの「集合知」とネットコミュケーションの心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

■五輪エンブレム使用中止正式決定とネット集合知の力

東京オリンピック大会組織委員会が、五輪エンブレムの使用中止を正式決定しました(五輪エンブレム 使用中止を正式決定 大会組織委員会)。 

今回の出来事で、ネットの「集合知」の力をまざまざと見せてもらった思いです。「疑惑」の真偽は不明です。けれど、イメージ画像や、また別件ですがバッグのデザインなど、いくつかのものについて同じものがネット上にあるという事実が、多くのネットユーザーの力によって確認されました。ネット上には、豊富な知識と経験を持ち、ボランティ精神にあふれた人々が大勢います。

報道によると、使用中止の決定打になったのは、エンブレム活用のイメージ画像に使用された空港の写真が、ネット上にあった写真の無断流用だったことでした。

*集合知とは、「多くの人の知識が蓄積したもの。また、その膨大な知識を分析したり体系化したりして、活用できる形にまとめたもの」(デジタル大辞泉)。

■ネットコミュニケーションの心理的特徴:ネットの功罪

心理学の研究によれば、ネットを使用するとき、人はリアルな場面より良くも悪くも自由に振舞います。

リアルな場面では権威に遠慮して言いにくいような事実も、ネット上では表明することができます。STAP細胞問題のときも、ネット上で論文の問題を調べる匿名の人々が、図表の流用や文章のコピーアンドペーストを指摘したことが、きっかけでした。

一方自由を感じるからこそ、素人もプロさえも、リアルでは行わないような不正を行いやすくなってしまいます。今回ネット上の素材を流用したプロも、雑誌や写真集の写真をコピーしたり接写して自分の作品に切り張りすることはしなかったかもしれません。それがネット上では、ついコピペしてしまいます。博士論文すら、コピペをしてしまう人もいたわけです。

<コピペ・代行で済まそうとしている学生さんへ:引用・転載・剽窃とは・その違いとは:著作権法と私文書偽造>

また自由な意見表明がしやすいといっても、節度をわきまえなければ、集団リンチになってしまうこともあるでしょう。デマを拡散させる加害者になることもるでしょう。

今回のデザイナーの佐野研二郎氏も、模倣ではないけれど、問題が出始めてから、昼夜を問わず本人や家族に誹謗中傷があったと、述べています(大会委員会記者会見)。今回の関連でネットに飛び交った情報の中で、まぎれもない事実もあったでしょうし、そうでないものもあったかもしれません。

ネットの発言は、普段は友人同士の気軽なツイートでさえ、世界に向かって公言していることになります。その発言に登場する人間は生身の人間です。しかし、ネットコミュニケーションは、世界に向けた発言になっていることを忘れやすいメディアです。すでに、多くの一般の人々や、芸能人、政治家も、大失敗を繰り返しています。

ネットは大きな力があり、功罪があります。プロも、一般ユーザーも、ネットコミュニケーションのあり方を、学んでいかなければならないのでだと思います。

■集合知の問題

東京経済大学教授の西垣通先生は、「集合知の応用には大前提があります。それは問題の正解があることです」と述べています(視点・論点 「集合知とネット民主主義」)。

同じ画像がネット上にあるかどうかは、客観的に確認できます。しかし、社会問題の多くは、客観的な正解はありません。不正があったかどうかとか、ある人が善人か悪人かも、様々な意見があるでしょう。

もちろん、民主主義とは多くの人々が意見を述べることが基本です。ごく少数の賢者が決めるのではなく、多くの民衆が知恵を寄せ合うのが、民主主義です。

ただしネットは、気軽でスピーディーなメディアです。不確かな情報で、脊髄反射的に発言をする人もいます。人は自分の名前や顔が出ない匿名になると、無責任に違法なことまでしやすくなってしまうことは、社会心理学的にも実証されています。そんな発言が増え、大きくなってしまった声への対応に戸惑い、判断を誤ることがあってはなりません。

インターネットによって、個人も大きな力を持ちました。その力をどう使うかが、これからの大切な課題です。

*補足(9/2/0:25)

〜私の仕事において不手際があり、謝罪致しました。この件については、一切の責任は自分にあります。〜

毎日、誹謗中傷のメールが送られ、記憶にないショッピングサイトやSNSから入会確認のメールが届きます。自分のみならず、家族や無関係の親族の写真もネット上にさらされるなどのプライバシー侵害も〜

出典:【佐野氏「エンブレムにつきまして」全文】深くお詫び、限界状況と思う スポニチアネックス 9月1日(火)22時57分

上記の記事に、次のオーサーコメントを書きました。

佐野氏の「不手際」を明確にしたネットユーザーの力、ネットの「集合知」の力はすごいものだと思います。ネットは便利ですが、危険なワナにはまりやすいものでもあります。佐野氏とスタッフも、無断流用というワナにはまったと言えるでしょう。

大勢のユーザーによる「集合知」は、客観的に判断できることに関しては、強力に働きます。しかし善悪判断など客観性が困難なことに関しては、時に集団の力は暴走することもあるでしょう。それもネットのワナです。

批判は当然ですが、誹謗中傷はどこまで許されるでしょうか。個人情報や不確かな情報の拡散は、どこまで許されるのでしょうか。私たちは、プロも一般ユーザーも、まだネットについての学びが足りないのかもしれません。

(碓井真史 2015/09/01 23:34)

関連ページをアップしました。

ネットユーザーとマスコミと専門家の3者の責任:オリンピックエンブレム問題のこれまでとこれから」(碓井真史9/3)

検索技術の進歩と膨大な数のネットユーザー。この力は、どちらへ向かうのか

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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