Yahoo!ニュース

乾癬とアトピー性皮膚炎の意外な関係性!皮膚バリアの役割に迫る

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

乾癬とアトピー性皮膚炎は、ともに慢性の炎症性皮膚疾患ですが、その病態や臨床症状は大きく異なると考えられてきました。乾癬は主にTh17細胞によって引き起こされ、明確な境界を持つ鱗屑(りんせつ)を特徴とします。鱗屑とは、角質層が肥厚し、剥がれ落ちた状態を指します。一方、アトピー性皮膚炎はTh2細胞が主体となり、境界不明瞭な紅斑(こうはん)と強い掻痒感(そうよう感)が特徴的です。紅斑とは、皮膚が赤く腫れ上がった状態を指します。

しかし近年、これらの一見異なる皮膚疾患の病態には、実は共通点があることが分かってきました。それは、両疾患の発症と悪化に「皮膚バリアの機能低下」が深く関与しているということです。私たち人間の皮膚は、単なる「体の包装材」ではなく、外界から身を守るための重要な「バリア」としての役割を担っています。

【皮膚バリアとは?健康な肌を維持するカギ】

皮膚バリアは、角質細胞(かくしつさいぼう)や細胞間脂質、タイトジャンクションなどで構成され、外部からの異物侵入を防ぐ重要な役割を果たしています。角質細胞は、表皮の最も外側に位置する扁平な細胞で、レンガの壁のようにぴったりと重なり合うことで物理的バリアを形成します。

細胞間脂質は、角質細胞の間を埋めるように存在し、セメントの役割を果たします。タイトジャンクションは、隣り合う細胞同士を密着させる結合装置で、細胞間の隙間を埋めることで、水分の蒸散を防ぎ、バリア機能を高めます。

健康な肌を維持するには、皮膚バリアの恒常性が保たれることが非常に重要です。しかし、乾癬やアトピー性皮膚炎では、このバリア機能が破綻することで、炎症のメカニズムが惹起されることが明らかになってきました。

【皮膚バリア機能の破綻が引き起こす炎症の悪循環】

乾癬やアトピー性皮膚炎では、皮膚バリアを構成するタンパク質の異常や減少が認められます。例えば、乾癬ではケラチン17というタンパク質の過剰発現が確認されており、これがT細胞の活性化を促進することが分かっています。一方、アトピー性皮膚炎では、フィラグリンという角質細胞間の接着を担うタンパク質の減少や遺伝子変異が報告されています。

皮膚バリアの機能が低下すると、本来なら侵入できない細菌やアレルゲンが皮膚の深部まで到達し、炎症性サイトカインの産生を促します。乾癬ではIL-17やIL-22、アトピー性皮膚炎ではIL-4やIL-13などが代表的です。これらのサイトカインは、皮膚の炎症を引き起こすだけでなく、皮膚バリア関連タンパク質の発現をさらに抑制してしまいます。

こうして、「バリアの破綻→炎症の惹起→バリアの更なる破綻」という悪循環が形成され、慢性的な皮膚の炎症が持続してしまうのです。つまり、一見異なる病態を示す乾癬とアトピー性皮膚炎も、「皮膚バリアの機能低下」という共通の基盤の上に成り立っている可能性が示唆されるわけです。

【皮膚バリア関連分子の異常が両疾患の病態形成に関与】

乾癬とアトピー性皮膚炎という異なる皮膚疾患に共通して、皮膚バリア関連分子の異常が認められるという事実は、非常に興味深いものです。前述のケラチン17やフィラグリンに加え、乾癬ではデスモグレイン1の発現低下が、アトピー性皮膚炎ではクローディン1の発現低下が報告されています。

デスモグレイン1は、角質細胞間の接着に関わるタンパク質の一つで、その発現低下は皮膚バリアの脆弱化につながります。また、クローディン1は、タイトジャンクションを構成するタンパク質で、その発現低下は細胞間の密着性を低下させ、バリア機能を損ないます。

このように、乾癬とアトピー性皮膚炎では、異なる皮膚バリア関連分子の異常が認められますが、いずれも皮膚バリアの恒常性の維持を妨げ、炎症の遷延化に寄与していると考えられます。つまり、両疾患の病態形成には、皮膚バリアの破綻が共通の基盤となっているのです。

【乾癬とアトピー性皮膚炎に共通する治療ターゲットとしての可能性】

皮膚バリアの機能低下が、乾癬とアトピー性皮膚炎の発症と悪化に関与しているという知見は、新たな治療戦略の開発にも大きな示唆を与えてくれます。従来、乾癬に対してはIL-17阻害薬、アトピー性皮膚炎に対してはIL-4/IL-13阻害薬といった、サイトカイン標的療法が主流でした。

しかし、皮膚バリアの重要性が明らかになったことで、「バリアの補強」という新たなアプローチが注目されるようになりました。例えば、保湿剤の使用により角質細胞間脂質を補充したり、フィラグリンの発現を促進する外用剤の開発などが進められています。

また、皮膚のバリア機能を司る様々な遺伝子の解析も進んでおり、それらを標的とした新薬の開発も期待されます。こうした「皮膚バリア」に軸足を置いた治療戦略は、炎症性サイトカインの産生を上流で抑制することができるため、より根本的な治療法になり得ると考えられています。

【乾癬とアトピー性皮膚炎の新たな治療戦略に期待】

乾癬とアトピー性皮膚炎は、これまで全く異なる病態を持つ皮膚疾患として認識されてきました。しかし、両疾患に共通する「皮膚バリアの機能低下」という新たな視点が加わったことで、その理解は大きく変わろうとしています。皮膚バリアの破綻が炎症の悪循環を招き、病態の遷延化に寄与しているという事実は、私たち皮膚科医にとって非常に重要な知見です。

今後は、皮膚バリアの恒常性維持を目的とした新たな治療法の開発が加速していくことでしょう。例えば、角質細胞間脂質の補充を促進する外用剤や、フィラグリンの発現を正常化する分子標的薬などが実用化されれば、乾癬とアトピー性皮膚炎の両疾患に対する画期的な治療法になるかもしれません。

また、皮膚バリアに関わる遺伝子のさらなる解明も期待されます。そうした基礎研究の成果が、新薬の開発にも直結していくことでしょう。乾癬とアトピー性皮膚炎という、一見異なる皮膚疾患の理解と治療に、「皮膚バリア」という共通言語が加わったことで、私たち皮膚科医の臨床はより深化していくに違いありません。

皮膚の健康を維持し、皮膚疾患に悩む患者さんのQOLを高めていくために、皮膚バリアの重要性を常に念頭に置きながら、日々の臨床や研究に取り組んでいきたいと思います。

参考文献:

Front Med (Lausanne). 2024 Mar 28:11:1335551. doi: 10.3389/fmed.2024.1335551.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

美肌アカデミー:自宅で叶える若返りと美肌のコツ

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

皮膚科の第一人者、大塚篤司教授が贈る40代50代女性のための美肌レッスン。科学の力で美しさを引き出すスキンケア法、生活習慣改善のコツ、若々しさを保つ食事法など、エイジングケアのエッセンスを凝縮。あなたの「美」を内側から輝かせる秘訣が、ここにあります。人生100年時代の美肌作りを、今始めましょう。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

大塚篤司の最近の記事