はじめての女性の「ひとり温泉」なら、草津温泉で一泊朝食付き”お手頃”「イチアサ」がオススメ!
茹でたての卵のような匂いがふんわりと漂ってきた。
共同浴場は木造りの湯小屋で、温泉成分によってところどころ木が朽ちている。
「がらがら~っ」と重たい引き戸を開けると、湯口からお湯がしたたり落ちる音が聞こえた。
「ちゃぽん、ちゃぽん」
天井の湯気抜きの窓から一筋の光が射し込み、お湯を照らす。湯の面がきらきらとしている。
湯船から桶でお湯をすくい、身体にかける。
「ざばざば~~~」
身体を沈める。
「ざぶ~~~ん」
「ぽちょん、ぽちょん」
軽い音から重たい音まで、お湯がお湯に当たる音色の大合唱。奏でる音は耳に心地良く、温もりすら感じるのは、湯小屋の音響効果だろう。
湯けむりの蒸気もあいまって、音がまあるく聞こえてくる。
目をつむりお湯の音のハーモニーに聞き入る。
湯気が頬をなで、ほっぺたがじんわりと温まる。
徐々に徐々に、身体も心も緩んでくる。
群馬県草津温泉共同湯「地蔵湯」でのことだ。
草津温泉に大きな変化が訪れたのは、2018年頃から。それまで高齢者が多かった客層に、20代が加わったのだ。若い世代を呼び込む仕掛けをした中心人物が、湯畑を望む部屋がウリで1泊2食付きのいわゆる伝統的な旅館「奈良屋」、温泉リゾートホテル「草津ナウリゾートホテル」、素泊まりの宿「湯畑草庵」「源泉一乃湯」、カフェ形式の宿「湯川テラス」と5つもの宿泊施設を営む小林恵生社長だ。
2012年に小林社長が「湯畑草庵」をオープンした頃、草津以外でも素泊まりの宿が増える傾向にあった。
草津では1泊朝食付きという宿泊スタイル、通称「イチアサ」が生まれ、1泊2食付きの従来の温泉旅館と合わせて、2つの宿泊形態から選べるようになった。一時はオンライン上の数字で、素泊まりと1泊朝食付きの「イチアサ」が、草津温泉の宿泊客の30パーセントを占めていたと言う。そのほとんどが20代のお客だった。
小林社長が分析する。
「お客様が2泊したい場合は、どうしても2日連続した休みを取らないといけませんでした。それは宿での夕食の時間という縛りがあるからです。この縛りがなくなると、金曜に仕事を終えてから、夕食は途中で摂って、それから宿に入っていただければ、金曜と土曜の2泊が可能です。素泊まりや『イチアサ』を利用した客層は若者でした。これにより草津温泉に若者が増えたんです」
いまや草津では、「1泊2食の宿は大切な日に泊まり、『イチアサ』や素泊まりの宿は日常で」と使い分けが定着してきている。
これ、ひとり温泉にもぴったりですよね。夕食は懐石料理ではなく、外で軽く済ませたいという気分の日とか、ひとり温泉にとっても便利なシステムなのだ。
「イチアサ」を利用し、草津で共同湯巡りを愉しんではいかがだろうか。
草津は決してアクセスがいいわけではない。
仮に首都圏から行くならば、上野駅から長野原草津口駅まで「特急草津」で約2時間30分。長野原草津口駅から草津温泉までバス移動で20分。東京駅から新幹線に乗って軽井沢駅で下車し、草津温泉までバスを利用するルートもあるが、時間帯によっては乗り継ぎに時間がかかるため、私は自宅から草津まで4時間を見ておく。
それでも「プロが選ぶにっぽんの温泉100選」で草津温泉は21年連続、堂々1位。
その不動の人気は、草津の歴史を重んじた、たゆまぬ努力にある。
※この記事は2024年9月6日に発売された自著『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。