知られざる保釈制度の実態とは
事件に関する報道で保釈が話題に上ることは多い。そこでこの機会に、あまり知られていない保釈制度の実態について触れてみたい。
保釈の趣旨
保釈は、勾留による身柄拘束が続く者に対し、俗に“保釈金”と呼ばれる保釈のための「保証金」の納付と引き換えに、その拘束を解くというものだ。
すなわち、逃亡を防ぐための担保として裁判所に相当額の保釈保証金を納付させた上で、もし逃亡をして裁判所に出頭せず、関係者に圧力をかけるなど罪証隠滅工作を行い、あるいは勝手に住居を変えるなど許可条件に違反した場合には、保釈を取り消し、国が保釈保証金を取り上げる。
逆に判決の言渡しまでにルール違反を犯さず、きちんと裁判所に出頭していれば、その全額を返す(利子は付かない)。こうした前提の下、早期に身柄拘束を解くというのが保釈制度だ。
誰しも有罪判決の確定までは「無罪の推定」が働いているし、罪証隠滅のおそれなどがなく、裁判所への出頭も期待できるにもかかわらず、勾留によって身柄の拘束が続けば、それだけ社会復帰が阻害されるからだ。
ただ、親や兄弟姉妹、配偶者、雇い主、同僚、友人らを身柄引受人とし、彼らから「必ず裁判所に出頭させる」といった誓約書を提出させるのが通常だ。
また、例えば薬物事件であれば、入手先関係者と一切接触しないとか、入手場所近辺に近寄らないといった許可条件が付けられることも多い。
弁護人らも入院先の病院などを確保し、保釈中に薬物依存から脱却するための専門的な治療を受けさせる、といったことをアピールする場合もある。
国外逃亡を防ぐため、弁護人が被告人の旅券を預かって保管するとか、法律で旅券の携帯が義務付けられている外国人だと小型のセキュリティーボックスに旅券を入れて施錠し、これを被告人が持ち歩く一方、弁護人が鍵を保管するといったパターンも多い。
保釈保証金は全額キャッシュや銀行振出し小切手で納付するのが原則だが、その全部または一部を全国弁護士協同組合連合会などが発行する「保証書」の提出で代えることもできる。
保釈保証金が納付されると、検察官は釈放指揮書を作成し、警察や拘置所といった勾留場所の担当者に釈放を指揮している。
被疑者の保釈はない
この点、アメリカでは、例えば2014年に妻に対する暴行などの容疑で逮捕されたプロ野球・ヤクルトスワローズのバレンティン選手がそのわずか3日後に保釈されたように、起訴される前の捜査段階で「被疑者」の保釈を許可することも広く認められている。しかし、わが国にはこうした制度はなく、あくまで起訴された後の「被告人」の段階に限られている。
また、保釈の可否は勾留されている犯罪ごとに判断されるので、複数の犯罪で逮捕・勾留や起訴、追起訴が繰り返され、同じ被告人に対して複数の勾留状が出され、何重にもわたって勾留されている場合には、その全てに対して保釈が認められなければ、身柄の拘束が完全に解かれることはない。
その場合、保釈保証金もA事件で200万円、B事件で300万円、C事件で350万円などとそれぞれ定められるから、結果的にその総額が多額になる。
保釈と有罪・無罪
一審段階における保釈許可率は概ね15~20%だが、保釈は罪証隠滅や逃亡のおそれの高さなどとの兼ね合いでその可否が決められる。その意味で、殺人事件など有罪の場合に重い刑罰が科されるような事案では認められにくいし、許可率は増加傾向にあるものの、「人質司法」と揶揄(やゆ)されるとおり、否認事件の場合にはなお認められにくいというのが実情だ。
ここで注意すべきは、保釈の可否と有罪・無罪とは全く無関係だという点だ。保釈された被告人が有罪となる場合の方が多いし、その判決も罰金や執行猶予付きではなく、実刑になることもある。そうなれば、保釈の効力が失われ、再び身柄を拘束される。
控訴や上告は可能だから、再保釈が認められることもあるが、許可条件は厳しくなるし、保釈保証金の額は当初納付分の1.5倍程度となることが多い(当初納付分を充当可能)。
保釈までの流れ
被告人や弁護人らから裁判所(裁判官)に対して保釈請求が出されると、検察官の意見を聴く決まりだ。現実には、この検察官の意見が保釈の可否を左右することも多い。
検察官の意見は、おおむね次の3パターンに分かれる。
(1) 保釈を可とする「相当」
(2) 不可とする「不相当」
(3) 裁判所に判断を委ねる「しかるべく」
「相当」はほぼ皆無に等しく、通常は「不相当」であるが、検察官と弁護人との間で保釈に向けた根回しができているような場合には、「しかるべく」とすることもある。
ただし、「相当」や「しかるべく」だとそのまま保釈許可となるのが通常なので、意見書には検察官が適当と考える保釈保証金の額や、保釈許可となった場合に接触を制限すべき事件関係者名などを記載し、裁判所が許可条件を決める際の参考にさせている。
検察官の「不相当」意見に対し、裁判所が記録を検討して保釈を許可すべきと考えた場合には、根回しを兼ね、検察官に対して事前に電話連絡が入る場合が多い。
その際、担当裁判官は、「どうしても反対されますか」といった言い方をし、保釈を許可したい意向であることを遠回しに示した上で、仮に許可となった場合、検察官が準抗告や抗告といった異議申立てをする気があるのか否かの感触を探ろうとする。
異議申立てまでやるつもりはないとの意向を示すと、裁判官は「それでは◯◯◯万円で保釈しますね」などと言って電話を切るという流れだ。
なお、検察官が保釈に強く反対しており、仮に保釈許可となれば必ず異議申立てをするという意向をあらかじめ裁判所に示しておきたい場合には、「不相当」をより強め、「保釈は絶対に不相当であり、ただちに却下すべきものと思料する」などと記載した意見書を提出している。このパターンの意見書に対して保釈が許可される例は極めてまれだ。
裁判所に意見書を出さなければ裁判所としても保釈の判断ができないから、これを逆手に取り、あえて意見書の提出を遅らせ、少しでも被告人の身柄拘束を長びかせようとする検察官もいる。
保釈保証金の額
保釈保証金は、犯罪の性質や情状、被告人の性格や資産などを考慮し、「これくらいであればまず逃げないであろう」と思われる金額を裁判所が決めている。それこそ、事件の内容や被告人の資力などによってケースバイケースだ。
例えば、覚せい剤事件を起こした著名人を振り返ると、歌手のASKA氏が700万円、酒井法子氏や清原和博氏が500万円、槇原敬之氏が300万円だった。一般に最低額は150~200万円といったところであり、過去最高額は食肉偽装事件におけるハンナングループ会長の20億円だ。(了)