猫と考察 「光る君へ」話題になる5つの理由
大河ドラマでは数少ない平安を舞台にした大河ドラマ「光る君へ」(NHK/脚本:大石静)が当初の予想に反して好意的に受け止められている。はじまる前は馴染みのない時代なので難しいのではないかと心配されていた。だが、「光る君へ」は馴染みのない分、サービス精神豊富なのである(時姫役で出ている三石琴乃の声で「サービス、サービス〜」を思い浮かべてほしい)。その要素を5つ挙げてみよう。
その1:猫がかわいい
サムネイルに使用した猫(倫子〈黒木華〉の愛猫・小麻呂)はサービスの最たるもの。かわいくて、出るだけで和むし、意外と話の展開に寄与している。第5回では、殿方の前に顔出ししない倫子の顔を藤原兼家(段田安則)が見るきっかけを作った。そして、兼家は、道長(柄本佑)に倫子を「悪くなかったぞ」と評価し、婿入りしてはどうかと提案するのである。
猫をペットにすることは平安時代から行われていて、「光る君へ」の主人公・まひろ(吉高由里子)がのちに執筆する「源氏物語」の第34帖「若菜」に猫が登場している。その描写は猫好きにはたまらない必読のものだ。
その2:話がわかりやすい
兼家が道長に倫子をすすめるのは、お家のため。藤原家のちからを大きくするために、家柄が良く経済的にも恵まれている倫子とつながり、その父である左大臣・源雅信(益岡徹)を味方にしたい。
貴族たちは、権力を増大させるためには邪魔者を消す策略も厭わない。第6回では、道長と、次男・道兼(玉置玲央)が別々の方向から歩いてきてすれ違い、立ち止まり、「俺たちの影もみな同じほうを向いている。一族の闇だ」と、 各々の後ろに長く伸びた影を見る場面はゾクリとした(この回の演出はベテラン黛りんたろう)。
物語のベースは、主人公まひろがのちに紫式部として世界的な名著「源氏物語」を執筆するまでの成長物語、あるいはサクセス物語で、彼女の人生に大きな影響を及ぼすのが道長である。
まひろが光とすれば、道長は影。第6回の冒頭でまひろは器の水鏡に映った月を掬って顔を洗う。月といえば、道長が大出世を遂げた暁に詠んだ有名な歌が「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 虧たることも なしと思へば」。月はこの物語のモチーフのひとつになっているようにもおもう。
その3:なかなか結ばれない恋がもどかしい
道長とまひろは子供の頃に運命的な出会いをし、6年後に再会。6年も経過していてもふたりはお互いを忘れていなくて、再会後は、とても意識し合っている。第6回のラストでは道長は告白の文を送っているほどだ。が、史実では、ふたりは結ばれてはいない。それぞれが別の伴侶を得ることになる。
まひろと道長、ふたりはなぜ、結婚という道を歩まず、でも生涯、なくてはならない特別な感情で繋がったのか。
まひろは、母ちやは(国仲涼子)を殺した人物が、道長の兄・道兼であったことを知って苦しんでいる。そのうえ、藤原家は、まひろの家よりずいぶんと上級で、道長とは結ばれない条件がいくつも重なっているのだ。
悲しい運命、でもーー
まひろのこの健気な決意が、物語を書くということにつながっていくのだろう。
その4:サクセスストーリー
まひろの作家としての才能はすでに発揮されている。倫子のサロンでは、兼家の妾・藤原道綱母こと寧子(財前直見)が書いた「蜻蛉日記」の本質を読み解いた。女性の微妙な感情を行間から発見し、殿御に顧みられなかった嘆きを綴ったものではなく、身分の高い男に愛された身分の低い女性の自慢話と解釈する鋭さは、天性のものであろう。
さらにまひろは、散楽の劇団員・直秀(毎熊克哉)たちが上演する劇のアイデアを考えつくが、散楽を見に来る民は貧しく、散楽を見ている間だけでも笑いたいのだと、「おかしきものこそめでたけれ」と教わる。
ちなみに、庶民目線も手厚く、散楽の直秀は盗賊、それも義賊でもある。散楽では貴族を批判する演目をやって、貴族の家に盗みに入って、庶民の溜飲を下げている。
狭い我が家から広い世界へと目を向けながら、着々と作家の道を歩いていくまひろ。後のライバル・清少納言ことききょう(ファーストサマーウイカ)も現れて……。漢詩の回でのふたりの教養合戦は刺激的だった。ちなみに清少納言の名著「枕草紙」にも猫のことが書かれている。
その5:文学的教養は考察の元祖である
この時代、貴族は武力による戦ではなく、知恵で権力を争った。己の手を血で穢してはならなかったからだ。
宮中で勢いを増す義懐(高橋光臣)一派に、斉信(金田哲)と公任(町田啓太)が接近していると知り危機感を覚えた藤原家長男・道隆(井浦新)が、彼らに釘を刺すため、漢詩の回を開く(第6回)。
「(帝を)お支えする者が知恵なくば国は乱れます」と道長は言い、妻・貴子(板谷由夏)は、漢詩には選んだものの思いが出る、若者が学問の成果を披露する場に飢えていると賛同する。
行成(渡辺大知)、斉信と公任、道長がそれぞれ酒をテーマにした漢詩を披露し、道隆はそれぞれの詩にこめられた心情を読み解く。何を願い、何を憂いておるのか、心に刻んだとねぎらわれた公任と斉信は、義親よりも道隆につこうと、みごとに道隆の人間力に丸め込まれる。
近年のドラマで人気要素は、本心を隠して相手を出し抜く心理戦と、あれこれちりばめられた謎の考察であるが、漢詩のエピソードは、ひじょうに上等な心理戦と考察の要素を満たしていた。
さらに、そこにまひろと道長の、暗号のような恋ごころも盛り込んであった。漢詩が苦手な道長は自作でなく、白楽天(白居易)が親友・元微之に送った漢詩を発表する。それを聞いたまひろは、「君」と呼びかける「君」を自分と感じているかのような恍惚とした表情に……。まるで公衆の面前、こっそりテーブルの下で手をつなぐような、ドキドキのシーンである。
また、まひろが公任の詩に「唐の白楽天のような詠いっぷり」と感想を述べると、ききょうが「私はそうは思いません、むしろ、白楽天の親友・元微之のような詠いっぷりでした」とすかさず指摘する。ききょうの知性と、遠慮のない態度で、紫式部と清少納言の教養合戦の場面にもなっているという、密度の濃いエピソードであった。
漢詩の蘊蓄や解釈は、SNSで教養の高い方々がめいめいやっているので、ここでは行わないが、筆者が漢文で思い出したのは、6年前、幼いまひろ(落井実結子)が三郎(木村皐誠)と名乗っていた道長に、漢文の続きを書いて、とねだった第一回。三郎は漢文が苦手と躊躇していたが、その後、苦手ながら、まひろのことを思ってすこしは勉強していたのではないか。そんなふうに想像すると、微笑ましくなる。
そして、こんなにも互いを思っているのに、なんで結ばれないんだろうと、なんともものぐるほしくなる。こうしてすっかり「光る君へ」の世界に取り込まれている。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)
【総合】日曜 午後8時00分 / 再放送 翌週土曜 午後1時05分【BS・BSP4K】日曜 午後6時00分 【BSP4K】日曜 午後0時15分
【作】大石静
【音楽】冬野ユミ
【語り】伊東敏恵アナウンサー
【主演】吉高由里子
【スタッフ】
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか