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パウエルFRB議長、年内利上げに慎重姿勢も否定せず―ジャクソンホール講演で(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
記者会見に臨むジェローム・パウエルFRB議長=英スカイニュースより

FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は市場が注目する中、ジャクソンホール講演で、年内追加利上げに慎重姿勢を示しながらもその可能性を否定しなかったため、市場では年内の追加利上げを警戒し始めた。パウエル議長はタカ派とハト派の間で揺らぎ始めている。

最近、米国の10年国債の利回りが16年ぶりの高水準に急上昇し、市場では長期金利の上昇は米経済を冷やす可能性があると懸念が強まっている中、FRB(米連邦準備制度理事会)傘下のフィラデルフィア地区連銀のパトリック・ハーカー総裁と、ボストン地区連銀のスーザン・コリンズ総裁が8月24日、それぞれ、米経済専門チャンネルCNBCと米経済通信社ブルームバーグテレビのインタビューで、いずれも「長期借入コストの上昇が経済をある程度冷ますのに寄与する」とし、年内は高水準となっている現在の金利を据え置くことが最善策で、「追加利上げは必要にならない可能性が十分ある」と主張している。

ただ、こうしたハト派(景気リスク重視の金融緩和派)はFRB内ではまだ少数派だ。FRBが8月16日に公表した、FOMC(公開市場委員会)議事録(7月25-26日の金融政策決定会合)で、多くの委員がインフレ上振れリスクを認識、追加利上げを支持する中で、2人の委員だけが利上げサイクルを終了、金利の据え置きを支持していたことが分かっている。

議事録によると、2人の委員は、「政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標の据え置きに賛成、またはそのような提案を支持する」とした上で、「現時点で、現在の金融政策の制限的なスタンスを維持することにより、FRBは進捗状況をさらに評価する時間が与えられ、物価目標の達成に向けてさらなる進展をもたらす可能性が高いと判断した」としている。制限的なスタンスとは、政策金利を中立金利(インフレを引き起こさず景気を維持する金利)以上に引き上げた場合、経済成長を抑えることになる「制限的な領域」に入ることを意味する。

2人の委員が利上げサイクルの終了を支持する理由については、議事録は3月の銀行危機に端を発した信用ひっ迫も背景にあるとしており、また、積極的な金融引き締めを支持するタカ派のコンセンサスが壊れ始めたことを示している。議事録によると、「委員は、米国の銀行システムが健全で回復力があるとしたが、家計や企業の信用状況がさらに厳しくなれば、経済や雇用、インフレの重しとなる可能性が高い」と懸念を示している。

また、議事録によると、FRBは経済とインフレの下振れリスクと上振れリスクについて議論したことも明らかになっている。議事録では、「累積的な引き締め(利上げ)が予想よりも急激な景気減速につながる可能性や、銀行の信用状況のひっ迫により景気が悪化する可能性についても検討した」とし、その上で、「大半の委員は、インフレ率が依然としてFRBの長期の物価目標(2%上昇)を大幅に上回っており、雇用市場が引き続き逼迫しているため、インフレに対する重大な上振れリスクを認識、さらなる金融政策の引き締めが必要になる可能性がある指摘した」とし、将来的に追加利上げが必要と判断していることが分かった。これはFRB内で依然、タカ派が大半を占めていることを示している。

しかし、その一方で、議事録では、「一部の委員は、米経済は強じん性があり、雇用市場は好調を維持しているにもかかわらず、経済の下振れリスクと失業率の上振れリスクが存在、これらのリスクには、昨年初めからの累積的な利上げによるマクロ経済への影響が予想よりも大きくなる可能性が含まれると指摘した」とし、ハト派の存在も無視できなくなり始めている。

実際、議事録では、「多くの委員は、金融政策のスタンスが制限的な領域にあることで、FRBの目標達成に対するリスクはより両面的になったと判断。また、委員会の決定が不用意な過度な引き締めリスクと不十分な引き締めによってもたらされるコストのバランスを取ることが重要と判断した」としており、ハト派的な慎重さが強まり始めている。

市場では米労働省が7月28日に発表した4-6月期の雇用コスト指数で、賃金(福利厚生手当を含む)の伸びが前期比1%上昇と、1-3月期の同1.2%上昇から鈍化、2021年1-3月期以来2年ぶりの低い伸びとなったことを受け、インフレ加速懸念が後退、今後、ハト派が強まると見ている。

米経済通信社ブルームバーグのエコノミスト、アンナ・ウォン氏とスチュアート・ポール氏は8月16日付コラムで、4-6月期の雇用コスト指数の結果を踏まえた上で、FOMC議事録について、「大半の委員は米経済がソフトランディングしつつあるという楽観的な見方を維持している可能性が高い」、「過去1年半の積極的な利上げキャンペーンを支えてきた(タカ派の)強いコンセンサスがほころび始めている」、また、「パウエル議長はFOMC委員会の中でよりハト派的な側にいる可能性がある」と指摘した上で、「これ(4-6月期の雇用コスト指数)により、雇用市場がインフレをさらに加速させる懸念を抑えられ、今後はFOMCのセンチメントはさらにハト派的になると予想している」としている。

米国の金利先物市場では年内利上げの可能性を排除していないが、次回9月20日会合よりもその後の11月1日会合での追加利上げの確率がやや高くなっている。また、米金融大手バンク・オブ・アメリカも8月16日、顧客向けリポートで、9月会合で据え置き、11月会合で追加利上げを予想している。

市場ではパウエル議長の金融政策スタンスはタカ派とハト派の間で揺れ、まだ、『迷い』の時期にあると見ている。独投資会社アリアンツ・インベストメント・マネジメントの首席ストラテジスト、ヨハン・グラーン氏は、米経済情報専門サイトのマーケットウォッチの8月28日付コラムで、「パウエル議長はグランド・ティトン山脈(ワイオミング州の高峰)を登頂しようとしているが、立ち止まって息を整えずにそれを達成することはできない」とした上で、「FRBは利上げと景気の抑制を通じ、インフレを抑制しようとする取り組みでの『頂点』に到達したのか、それとも『偽りの頂点』にいるのかを議論しているのではないか」と述べており、先行きは不透明と見ている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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