今年は「シニアの働き方」と「損得ではなく幸不幸で動く経済」に注目
多くの企業で課題になるのは人手不足、労働時間管理、非正規社員の扱い
2018年、日本人の働き方にはどんな変化が訪れるのだろう。最近の企業や政治の動きなどから予想されるのは、以下のようなことだ。
サービス業を筆頭に人手不足がますます深刻に
年末年始は、「大戸屋」や「ロイヤルホスト」、居酒屋「天狗」など、大みそかや元日に休業する飲食店が多く、話題になった。企業にとって、人手不足はますます深刻な課題になるだろう。
働き方改革関連法の成立を前に、労働時間管理の強化
「原則月45時間、年間で360時間」という残業時間の上限規制を含む働き方改革関連法案は、今月始まる通常国会で審議される見通し。多くの企業で労働時間管理の強化が進むと予想される。
非正規社員の待遇問題が顕在化
働き方改革関連法案に含まれる「同一労働同一賃金」、すでに施行されている労働契約法の「無期転換ルール」(有期雇用者が5年を超えて契約を更新した場合、企業に対して無期雇用への転換を申し込める制度)の存在により、これまでくすぶってきた非正規社員の待遇問題が顕在化するだろう。すでに各所で、5年を超える契約を避ける「雇止め」と見られる動きが起きている。正社員と「同一労働」となることを避けるために非正規社員の職務を極端に限定し、現場の業務が回らなくなる、非正規社員からのキャリアアップがますます望めなくなるということも懸念される。
2018年に花開いて欲しい「未来の働き方」の芽
人手不足も、労働時間や非正規社員に関する規制も、良い方に転べば日本が働きやすい国になるきっかけにできるはずだ。一部の企業はそういう方向に進んでいる。しかし、抜本的な改革を避けたその場しのぎの対応で逆方向に進むケースも多々ありそうで、日本の労働環境がすぐに良くなるようには思えない。
だが長い目で見ると、2018年は10年後や20年後の未来に向けた新しい働き方の芽がそこここで確認できる年になるかもしれない。筆者が注目するのは、シニアの活躍と、損得の計算だけに縛られない新しい経済の台頭だ。
退職後人材への期待が高まり、活躍の場が広がる
昨年12月、リクルートホールディングスは2018年のトレンド予測を発表した。グループが手がける8つの事業領域におけるそれぞれのキーワードが挙げられたが、そのうち2つは「年功助力」(アルバイト・パート領域)、「熟戦力」(人材派遣領域)と、シニア層の活躍に期待を表すものだった。まだまだ元気で働きたいシニア層の「年の功」(長い人生で培われた精神力、時間的余裕、対人力など)や、即戦力となり得るスキル・経験をもっと活かしていこうという意味を込めた造語だ。
実際、シニア層の働く場や働き方は、様々な広がりを見せつつある。
例えば株式会社スギ薬局では65歳以上の高齢者に対し、ドラッグストアの商品陳列作業を本人の好きな日、好きな時間にやってもらい、作業量に応じて報酬を支払う「シルバーアソシエイツ制度」を2017年にスタートしている。
また、東京大学が千葉県柏市で実証評価を行っているGBER(Gathering Brisk Elderly in the Region:ジーバー)は、都合の良い時間に自分にできることをしたい高齢者と、家事や農作業などの人手を必要とする人とをITを使ってマッチングし、シニア層の地元での活躍を実現するしくみだ。
どちらも、都合の良い時間に短時間でもできることをしたい、同年代の仲間や地域とつながっていたい、といったシニア層のニーズに、新しい契約形態やITの活用で対応しようとしている。
こういった高いスキルが要求されない仕事には、以前の仕事の内容とは関係なく、あるいはしばらく専業主婦だったというシニア層も参入している。一方で、リクルートの人材派遣サービスでは、商品の品質管理や新規プロジェクトの立ち上げなど、定年前の仕事での専門性が活きる職に就くケースも増えているという。
映画『おだやかな革命』で描かれる、いくつになっても挑戦できるという希望
先月、『おだやかな革命』という映画の試写会に行った。全国5つの地域において、それぞれの方法で、自然エネルギーや地域の資源を活かした持続可能な地域のあり方を模索する取り組みを伝えるドキュメンタリーだ。
この映画が伝えるメッセージは様々で、観る人によっても印象付けられる点は異なるだろう。私が最も衝撃を受けたのは、原発事故で全域が避難区域となった福島県飯舘村で牛を育て、米作りをしていた小林稔さんの姿だ。
震災前、同村では約230戸が和牛を飼育していたが、今ではその多くが廃業しているという。そんな中、小林さんは宮城県蔵王町に牛を避難させて世話を続けた。また、いつかは飯舘村に戻るつもりで、土地を駄目にしてはいけないと、定期的に畑の草刈りをしに通っていた。
悲惨な原発事故の被害を直接に被りながらも希望を捨てず、仕事を続ける小林さんのバイタリティに、まずは驚かされた。その小林さんが、飯舘村に太陽光パネルを建設し、自然エネルギーの発電事業を行う会社、飯舘電力を立ち上げたことにはもっと驚いた。
一足先に喜多方市で会津電力を立ち上げた大和川酒造店の佐藤彌右衛門さんとの出会いがきっかけとなっているのだが、小林さんも佐藤さんも60歳を過ぎての起業。農業や酒造一筋に生きてきた人が、専門外の発電事業をその年代で始めたというのはすごいことだと思う。
おふたりとも、地元を守っていきたいという熱意ゆえの行動力なのだろう。成し遂げたいことがあって、健康であれば、いくつになっても新しいことに挑戦できるのだという希望を感じられた。特に地域に関わることは、地元の文化や人間関係に通じていることが有利に働くこともあり、今後シニアが担う役割は大きいのではないか。それは『おだやかな革命』に登場する他の地域で、若い移住者たちの挑戦を地元のシニア達が支える姿からも感じた。
“損得”と“組織の論理”が絶対的価値であった時代の終焉
『おだやかな革命』に描かれているのは、ひたすらに成長や拡大を目指してきた資本主義経済に対する革命的な動きだ。それぞれは小規模で比較的ゆっくりとした、文字通り「おだやか」な動きではあるが、その先の大きな変化を予感させる。
先日あるセミナーで、糸井重里さんが「損か得かではなく、幸か不幸かという判断基準を大切にしよう」ということをおっしゃっていて、さすが上手いこと言うと膝を打った。
昨年は大手メーカーの不正発覚が相次いだ。それまで組織の中で隠蔽されてきたことが明るみに出るようになったのは、組織にとっての“損得”から、社会や働く個人にとっての“幸不幸”へと、判断の基準が変化しつつあることの表れかもしれない。
検査データの改ざんが発覚した神戸製鋼所では、データの改ざんを意味する「メイキング」という隠語が40年以上前から使われていたことが分かっている。ということは、不正の存在を知っている社員は過去から相当数にのぼっただろう。「会社のため」と完全に納得している人もいたかもしれないが、どこかで良心の呵責を感じる人だっていただろう。そういう人は、そのモヤモヤする気持ちによって自身の幸福感を少しずつ削られながら生きてきたはずだ。インターネットによって内部情報が漏れ、糾弾されるリスクも高まっている。“組織の論理”よりも、社会や自分の価値観に従った方が合理的、という世の中になってきているのだ。
“損か得か”というのは、自分たち(組織)や自分(個人)がなるべく損をせず、得になることを選択し、多くを稼いだ方が勝ち――という、ある意味単純な論理だ。
一方、“幸か不幸か”というのは、数値で測れない。また、「誰にとっての?」という立場の違いによっても見える風景は変わってくるので、単純に勝ち負けを決められるものではない。『おだやかな革命』に登場する人たちは「地域にとっての幸」をひとつの判断基準に選んでいるが、その先にはまた無数の選択肢がある。しかし、その難しい問いに挑むことこそが、AIにはできなくて人間にできることではないだろうか。
映画の中でもうひとつ印象的だったのは、岡山県の西粟倉村で地域再生に挑む牧大介さん(エーゼロ株式会社 代表)の言葉だ。地域に豊富にある森林を起点に地域内で循環する経済活動を育ててきた彼は、「地域資源から価値を生み出すということが昔は難しかったが、技術が発展した今ならできる」と語っていた(映画を観ながらメモをとっていなかったので、発言の内容はこの通りではないかもしれない)。農林水産業の後継者不足は、それが儲からない仕事であったことが大きな理由だろう。しかし、西粟倉村では、かつては捨てられていた木材を活かす方法を見つけ、新たな仕事を生み出している。それは、今の技術力や、地域外からやりたい人を引きつける情報発信力などがあって成り立つことだ。「あの仕事はやっても得にならない」と言われていたことも、「でも、この仕事で幸福になる人もいるのでは?」と見直してみることで、新たなソリューションが見いだせるかもしれない。昔の地域社会を懐かしんで戻ろうというのではなく、今だからできるやり方で、未来のあり方を模索する動きがたくさん出てくる年になれば、と思う。
※参考:『おだやかな革命』予告編