「OPECの増産余力」という原油供給の安心指標
石油輸出国機構(OPEC)の増産余力(=余剰生産能力)が、過去3年間で最大規模に達している。2月は、産油能力が日量3,746万バレルだったのに対して、実際の産油量は3,070万バレルに留まっており、実に676万バレルもの生産能力が活用されていない状況にある。これは、イランとイラクの合計産油量(577万バレル)を更に大きく上回っており、本来であれば原油価格を大きく下押ししても不思議ではない規模である。
一方、足元の原油価格はWTI原油で80~110ドル、ブレント原油で90~120ドルをコアレンジに高止まりする展開が続いており、OPEC増産余力の価格沈静化効果は限定された状態にある。現在の増産余力は原油相場が50ドル台を大きく割り込んだ2009年前半とほぼ同水準であるが、原油価格が再び50ドル割れを試すような兆候は確認できていない。
原油価格が過去最高値(147.27ドル)を記録した08年当時の増産余力は僅か日量200万バレル前後であり、その当時と比較すると現在の原油供給環境が大きな「余裕」を残していることは間違いない。08年当時は、中国を筆頭に拡大する需要に供給環境が対応出来ないリスクが警戒されたが、足元の原油市場ではそのような懸念を抱く必要はない。
その意味では、08年型の原油価格急騰が実現する可能性は低いと考えている。確かに、「アラブの春」に代表される北アフリカ・中東地区の政情不安は続いており、イランの核開発協議にも大きな進展が見られない中、いつ大きな供給障害が発生しても違和感のない地政学的環境にあることは否めない。実際、地政学的リスクが顕在化して何らかの供給トラブルが発生すれば、原油相場は少なくとも一時的には急騰しよう。
しかし、現在の増産余力であればイラク戦争と同規模の大規模な供給断絶が発生しても、十分にそのショックを吸収できることが可能な状態にあるため、比較的短時間でその影響を吸収することが可能と考えている。少なくとも、リビア内戦時のような混乱状況は回避できるとの安心感が、原油価格の急騰リスクを時間的にも値幅的にも限定する可能性が高い。
■OPECの増産余力が拡大した理由が重要
では、なぜ原油相場は高止まりしているのだろうか?
その一つの考え方としては、「OPECの生産調整が原油価格の崩壊を阻止している」とのポジティブな評価があることだ。昨年後半に北米の「シェール革命」が本格化した当時、マーケットではこのまま人為的な需給調整を行わなければ、原油相場の急落は必至との見方が広がっていた。
実際、9月上旬時点では一時100ドル台に乗せていた原油相場が、9月後半に90ドル、10月下旬には85ドルを下回る急落地合を形成したことは記憶に新しい。昨年12月当時、世界エネルギー研究センター(CGES)は、「OPECが生産量を削減しなければ、北海ブレント原油価格は6月までに20%下落する」との弱気見通しを示していた。米国が大規模増産に成功した反動で輸入量を削減する中、売却先を失った原油が在庫として積み増されるリスクが警戒されていた。
しかし、これと歩調を合わせてOPECが日量100万バレル規模の「減産」に踏み切ったことが、「シェール革命→原油相場急落」シナリオを打ち崩したのである。その意味では、現在のOPEC増産余力は、OPECが必要以上の原油需給緩和を阻止するために、自国の短期利益を無視してまで生産調整に踏み切った成果と評価することも可能である。特に、サウジアラビア1カ国で日量350万バレルもの増産余力を作り出したことが、原油価格崩壊を阻止した可能性が高い。
視点を変えると、いち早く「シェール革命」の効果を織り込んで原油相場が軟化したことが、OPECの生産調整を促したと評価することもできよう。産油国の対応を促すための原油安が、原油価格の崩壊を阻止したと評価している。
米エネルギー情報局(EIA)によると、世界石油需給は1~2月期で日量130万バレルの供給不足になったと推計されている。これは、ほぼOPECの減産幅に匹敵する規模であり、昨年前半は需要拡大と連動して増産に踏み切っていたOPECが減産政策に転換したことが、国際原油需給見通しに対していかに大きな影響を及ぼしたのかが窺える。
「将来の供給不安」は後退するも、「現実の需給逼迫環境」が原油相場の高止まりを促している。OPECの過剰な増産余力が材料視されてくるのは、地政学的リスクなどを手掛かりに需給実態と乖離した高値形成が進んだ時まで先送りされよう。