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買収後のARMはフリーのCPUコアに勝てるか

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

ソフトバンクによるARM買収が完了した。買収金額は240億ポンド、日本円にして3.3兆円に相当する。ARMは約1000億円の売り上げの会社である。それを3.3兆円という金額で買収した訳だが、その勝算は果たしてあるのだろうか。もう一度、整理してみる。

ARMのプロセッサコアはこれまではIoT端末のマイコンに多数入り込むと見られており、手放しでARMを買収すれば500億個のIoTデバイスに使われると単純計算している関係者もいた。しかし、この500億個という数字のいい加減さは、これを当初IoT市場を予想していたシスコやエリクソンといった通信機器メーカーが下方修正してきている、という事実を取るだけでもわかる。2009年頃に示した500億個という数字は2014年には早くも260~280億個という数字に代わった。下方修正した理由を問うと、下方修正ではなく現実に即した数字に修正した、とのことであった。つまり500億個という数字を発表した2009年頃は、構想をぶち上げるためのホラが混じっていたという訳だ。だからこそ、この500億個という数字は使えない。

一方、センサ開発者グループは1兆個(トリリオン)とぶち上げた。これもバブル的と見る向きが増えている。このため、1兆個のセンサが使われる、という数字を本気で使う人は少なくなっている。

しかも、エリクソンの2021年に280億個という数字には、インターネットにつながるモノ全て、と定義しており(図1)、固定電話から携帯電話、パソコン、サーバー、全てのコンピュータまでインターネットにつながるモノ全て、としている。となると2015年時点ですでにIoTデバイスは150億個あり、これが2021年には280億個、すなわち2倍弱しか増えない計算になる。

図1 インターネットにつながるデバイスの台数予測 出典:Ericsson
図1 インターネットにつながるデバイスの台数予測 出典:Ericsson

IoTはバブルという見方が最近、強まっている。IoTはあらゆる分野、社会に入り込むことは確実だが、だからといってそれぞれの数量が増える訳ではない。ここを見誤るとIoTバブルになる。IoTは農業や鉱業、工業、橋梁やトンネルなどの社会インフラなど、これまで使われなかったところに使われて行くことは間違いない。しかし、それらの数量は少ない。しかも、それぞれ仕様が異なるため、超少量多品種の製品となる。IoTシステムの詳細は参考資料1を見ていただくことにして、IoTシステムはハードウエアだけでは進まない。ソフトウエアとサービスを含むデータに価値があるビジネスだからだ。

ハードウエアメーカーにとって最大の壁は、これをいかに低コストで作るか、である。超少量多品種製品を低コストで設計・製造する技術が求められ、しかもシステムとしてのデータという価値を生むために必要なソフトウエアとサービスをハードウエアと一緒に提供しなければならない。とても1社では作れない。だからこそエコシステムがマストになる。

ここでソフトバンクによるARMの買収を考えてみよう。ARMの最大の特長、メリットはソフト開発や製造・設計、それらのツール開発などARMのプロセッサコアに協力してくれる企業が2000社以上もいることだ。彼らがARMという半導体メーカーに属さない中立的な立場にあるIPベンダーのためにソフトウエアを書いたり、自らの差別化するシステムを作り込んだりしていく。

つまり、ARMは誰からも愛される存在であり、仲間が多い。それをソフトバンクという通信業者が傘下に収めるということは、仲間がARMを見る目が違ってくるという意味である。これまでKDDIやNTT向けに半導体やシステムを開発してきた企業は、喜んでソフトバンク向けに開発するだろうか。顧客が増えることは誰しも喜ぶが、自分の重要な客とバッティングする客まで取ることに躊躇なく行えるだろうか。

ARMビジネスで最も重要な点は中立性である。だからこそ、ARMはソフトバンクに中立性を継続することを求めた。思い出してほしい。4~5年前、スティーブ・ジョブズがまだ生きていた頃シリコンバレーで、AppleがARMを買収するという噂が流れた。Apple がARMを買えば、ARMはもうお終いになる、という観測が流れた。中立性が保たれないからだ。ARMはそれまでAppleにもQualcommにもGoogleにもプロセッサコアを提供してきた。それがAppleしか売らなくなることでビジネスが縮むだろうとシリコンバレーでは考えられていた。

今回、ソフトバンクがARMを買うことにビジネスが縮むだろうという予測は強い。だからこそ、この買収に対して、顧客は反対し、ライバル企業は賛成したのである(参考資料2)。特に、フリーのマイクロプロセッサコアであるRISC-V(リスクファイブと発音)は長期的にはARMを打ち負かすと見る向きはある(参考資料3)。

このフリーのプロセッサが、ARMに吹き始めた向かい風である。ARMと同様、低消費電力で性能はまずまずのマイクロプロセッサIPコアをフリーで使うことのできるRISC-Vプロセッサコアは今後手ごわい存在になる。ARMと違い無料のCPUコアであるため安いチップを作れるからだ。メモリアドレス空間は32ビット、64ビット、128ビットまで揃えている。米カリフォルニア大学バークレイ校が提案、開発しているRISC-VプロセッサIPコアを普及させる非営利団体のRISC-V Foundationの取締役会メンバーがこのほど決まり、活動が本格的に動き出した。

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図2 RISC-Vのプラチナメンバー ゴールド、その他のメンバーを加えると参加企業は40社以上になる 出典:RISC-V Foundation

このRISC-V Foundationには、GoogleをはじめIBM、Qualcomm、Hewlett Packard Enterprises、Microsemi、Microsoft、Oracle、Rambusなど40社以上がすでに参加している(図2)。ただ、日本企業は今のところゼロだ。むしろ、日本企業が誰も参加していない方が危険だ。台湾、中国はすでにメンバーだ。

ソフトウエアでは昔、LinuxがフリーOSとして登場して以来、今やウェブサーバ市場の95%に使われ、スマホの85%を占めるAndroidにも使われ(参考資料4)、コンピュータの大衆化に貢献した。ソフトウエアの中核となるOSにLinuxが使われてきたことと同様、ハードウエアの半導体ICの中核となるマイクロプロセッサにフリーのRISC-Vが使われ始めているのだ。売上1000億円のARMをソフトバンクが3.3兆円も金にモノを言わせてARMを買ったが、それをいつ回収できるようになるのか、未来は決して明るくない。

参考資料

1.IoT時代はデータ価値の理解が最重要(2016/06/18)

2.68% of Chip Designers See Softbank/ARM buyout as a Long Term BAD, DeepChip

3.64% of EDA/IP Vendors See Softbank/ARM buyout as a Long Term GOOD, DeepChip

http://www.deepchip.com/items/0562-03.html

4. Charting a New Course for Semiconductors - Rambus and GSA Report

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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