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米韓は北の核実験中止を条件に軍事演習を中止するか!?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

北朝鮮の国営通信社・朝鮮中央通信は1月10日、米韓連合軍が今年の合同軍事演習を臨時中止した場合、北朝鮮も核実験を「臨時中止する用意がある」との提案を、北朝鮮政府が9日に米政府に伝達したと報じた。

「軍事演習を中止すれば核実験を中止する」との北朝鮮の対米提案は元旦の金正恩第一書記の新年辞には言及がなかった。新年辞では韓国に対しては「環境と条件が整えば」との条件付きながら異例にも南北高位級会談(首脳会談)を提唱していた。その「環境と条件」は米韓合同軍事演習の中止にあった。しかし、米国に対しては単に「時代錯誤的な対朝鮮敵視政策を止めるよう」抽象的な要求に留めていた。

朝鮮半島有事の作戦・統制権は韓国ではなく、依然として米国が握っており、米韓合同軍事演習は米軍主導である。新年辞ではなく、約一週間遅れの提案理由には謎が残るが、いずれにせよ、韓国に対しては首脳会談開催を条件に、米国に対しては核実験中止を交換条件に米韓合同軍事演習の中止を求めたことになる。

北朝鮮が核問題と南北首脳会談を取引材料に米韓合同軍事演習の中止を迫ったのは、今回が初めてではない。今から23年前の1992年に一度あり、その時は「バーター取引」が成立している。

米韓両国は1991年11月20日に開いた米韓安保定例会議で北朝鮮の核の脅威に対応するため恒例の米韓合同軍事演習(チームスピリット)を1992年にも実施することで合意していた。しかし、韓国政府は48日後の1992年1月7日、北朝鮮がIAEA(国際原子力機構)との核査察協定に調印することを条件に14年間続いていた合同軍事演習の中止に踏み切った。

韓国国防部が中止を発表すると同時に北朝鮮外務省はIEAEの査察受け入れを表明し、1月30日に査察協定に正式調印した。翌2月には南北総理会談で「和解・不可侵と交流協力合意書」と「非核化共同宣言」が発表された。

前年(1991年)のブッシュ大統領の戦術核削減発表から盧泰愚大統領の「核不在宣言」、南北総理会談開催と南北不可侵宣言・非核化宣言、北朝鮮の核査察の受け入れに繋がり、南北首脳会談の可能性まで取り沙汰された。さらに南北総理会談ではこの年の7月に開催されたバルセロナ五輪に統一チームで参加する話も議題となった。

しかし、北朝鮮が申告した内容とIAEAの査察結果に重大な差があることが判明し、IAEAは北朝鮮に対して特別査察の受け入れを迫り、北朝鮮がこれを拒否したことで1993年にチームスピリットが復活した。チームスピリットのハイライトである野外機動訓練が3月9日に開始されや通常は「戦闘動員体制」に留めていた北朝鮮が1983年以来10年ぶりに「準戦時体制」を宣布。そして3月12日に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言した。

米国防省は翌1994年もチームスピリットを計画していたが、韓国政府は北朝鮮が1994年3月1日にIAEA視察団を受け入れ、また南北特使交換のための実務者協議が始まったことで3月3日、1994年のチームスピリットの中止を発表した。

ところが、北朝鮮がIAEAの一部査察を拒否したことからIAEAが3月19日、この問題を国連安保理に再付託し、米国はチームスピリットの再開を示唆した。北朝鮮はチームスピリットが再開されれば、「NPT脱退宣言を実行に移す」と米国を威嚇し、朝鮮半島の情勢は戦争瀬戸際まで悪化した。

過去の経緯からして、北朝鮮に不振を抱く米国は米韓が受け入れられないことを前提とした北朝鮮の今回の提案は4度目の核実験を強行するための口実に利用しようとしているとの見方を崩していない。米国務省がスポークスマンを通じて「防御目的の軍事訓練と核実験の可能性を不当に関連付けるのは適切ではない。暗黙的脅威である」と拒絶反応を示したのはそのためだ。

同じ理由から韓国外務省当局者も「核実験は国連安全保障理事会決議で禁止されたもので、米韓演習と連動するものではない」と拒否する意向を表明している。特に北朝鮮が「7日戦争作戦計画」のもとに数年内に戦争を仕掛けてくると警戒している国防部に至っては「泥棒が一時泥棒をしないので玄関の扉を開けてもらいたいと言っているのと等しい」と北朝鮮の要求を相手にしない構えだ。

しかし、仮に北朝鮮が強調する「重大提案」を拒否すれば、これまた過去の教訓からしてオバマ政権任期中の核問題解決も、南北首脳会談を含む南北関係改善も必然的に遠のき、逆に北朝鮮の核ミサイル開発にさらに拍車を掛けることになりかねない。

韓国軍20万人と米軍1万人が参加する合同軍事演習「キーリゾルブ」と「フォールイーグル」は、昨年は2月24日から実施されたが、今年は一週間遅れの3月初めから開始される予定だ。

時間的にはまだ妥協の余地は残されている。今月18日から19日までシンガポールで米国からはスチーブン・ボズワース元国務省対北政策特別代表とジョセフ・デトラニ前国家情報局(DNI)国家非拡散センター所長らが、北朝鮮からは6か国協議首席代表の李容浩外務次官と副代表の崔善姫外務省副局長らが出席して米朝半官半民会議が開かれる。

また、早ければ今月末には東京で日本から伊原純一外務省アジア太平洋局長、米国からソン・キム対北朝鮮政策特別代表(兼東アジア太平洋副次官補)が、韓国から黄浚局外交部朝鮮半島平和交渉本部長が出席して北朝鮮問題で日米韓3か国協議が開かれる予定だ。また、昨年6月に国家安保室長に任命された韓国の金光鎮元国防長官が近々訪中し、中国側と核問題や南北問題について協議する予定にある。6か国協議議長国でもあるその中国は今回の北朝鮮の提案を歓迎、支持している。

外交交渉次第では電撃的な展開も考えられなくもないが、サイバー攻撃をされたことで北朝鮮への圧力と制裁を強めているオバマ政権と、経済発展と核開発を同時追求する「平進路線」の継続を新年辞で強調した金第一書記に不信感を抱いている朴槿恵政権がよほどのことがない限り、23年前と同じ轍を踏むとは考えられない。

米韓が北朝鮮の提案を拒否し、米韓合同軍事演習を実施した場合、金正恩政権がそれでも自制し、融和政策を取り続けるのか、それとも、超強硬策に出て、一触即発の状態に陥るのか、それが問題だ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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