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「1票のコストが500円」を肝に銘じる。

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

いよいよ今日10日は、参議院選挙の投票日。

今回に限らないが、投票日までに各種世論調査で既に大勢が決まっているような報道が目立ち、そうなると「もう決まってるじゃん」としらけムードが出る印象がある。今回、期日前投票者数が過去最高と言われているが(8日までに1319万人)、それでも全有権者の12.4%だ。本来は、今日1日の投票行動によって大勢が決まるのだ。選挙をするのはメディアではなく、私たちであることをまず考えておきたい。

有権者1票のコストは「500円」

「選挙には多額の税金がかかる」と最近良く言われるが、具体的にいくらかかっていて、何に使われているのか。政府が作成、公表している「行政事業レビューシート」を見ると、それが見えてくる。

平成28年度行政事業レビューシート
平成28年度行政事業レビューシート

上記は、今回の参院選の事業費が書かれているレビューシート。予算は約535億円。参院選公示前日の6月21日の有権者総数が、1億660万人なので、有権者1人あたり、つまり1票にかかるコストは約500円ということになる。

この投票引換券が500円かかるとも言える。
この投票引換券が500円かかるとも言える。

2年前の衆議院選挙の時は、561億円の事業費で有権者数は1億400万人なので1票あたり540円、3年前の参院選は同じく490億円で1億415万人なので1票あたり471円。概ね500円前後で推移していることになる。

平成26年12月の衆院選の投票率は52.66%、棄権者数は4922万人。単純化して言えば、246億円(500円×4922万人)分の投票券が棄権になったことになるのだ。平成24年の衆院選での棄権分約240億円、平成25年の参院選の232億円なので「投票放棄額」が高くなっていることがわかる。

535億円の使いみち

先述の行政事業レビューシートを見ると、具体的な使いみちも見えてくる。前回(平成25年)の参院選の実績で見てみよう。

25年参院選のレビューシートのお金の流れ
25年参院選のレビューシートのお金の流れ

上記のお金の流れを見てみると、事業費490億円の9割以上にあたる約447億円が都道府県への委託費用になっており、さらにその88%(約392億円)が都道府県から市町村へ委託されている。これは、地方財政法と公職選挙法により、国政選挙に必要な経費はすべて国が全額負担することになっているためだ。

では、地方では具体的にどのようなことに使っているのか? それは下図を見るとわかる。都道府県の中で最も多くの国費が投入された東京都では、市区町村への交付額が34億円、候補者の政見放送やポスターの作成、新聞広告にかかる費用が2.3億円(公選法によりこれらの経費は公費負担することが決められている)、選挙事務全般の事務費(職員の超過勤務代など)が1.6億円、選挙公報の印刷経費に7100万円などと記載されている。

次に市町村。一番国費が投入されている横浜市は、投・開票所に係る人件費が計約4.1億円、選挙事務全般の事務費が2.7億円、期日前投票所の管理者人件費等が3100万円、ポスター掲示上の設置と撤去費で7400万円などとなっている。大まかに整理すると、都道府県は選挙に必要な機材の作成を行い、市区町村は人件費が中心であると言える。

25年参院選レビューシートより抜粋
25年参院選レビューシートより抜粋

テレビと新聞に最低でも20億円以上の国費

選挙期間中にNHKで流れる候補者や政党の政見放送、新聞各紙の広告欄に登場する候補者や政党の広告は、候補者などが負担するわけではない。当然ながら各社のサービスでもなく、法律によってその経費は国が負担することが決められている。

上記2つのレビューシートの抜粋を見ると、政見放送にかかる経費として2900万円(うち2800万円がNHK)、新聞広告費として新聞社8社に約16億円流れていることがわかる。ただし選挙においてのメディアへの支出額はこれだけではなく、候補者個人の新聞広告や政見放送にかかる経費は先述の地方への委託費の中に含まれるため、それらを勘案すると、少なくとも20億円以上の国費の行き先はメディアということになる。

なお、このほか、選挙運動用のハガキ(支持者が当該候補者を応援していることを自らの知人に表明することを目的としたもの)を選挙運動で利用することが認められているが、このハガキの作成費や郵送費は候補者側ではなく国費で負担することが決められている。その合計額約16億円は、日本郵便株式会社に支出していること、また、選挙期間中の候補者の公共交通による移動も国費で負担することとなっており、その金額が1.4億円だということもレビューシートからわかる。

選挙費用535億円が高いかどうかは、個々人の考え方次第だと思うが、金額だけで判断するのではなく、その中身をしっかりチェックする必要はある。例えば新聞広告を公費負担にするのは止め、掲載の有無も含めて候補者や政党の自己判断にするべきではないか、インターネットによる選挙運動が解禁されている中で16億円もの税金をかけてハガキをばらまくことが適切なのか、など議論の余地は多分にあろう。

535億円を使うことの成果指標は投票率の向上ではないのか?

少なくとも今回の選挙は、この仕組みの中で行われているからこそ、政治もメディアも国民も一緒になって、535億円を活きたお金になるような選挙にする努力が必要だと考える。そのための重要な成果指標が「投票率」だ。総務省のレビューシートの成果指標は下図の通り、

「本事業は、法律に基づき、任期満了により改選される参議院議員の選挙の執行管理を行うものであるため、定量的な成果目標を示すことは困難。公正な選挙の確実な実施を目的とするもの。」

と記載されている。滞りなく選挙を行うことは当然として、何のために候補者の宣伝経費を国費でまかなっているのか、啓発を行っているのかを考えると、有権者に選挙への関心を持ってもらい投票に行ってもらうことが理由であるはずだ。

参院選の「成果指標」(レビューシートより抜粋)
参院選の「成果指標」(レビューシートより抜粋)

3年前の参院選はの投票率は52.61%、2年前の衆院選は52.66%。

総務省は「投票率の向上は有権者次第」と他人事になるのではなく、多くの国費を投入している成果であることを自分事として捉えてほしい。

それは私たち国民自身も同様だ。選挙権年齢の引き下げにより、18,19歳の投票率に注目が集まっているが、私たち「大人」の投票率にももっと焦点を当てなければならないと考える。投票締め切りまでまだ7時間はある。手元にまだ投票所引換券がある人には、その紙は500円だということを考えてほしい。そして、500円の税金をドブに捨てることなく投票所に足を運んで欲しい。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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