仮想通貨による資金調達は可能なのか
仮想通貨も通貨なら、いずれ仮想通貨建ての株式会社ができて株式や社債が発行されるのでしょうから、とりたてて仮想通貨による資金調達として論じるべきこともないわけです。しかし、これまでの通貨にはできなかったこと、即ち仮想通貨ならではの独自の資金調達方法が可能になるというのならば、話は別です。さて、仮想通貨を使うことで、事業資金の調達に革新が起きるのか。
仮想通貨による資金調達
仮想通貨が円やドルと同じ通貨であるならば、仮想通貨建ての株式会社を設立することができるのでしょう。そのとき、株式会社の構造が同じならば、仮想通貨建てで株式や社債を発行し、また借入を行っても、何か本質的に新しいことが起きることはありません。もちろん、国境を越えた通貨であることや、デジタル空間上の通貨であることは、技術的な面で何らかの変化を生むかもしれませんが、株式会社という構造を変えない限り、通貨を取り換えても、資金調達手法の革新は起き得ないと考えられます。
では、仮想通貨にしかできない資金調達方法があり得るのでしょうか。仮想通貨は、現にある通貨に準拠して厳格に定義すれば、通貨に可能なことはできて、通貨に不可能なことはできないことになり、通貨との対比において、仮想通貨にしかできないことなどないことになりますから、仮想通貨にしかできないことを実現するためには、通貨の定義を拡張する必要があります。
日本の法律上の仮想通貨
さて、日本の「資金決済に関する法律」をみてみると、第二条第五項において、二種類の仮想通貨が定義されています。第一号は通貨としての仮想通貨ですけれども、第二号は少し変わっていて、「不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの」と定義されています。ここで前号といわれているのは、第一号仮想通貨のことです。
つまり、第二号仮想通貨は、第一号仮想通貨と交換される相手としての財産的価値なのですから、それが通貨であり得ない以上、物品や役務等、または何らかの権利を、何らかの形態で代理する標章でなければならないはずです。つまり、第一号仮想通貨は、それ自体として財産的価値をもつ通貨であるのに対して、第二号仮想通貨は、それ自体が財産的価値なのではなく、別の何かの財産的価値の標章として財産的価値なのです。
この第二号仮想通貨は、明らかにコイン(coin)やトークン(token)と呼ばれるものを指していて、そこには通貨の概念の拡張があるのです。そして、おそらくは、法律の主旨は、コインやトークンを使った新しい資金調達方法、即ち、いわゆるICO(Initial Coin Offering)とかITS(Initial Token Sales)と呼ばれる方法に対して、一定の規制をかけようということかと思われます。
西粟倉村の挑戦
コインやトークンを使った新しい資金調達方法などというと、抽象的にすぎ、かつ極めて怪しい感じがしますので、まともそうな具体例をとりあげましょう。
岡山県に西粟倉村という自治体があります。その西粟倉村は、今年の6月13日に、Nishi Awakura Coin(NAC)の発行による資金調達を行うと発表しました。現時点では、計画が公表されているだけで詳細は不明ですが、「資金決済に関する法律」に準拠するとされていますから、このNACが第二号仮想通貨であることは間違いありません。
従いまして、法律上、NACを売却する対価として円という通貨を得ることはできません。出資者は、円でNACを取得することができないので、先に第一号仮想通貨を円から購入し、その仮想通貨でもってNACの対価を払い込むことになるわけです。そして、西粟倉村は取得した仮想通貨を売却して円を得て、資金調達が完了するということです。
なお、付言すれば、事業主体は西粟倉村ではなく、新たに民間事業者で構成される「西粟倉村トークンエコノミー協会」が設立されて、そこがNACを発行するようですし、円との媒介に利用される仮想通貨としては、具体的にイーサリアム(Ethereum)の基盤が想定されているようです。
「金融商品取引法」との関係
まず、法律上、円を対価にしてNACを発行するとしたら、NACは仮想通貨ではなくなります。では、何になるかというと、資金調達の道具として利用され、出資者に対して調達資金の利用から生じる果実を何らかの方法で還元することが予定されている限り、「金融商品取引法」で規制される金融商品になると考えられます。
そこで、仮想通貨を使う動機の一つとして、「金融商品取引法」の適用を回避しようという意図を想定し得るわけです。では、金融庁として、なぜ、わざわざ「資金決済に関する法律」によって「金融商品取引法」の適用を回避する方法を用意したのかというと、よくわかりませんが、規制のサンドボックス(sandbox)として、「金融商品取引法」の外に自由度の高い資金調達の実験場を作ろうとしたのかもしれません。
では、資金調達の道具であって、金融商品ではなく、しかも、財産的価値のあるものとは、どのようなものでしょうか。
金融商品ではないということならば、還元を前提としない寄付による資金調達となり、NACは単なるお礼の印になってしまい、財産的価値という仮想通貨の定義に反することになります。故に、仮想通貨である限り、財産的価値がなければならず、財産的価値があるためには、金融商品に該当しない形態において、調達資金の利用による果実の還元がなくてはならないことになります。
さて、この日本の法律のもとでの仮想通貨が何であれ、既に世界にコインやトークンという名称のもとで実在しているものの多くは、それに該当せずに、金融商品か、財産的価値のないものか、財産的価値のある物か、詐欺か、どれかに分類されることになるのでしょう。
財産的価値
では、財産的価値とは何でしょうか。NACのような第二号仮想通貨は、何らかの財産的価値の標章として、財産的価値を有するものです。具体的に、NACの公表されている構想から推測できることについていうと、NACは、NACが創りだす「西粟倉村トークンエコノミー」という経済圏に参画できる権利として、その権利に財産的価値を認め得る限りにおいて、財産的価値を有するものとされているわけです。
ここで重要な論点は、NACが創りだす「西粟倉村トークンエコノミー」という経済圏は、厳密には、NACが創りだすのではなく、NACの発行によって得た円資金の投資によって創りだされる経済圏のことですから、そこは完全に普通の通貨の世界であって、仮想通貨とは少しも関係がないことです。
この通貨の世界で生成される財産的価値を、そのまま通貨として還元すれば、明らかに金融商品になるわけですが、NACという仮想通貨を媒介させること、より具体的にはNAC保有者の特権の行使によって還元することにより、金融商品に該当しない財産的価値を創りだす工夫、それが第二号仮想通貨なのだと考えられます。
現時点で確実にいえることは、第一に、NACの発行によって西粟倉村は第一号仮想通貨を調達し、それを売却することで円の現金を調達すること、第二に、その調達資金は西粟倉村を起点とした事業者によって何らかの形態によって投資されること、第三に、NAC保有者は何らかの形態において事業に参画できること、第四に、NACが財産的価値を有するに足るだけの経済的還元が何らかの形態においてNAC保有者になされること、この四つです。
おそらくは、この四条件を充足する限りにおいて、NACは第二号仮想通貨なのであって、条件を欠けば、寄付か、金融商品の発行か、単なる物か、詐欺か、そのどれかに分類され、その分類に従って、規制当局として、事後的な対応を検討するわけですから、それが規制のサンドボックスの主旨だということなのでしょう。
不特定多数
「不特定の者を相手方として」という法律上の要件については、どう考えるべきか。例えば、西粟倉村の村民だけに対象を特定してNACを発行したら、第二号仮想通貨になるのか、これは、よくわかりません。ちなみに、村民の数は約1500人です。更に対象を限定して「西粟倉村トークンエコノミー協会」の関係者だけにしたら、おそらくは、第二号仮想通貨ではなくなるのでしょう。しかし、そこまで狭く限定したら、経済的に意味がありません。
実際には、西粟倉村の計画では、日本はおろか全世界を対象にして発行を目論んでいるようですから、その限り、不特定の者を相手方とした立派な第二号仮想通貨の発行なのです。
NAC保有者は、他人に自由にNACを売却できるのかという点については、「不特定の者を相手方として」という定義は、新規発行だけに適用があるのではなく、不特定の他人が第一号仮想通貨で取得するという事態を想定しているように思われますから、譲渡制限を付せば、第二号仮想通貨ではなくなるのでしょう。
仮想通貨の価値
NACの価格といいますか、第一号仮想通貨との交換比率は、どのようにして決まるのか。まずは、自明のことですが、第一号仮想通貨を介することは表面的なことであって、調達資金は円で投資され、円で付加価値を生むのですから、NACの財産的価値は円で規定されるのです。ただ単に、NACの財産的価値を円で実現しようとするとき、第一号仮想通貨を経由するというだけのことです。
さて、そのNACの取引価格ですが、それがNACの財産的価値を基準にして売買当事者間の合意により形成され得るものならば、NACは限りなく金融商品に近い設計になっている必要があり、単に需給で決定されるというのならば、西粟倉ブームのような人気で投機を煽る必要があり、そのどちらでもないというのなら、価格がなくて取引が成立しないということでしょうから、いずれにしても、深刻な問題になりそうです。
そこで、現実的には、西粟倉村自身が買い戻すほかないのではないでしょうか。もちろん、最初からそのように設計されていれば、仮想通貨の定義に反するでしょうが、結果的に西粟倉村しか買い手がないということなら、それでいいのでしょう。ただし、その場合でも、どのような価格で買い戻すのかは大きな問題です。
スマートコントラクト
いずれにしても、金融商品に該当しないことと、財産的価値があること、この二要件を矛盾なく充足できるかどうかにかかっているわけです。そのためには、従来の発想を超えて、事業主体を構成する方法論の段階において斬新な手法を工夫するしかないと思われ、実際に、西粟倉村におかれては、そうした方向での検討が進んでいるものと期待したいところです。
例えば、勝手な想像をしますと、NACはイーサリアム(Ethereum)の基盤を利用するようですから、そこで提供されるスマートコントラクトの利用が考えられているのかもしれません。実のところ、金融商品は暗黙の裡に資金調達主体としての法人を前提にして構成されているのかもしれず、スマートコントラクトで法人を解消してしまえば、全く別の世界が開けるのかもしれないのです。