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予想されていたトランプの米朝首脳会談中止表明

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
photo/White House

駆け引きの延長だが、確実に和解機運は後退

 5月24日、トランプ大統領が米朝会談中止の北朝鮮向け書簡を公表しました。その中で、トランプ大統領はまだ交渉決裂を宣言してはおらず、北朝鮮側の妥協を金正恩に呼び掛けていることから、駆け引きは今後も続くものと思われますが、かといって「単なる駆け引きの延長なので問題ない」ということではありません。北朝鮮もアメリカも互いに一歩も引かない立場を鮮明にしたという局面なので、和解への道は確実に、しかもかなり大きく後退したことになります。

最初から予想されていた紆余曲折

 今回の会談中止表明を意外に思う向きも多いかもしれませんが、可能性としては充分に予想されたことです。米朝互いの主張が、最初から乖離していたからです。

 米朝ともに「非核化」に向けて合意していましたが、その非核化の中身が全然違っています。米側の言う非核化はあくまで「北朝鮮の非核化」であり、北朝鮮の言う非核化は「米軍の対北朝鮮戦力を含む朝鮮半島の非核化」です。まったく違うのですが、これについては、両国ともに、これまで一度も妥協を示していません。

 アメリカは最初からずっと「北朝鮮が非核化をするなら、対話する」という立場でした。アメリカ側からの妥協カードは「北朝鮮がそうするなら、金正恩政権を認めて、応援すらしてやる」ということ。平たく言えば、「北朝鮮が一方的に核廃棄するなら、和解してやっていい」という立場です。

 ボルトン補佐官がリビア方式を持ち出して具体的な核放棄の手順を押し付けたことが、北朝鮮が反発した原因との見方もあるようですが、ボルトン発言はトランプ政権が最初から言っている「北朝鮮が非核化するなら」をもとにその手順を示しただけですから、根本的な対立の原因ではありません。同様に、今回のペンス副大統領の強気のコメントも、根本的な対立の原因ではありません。

根拠情報のないまま高まっていた楽観論

 他方、北朝鮮側は、そもそも今回の米朝和解の動きをしかけた側ですが、米朝戦争を回避し、自分たちの安全保障を確保するために和解はしたいということでしょうが、そこでアメリカ側を引きずりこむために提示できる言葉は、あくまで前述したように「朝鮮半島の非核化」に留めてきました。曖昧で途方もない話ですが、それで双方が合意すれば、実際の非核化はかなり困難なまま、北朝鮮は核保有国として認められることになります。

 その交渉の中での北朝鮮側のカードは「今後の核・ミサイル実験の凍結」「核実験場の廃棄」に留まっており、一方的な核放棄をにおわせる発言は一切してきていません。ボルトン発言で急に北朝鮮が硬化したとの見方もありますが、最初から軟化していません。また、中朝首脳会談を機に北朝鮮が硬化したとの見方もありますが、硬化以前に最初から軟化していません。

 唯一、ポンぺオ国務長官が訪朝したときだけ、米朝ともに非常に前向きの姿勢を公表しましたので、そこで何らかの合意があったものと推測されますが、その後の両国の発言からすると、枝葉問題である経済制裁解除などに関する話で、メインの核放棄での合意ではなかったということかと思われます。

 一連の交渉のなかで、「ここまで和解ムードが進むなら、北朝鮮は実はすでに核放棄に合意しているはず」とか、逆に「トランプ大統領はどうせ最後は米朝和解をアピールするために北朝鮮に妥協するはず」といった見方も多かったですが、今回の首脳会談中止表明からわかることは、少なくともこれらの見方は、実際には米朝交渉の水面下の情報から導き出された推測ではなく、確固たる根拠情報のない憶測だったということでしょう。

テキトーだった文在寅の伝言情報

 ただし、それらの憶測にまったく根拠情報がなかったかというと、そうではありません。韓国の文在寅大統領と韓国大統領府がさかんに「北朝鮮は核放棄する意向だ」と情報発信していたからです。

 北朝鮮側からの公式情報がないなかでの、文在寅大統領の伝言情報はすべてあやふやな未確認情報にすぎませんが、そこを読み違えると、前述したような「北朝鮮は実はすでに核放棄に合意しているはず」との分析になります。そこは慎重になるべきでしょう。

このまま「決裂」も両陣営は望まず

 今後の予想としては、完全に決裂というかたちにすぐにはならないでしょうが、米朝和解への劇的なターンもかなり難しいと思われます。

 トランプ大統領側とすれば、一連の交渉で北朝鮮が核放棄に妥協してくることを期待していたのでしょうが、北朝鮮が妥協しないなら、むしろ和解劇からフェードアウトしたほうが、国内政治的にも傷が浅くなります。

 他方、金正恩委員長側としても、核とミサイル実験の凍結および核実験場の廃棄まで妥協したうえで、このまま一方的な核放棄(これはつまり、北朝鮮側からすると、一方的な対米抑止力の放棄を意味します)の流れには乗れません。

 現在、トランプ政権側から、北朝鮮が妥協するようにボールを投げられ、北朝鮮側はそれに驚きと遺憾を表明し、対話復帰を望む旨を公表しています。北朝鮮側とすれば、アメリカが突きつけている一方的な核廃棄には乗れませんが、なんとかせめて対話継続に持っていきたいというところでしょう。今後、おそらく北朝鮮側からは、緊張緩和をアメリカに呼び掛ける動きが出てくるでしょう。

 両陣営とも「戦争」への流れは回避したいはずなので、いっきに昨年のような罵倒合戦ということにもなりづらいかと思われます。

筆者の過去記事。ご参考まで

米朝首脳会談で歴史的和解を期待するのは時期尚早 黒井文太郎 | 3/11(日)

北朝鮮の非核化「楽観論」がまだ成立しない理由~現時点では存在しない北朝鮮が核放棄する根拠2018.5.7(月) 黒井 文太郎

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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