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次々とスキャンダルに見舞われる英BBC その財務状況とは

小林恭子ジャーナリスト
BBCの人気娯楽番組「ストリクトリー・カム・ダンシング」(BBCのウェブから)

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」9月号の筆者コラムに補足しました。)

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 7月11日、英公共サービス放送BBCが最新の年次報告書を発表した。

 例年最も注目を浴びるのが、誰が最高額の報酬を得たかである。BBCニュースのウェブサイトを見ると、今年もこの点を紹介する記事が2本出ていたが、年次報告書の概要をまとめた記事は見つからなかった。視聴世帯が払う放送受信認可料(NHKの受信料に相当。以下、受信料と表記)で成り立つBBCであるが、十分な情報が分かりやすい形で出ているとは思えない。246頁に上る報告書に当たる人は、それほど多くはなさそうだ。

 しかし、今年に限ってはほかに切迫したニュースがあったことは確かだ。

 年次報告書の発表と重なる7月、BBCの著名男性司会者に性的加害の疑惑が持ち上がり、BBCはその対応に右往左往した。報告書の概要を紹介した後で、性的スキャンダルの顛末を見てみたい。

収入総額は約1兆円

 組織としてのBBCは、「公共サービス放送(PSB)」(いわゆる「公共放送」)グループと商業活動グループの2つに大きく分かれている(ちなみに、国営放送ではない)。

 前者の運営費は主として受信料収入でまかなわれ、国内の放送・配信業務を行う。商業活動は番組の制作・配信・輸出を手掛ける「BBCスタジオ(BBC Studios)」が担当し、BBCの番組や放送権利などを海外市場で販売する。BBCスタジオからの収入は公共放送の番組制作に投入される。

 今年3月31日時点での年間事業収入は受信料収入37億4000万ポンドと商業活動からの収入19億8500万ポンドを合わせると総額57億2500万ポンド(約1兆345億円)に上る。国際放送BBCワールドサービスの運営資金の一部は政府交付金(9800万ポンド)から拠出されている。

 見習いを含む職員数は公共放送グループが約1万7000人、商業グループが約3800人で合計2万1000人。前年とほぼ同数である。職員の中で女性が占める割合は全職員では50%、管理職では49%(2026年3月までの目標はどちらも50%)。以下、全職員レベルで比較すると、有色人種の比率は17%(目標は20%)、障がいを持つ職員の割合は9.4%(目標は12%)、社会経済的に低い層の比率は21.1%(目標は25%)である。

 商業活動からの収入は大幅に増えたものの、財政的に苦しいのが公共放送部門だ。現在、受信料は年間159ポンド(カラーテレビ)。値上げは政府との交渉で決まるが、来年3月まで凍結中だ。2024年4月からの4年間は消費者物価指数と紐づけされ、物価が上昇すれば受信料も上がることになっている。BBCの存立を規定する「王立憲章」は2027年まで続くが、BBCの推定ではこの期間終了までに4億ポンドの損失となるという。2008年の世界金融危機を受けて、政府は緊縮財政を敷き、BBCを含む公的サービスの予算は削減を強いられてきた。経営陣のトップとなるティム・デイビー事務局長(ディレクター・ジェネラル)によると、「2010年以降の10年間で、BBCの予算は実質30%減額となった」という。

 2022-23年の間にBBCの番組の中で特に大きな視聴者を得たのは、22年6月の週末に放送されたエリザベス女王の即位70周年記念の特別番組で、視聴者は合計3200万人。9月の女王の国葬特別番組及び関連番組は3300万人が見たという。88%の英国の成人が週に1度はBBCの番組やオンデマンド・サービス「アイプレイヤー」、ラジオ、オンラインサービスなどにアクセスした。ただし、前年度の90%から微減した。

経営の優先事項は

 デイビー事務局長が掲げる経営の優先事項は①不偏不党、信頼性を維持する、②すべてのジャンルで優れたコンテンツを提供する、③より付加価値の高いオンラインサービスを提供する(「オンラインサービスでの成功がBBCの将来の成功を決定する」)、④商業収入を増大させることである。

 ③について補足すると、オンデマンドのアイプレイヤー(2007年から本格導入)による再生数は73億回を超え、前年比11%増。その音声版の「BBCサウンズ」も16億4000万回再生され、前年比7%増。アイプレイヤーを使ってライブ視聴する人は21%だが、後で視聴する人は79%に上る。ラジオの方はライブで聞く人がやや多く、全体の53%を占める。

 デイビー氏は昨年、BBCをデジタル・ファーストの組織に変えていくと宣言した。BBCのライバルはユーチューブ、ネットフリックス、アマゾンプライムである。

スキャンダルが話題に

 年次報告書発表直前、BBCは性的スキャンダルに揺れた。7月7日、大衆紙サンがBBCの著名男性司会者が性的に露骨な写真を未成年に要求し、3年間で合計3万5000ポンドを払ったと報道したことがきっかけだ。現在20歳の若者は当初は17歳の未成年だった。未成年者のわいせつな写真を撮影する、所有する行為は刑法違反の可能性がある。

 サンが司会者の名前を公表しなかったことで憶測が広がり、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 BBCは自局のスキャンダルでも追及を緩めるべきではないという認識から、連日率先して報道した。

 数日後、熟練司会者ヒュー・エドワーズの妻が声明文を出し、夫が渦中の人物であることを明らかにした。当人は「重大な精神疾患」に悩み、入院中。いずれ自ら事情を明らかにするという。事件の調査に当たったロンドン警視庁は「犯罪の証拠はない」と結論付けた。

 BBCの内部調査は続いているが、結果が出るのは数か月先と言われている。サンが報道の根拠を公にしないので、現時点でも詳細は不明で、報道の真偽さえもはっきりしていない。サンに振り回されただけになる可能性も捨てきれない。

理事長と縁故

 その前にもスキャンダルがあった。今回の年次報告書の冒頭に登場したのがBBCの理事長リチャード・シャープ氏である。任命までの過程でボリス・ジョンソン首相(在職2019-2022年)の個人的な融資案件に間接的に関与していたことが明らかになり、辞職せざるを得なくなった。現在は理事長代行が業務を担当している。

 これでひとまず終わりかと思ったら、さらにスキャンダルが続いている。

 9月に入って、かつてBBCラジオの人気司会者だったラッセル・ブランドが複数の女性に性的暴力を働いたとする報道が出たのである。日曜紙サンデー・タイムズの女性記者が2019年から追っていた性的疑惑解明にタイムズの記者、公共サービステレビ局のチャンネル4が参加して、共同取材した。

 取材チームは、特別番組や複数の記事で犠牲となった女性たちの告白を伝えた。ラッセルは06年から08年、BBCでラジオ番組の司会者だった。彼は毒舌、ジョーク、女性好きで知られ、大衆紙サンは2006年からの3年間、「今年、一番女性とやった男性」として選出していたほどだ。

 振り返ってみれば、かつてBBCの人気司会者兼DJで、数百人もの少女たちに性的加害行為を行っていたジミー・サビル(2019年死去)を少しほうふつとさせるスキャンダルだ、もし疑惑が本当だとすれば、であるが。ラッセル自身は疑惑を否定し、「すべてが相手と合意済みの行為である」と述べている。

 「著名人である」「人気がある」ということで、放言や加害行為が許されるという状況があったのではないか。

 BBCは公共放送としての規模と存在感の大きさから批判の対象になりやすい。デジタル時代のメディア環境の中で、信頼感をいかに維持していくかが大きな課題となっている。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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