「カーネーション」「カムカムエヴリバディ」NHKの良作スタッフが神戸で何を撮っているのか
「カーネーション」「その街のこども」「カムカムエヴリバディ」「心の傷を癒すということ」そしてーー
映画「港に灯がともる」撮影現場ルポ
映画「港に灯がともる」(監督:安達もじり)は震災後20年の神戸を舞台にした心の復興の物語。
2024年春から初夏にかけて行われた撮影の現場にはほっこりとやさしい空気が流れていた。
映画「港に灯がともる」あらすじ
阪神・淡路大震災の直後に生まれた在日韓国人3世の金子灯(富田望生)は、家族とのコミュニケーションの悩みから双極性障害を発症する。なかなか思い通りにいかない日々の暮らし。それでも灯は自分自身とも家族とも向き合うことから目をそらさず、さりとて結論を急がず、ゆっくりと時間をかけて、人生に光を見出そうと試みる。
神戸各地で撮影が行われると聞き、4月のある日、私は神戸へ見学に出かけてみた。張り切って見学したいと自分から言い出したものの、心の問題と向き合う人たちの繊細な物語だから、外部の人間が見学してもいいものだろうかと、ふと躊躇しはじめた私に、プロデューサーの堀之内礼二郎さんは全然構わないとあたたかく言ってくれた。
台本を読むと、悩む灯と周囲の人達がピリピリすることはない(灯の双極性障害の原因としての家族とのぎくしゃくはある)誰もができるかぎり広い心で他者を受け入れることで、心の状態が安定していくような感覚に満ちている。この空気を撮る現場がピリピリしていたら、映画のタイトルにもなっている灯りがともるような空気にはたぶんならないだろう。
よし、行ってみようと決意して伺ったロケ場所は、新長田・丸五市場。神戸線・新長田駅(鉄人28号の巨大モニュメントのあるところ)から海のほうに向かって数分のところにある、100年の歴史を誇る商店街だ。空襲も震災からも生き抜いた場所で、阪神・淡路大震災のときは、たまたま市場の休みの日だったため火災から免れ、震災後は炊き出しなどを行って、近隣のライフラインのようになった。いまはアジア系のお店が多く、アジアフェスなどが行われている。震災と密接に関係のある場所をこの機会に見学することができて良かったと思う。
撮影は、設計会社の代表にして一級建築士・青山(山中崇)について灯が丸五市場に訪れる場面だった。この日は早朝から近隣の通りをロケしてからの丸五市場。スタッフたちが商店街の入口・果物店のある通りで撮影の準備をするなか、灯役の富田望生さんが支度部屋から明るく現場にやって来た。
果物店の方々にも気さくに挨拶している彼女の笑顔と声はやわらかな灯りがともるようであった。クランクインは3月21日で、そこから20日ほど経過し、この組にもだいぶ慣れた頃ということもあるだろうが、初映画主演の気負いは感じられない。
市場の入口から細い通路を通って(なかはちょっとした迷路のような雰囲気も)、そば焼店前まで進む。軽く段取りをして、テスト、本番と粛々と進む。監督の安達もじりさんは穏やかで物静かで、(シーンにもよるのだと思うが)俳優のそばでそっと話をしていた。
安達さんはNHKの朝ドラこと連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(22年度後期)のチーフ演出をつとめ、2021年、神戸を舞台にした精神科医の物語「心の傷を癒すということ 劇場版」も企画し、演出した。今回の映画が監督デビューとなる。
プロデューサーの堀之内さんは「カムカム」の制作統括、「心の傷〜」のプロデュースをしている。
今回の映画は「心の傷〜」が縁で生まれたものだという。「心の傷〜」は精神科医・安克昌さんをモデルにした精神科医(柄本佑)が、震災で心に傷を負った人たちに誠心誠意寄り添っていく物語だった。
「港に灯がともる」は安克昌さんの実弟の安成洋さんがはじめた「震災30年映画プロジェクト」として「心の傷〜」のスタッフが再結集して作られている。
現場で声を出しよく動いている助監督の松岡一史さんも「カムカム」や「心の傷〜」の演出をやっていたかたで、今回は助監督として安達さんを支えている。ふだんは演出をやっているだけあって、現場を把握して回していく力は抜群で、静かながら現場が引き締まっていた。
名作朝ドラ「カムカム」や「心の傷〜」のスタッフが集まっているからこそ、醸し出すやわらかなムードが踏襲されているようにも感じる。もちろん場面にもよるとは思うが、この日は少数精鋭で、のどかな雰囲気をキープしながら、でも馴れ合うことなく、ほどよい緊張感で撮影が進行していた。商店街でスタッフが買い物したりして、商店街の人たちともいい関係性が築けているようだった。焼きそば店では実際、焼きそばの作り方を俳優にお店の人が見本を見せていて、いい音といい香りが漂った。
神戸市のフィルムコミッション・神戸フィルムオフィスがとても熱意があって、撮影のサポートをしているからこその雰囲気の良さなのだろう。街と映画(やドラマ)が手を繋いだ作品は血が通って熱がある。
市場の中は暗いが、中庭のような空間があり、そこに太陽が差している。撮影の合間、その日だまりで待機している富田さんを、写真家の平野愛さんがフィルムカメラで撮影していた。
平野さんは「心の傷〜」のみならず、朝ドラこと連続テレビ小説「おちょやん」「カムカムエヴリバディ」の劇中写真も撮っている。安達さんが信頼している写真家で今回も声がかかったそうだ。今回、宣伝美術に使用されている神戸の街を背景にした数々の写真は映画の雰囲気を端的にとらえている。
平野さんが富田さんを撮っている間、写真が好きな山中崇さんが自身の現場の写真を撮っていた。商店街に暮らすベトナム人家族とのシーンだ。こんなフレキシブルな現場を筆者ははじめて見た。現場の写真を俳優が撮ると距離感が近く、独特な写真になるということもあるだろう。
丸五市場のなかをまわると、お店の開いている場は活気があるが、シャッターが閉まってる場は薄暗い。あちこちにできている光と影は単純な白黒ではなく、境界の淡いグラデーションだ。富田さん演じる灯がこの商店街を見て歩くなかで、シャッターの閉まったところを開けると中は廃屋状態という場面では、廃屋の天井の穴からほんの少し陽光が漏れる。この瞬間をカメラマンは試行錯誤しながら撮っていた。タイトルに「灯り」が入っているからだろうか、光を大事にしているのだろう。
技術スタッフもNHKドラマの馴染みの方々でチームワークは抜群だ。朝ドラファン的には「カムカムエヴリバディ」チームが集結という感じだが、プロデューサーのひとり城谷厚司さんは朝ドラ「カーネーション」のプロデューサーで、取材として参加している京田光広さんも「心の傷〜」に参加し、阪神・淡路大震災15年特集ドラマ「その街のこども」や「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと」を手掛けている。NHKの良作ドラマのスタッフがずらり勢揃いとくれば期待が膨らまないはずはない。
この日、丸五市場の現場を見ることができて良かった。シャッターが閉まったところもあるが、歴史ある店と新たにはじまった店とアジア各国のテイストが交ざって生まれる独特の活気がある。神戸が港町で異文化が集まってくる場所である、そのひとつの象徴のように思えた。
「港に灯がともる」はあたたかくやさしい手つきながら、そこに暮らすひとりひとりの確かな息遣いの感じられる映画になるのではないか。
公開は2025年1月17日――。
映画の制作・宣伝、スタッフの全国行脚、海外映画祭出品のための支援を募るクラウドファンディングが9月30日まで行われている。公共放送NHKのスタッフが集まっているとはいえ、制作はNHKではないので資金が必要なのである。
「港に灯がともる」
【製作】ミナトスタジオ
【監督】安達もじり
【出演者】富田望生 伊藤万理華 青木柚 山之内すず 中川わさ美 MC NAM 田村健太郎 土村芳 渡辺真起子 山中崇 麻生祐未 甲本雅裕
【スタッフ】
脚本 川島天見・安達もじり
音楽 世武裕子
エグゼクティブプロデューサー 大角 正
プロデューサー 城谷厚司 堀之内礼二郎 安成洋
取材 京田光広
【配給】太秦