県民健康調査の集計に含まれない、原発事故時4歳の子どもの甲状腺がんが明らかに
いったい全部で何人の甲状腺がんが発症しているのか。県民健康調査で未発表の発症例があることが明らかになったことで、福島県立医大の情報開示姿勢に疑問符がひとつ増えた。
東電福島第一原発の事故後、甲状腺がんを発症した人たちに10万円の給付金を支給している「3・11甲状腺がん子ども基金」は3月31日、新たに6人に対して療養費を給付することを発表した。今回の給付対象者の年齢は原発事故時に4歳から16歳の男子3人、女子3人。事故時5歳未満の子どもに給付するのは初めて。
3・11甲状腺がん子ども基金
同基金の崎山比早子代表理事は会見で、原発事故時4歳の男の子について、県民健康調査で甲状腺検査を受けているが、「これまでに公表された悪性または悪性疑いの数に含まれていない」と指摘。さらに、これまでに基金から給付をした福島県在住者54人の中に、今回のほかにも5人、県民健康調査で公表されている症例には含まれていない人がいるとし、「報告に入らないのは問題だと思う」という認識を示した。
県に報告が上がらない症例があることについて、福島県は筆者の取材に対し、「今後、検討委で(報告の範囲や方法などが)議論される可能性がある」と述べた。
福島県では現在、県の委託を受けた福島県立医科大学が、原発事故の健康影響を調べるために県民健康調査を実施している。その中で、原発事故時に18歳以下だった子ども、約37万人を対象に甲状腺検査を実施。これまでに184人に悪性腫瘍が見つかったと発表している(2017年2月20日発表)。
甲状腺検査は、2011年10月から2013年度にかけて1巡目、14年度と15年度で2巡目を実施し、16年度からは3巡目に入った。これまでに、1巡目で約30万人、2巡目で約27万人、3巡目で約7万人が受診した。事故時の年齢は、いちばん下が5歳だ。
ではなぜ、3・11基金に申請があった症例は、この中に含まれていないのか。
甲状腺検査は2段階で実施されている。1次検査は超音波で甲状腺を診て、問題がある場合は2次検査として尿検査や血液検査などを実施。場合によっては細胞を直接採取する穿刺吸引細胞診をする。
2次検査の細胞診で、悪性または悪性の疑いとなった症例と、その手術状況については、3カ月に一度のペースで開催されている県民健康調査の検討委員会(以下、検討委)で、福島医大が報告している。
一方、2次検査の結果、すぐに手術をする必要がないなどと判断されると、しばらく経過の様子を見ることになる。
ところが経過観察は、通常の保険診療になるため県民健康調査の枠から外れるため、福島医大はその後の経過を検討委に報告していないのだ。そのため、もし経過観察後にがんが発生しても、現状で検討委は数を把握することができない。
経過観察になり報告されないケースについて、福島県立医大の鈴木眞一教授は、検討委の下に設置された専門家会議で次のように説明していた。
「幸いにも今のとこそういう症例がないので、報告してはいませんけど、そういう症例があれば別枠で報告になると思います。経過観察中に発見された悪性腫瘍ということになると思います」
(2015年2月2日開催 第5回甲状腺評価部会)
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/109100.pdf
今回、3・11基金が発表した事故時4歳のケースは、2巡目の検査でB判定になった後、何度かエコー検査を受け、2015年に細胞診を実施。悪性腫瘍の疑いと診断され、2016年前半に手術を受けたという。
つまり福島医大は、鈴木教授がこのように説明をした後も、「別枠」での報告をしなかったことになる。もし福島県立医大が報告をしているのなら、すでに発表されていなければならない。
これまでの検査で経過観察になった人数は、前掲の表で示したように、2500人を超える可能性がある。また、人数は公表データから読み解くことができるものの、年齢構成は不明だ。3・11基金の崎山共同代表は「この中でがんが発生してもわからないのは問題」という。
そしてなぜ、経過観察後の状況を報告しなくてもいいことになっているのか、経緯は明確ではない。県民健康調査を管理している福島医大の健康管理センターは、経過観察は通常診療になるので「個人のプライバシー」を守るため、健康管理センターにも報告はないと説明している。しかし、これまでに発表されている悪性または悪性疑いの症例や数も、通常診療のデータだ。経過観察後の状況報告との違いは明確ではない。検討委からの要請がない限り、実施期間の福島県立医大によって報告するデータが選別されているのが現状だ。
このほか、3・11基金には、当初から県民健康調査を受診しないまま、甲状腺がんを発症した人からの申請もあったという。これも、すでに公表されている甲状腺がんの発症数の枠外だ。
このような状況について福島県は、発症数は国のがん登録でいずれわかるとしているが、データが揃うのは数年先だ。「県民の健康状態を把握し、疾病の予防、早期発見、早期治療」を目的に設置された検討委が、議論をするためのデータ収集すらできないのでは、これまでの議論の実効性に疑問が生じる。
検討委は2016年3月、甲状腺がんと放射線の影響について「中間取りまとめ」を公表。事故時の被ばく線量がチェルノブイリに比べて低いことや、事故当時5歳以下からの甲状腺がんが発生していないなどとして、「放射線の影響とは考えにくい」と評価している。この評価をまとめた後、事故時5歳の子どもから甲状腺がんが発見されたが、結論に変更はない。
そして福島県は、中間とりまとめを受けて、「事故当時0~5歳であった年代の今後のがん発症の状況について注視していく」としている。
県民健康調査における中間取りまとめを踏まえた県の対応について
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/194746.pdf
県民健康調査における中間取りまとめ
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/158522.pdf
しかし今回、福島医大が検討委に報告してない事例があることがわかったことで、県が「注視していく」という情報には漏れがあることが明らかになった。注視というのであれば、福島医大に情報提供を求めていく必要があるだろう。福島医大はこれまでも、手術症例を検討委で報告せず、学会発表を優先するなどして批判を受けたことがある。現在も、公表されているデータは2年前の学会発表時の内容に及ばない。
福島医大は、今年3月9日にフォーリン・プレスセンター(東京)で、「東京電力福島第一原発事故から6年、見えてきた福島県民の健康状態」というテーマで記者会見した際に、甲状腺検査の責任者である大津留晶教授が、5歳未満の子どもからは「現時点では甲状腺がんは検出されていない」と説明している。この時に福島県立医大は、事故時4歳の症例を把握しているはずなのに、なぜこのような説明になっただろうか。
3・11基金の崎山共同代表は、事故時5歳や5歳未満の人から甲状腺がんが見つかったことで、「放射線の影響は考えにくいという根拠が崩れてきているのではないか」と指摘している。