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今年からグリーンブック全面禁止、その意味と影響、もたらされる未来とは?

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

暦が2022年に変わり、早くもハワイでは、米ツアーの新年初戦となるセントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズが開催されている。

そこでは、大きな変化が1つ起こっている。ツアーの大半の選手たちが長年愛用してきたグリーンブックが、1月1日から完全禁止となり、選手たちはツアー側から支給されるヤーデージブックのみしか持つことができなくなった。

グリーンブックとは、端的に言えば、グリーンを読むためのアンチョコだ。いわゆるヤーデージブックとは別物で、18ホールのグリーンとその周辺の距離や形状、起伏、速さや風の影響といった情報が詳細に記されたものだ。

このグリーンブックが米ツアーの会場で見られるようになったのは2008年ごろからだった。最初のうちは、ベテラン・キャディらが長年の経験や知識を書き込んでいったものがグリーンブックと呼ばれるようになり、試合会場の片隅などで、1冊数百ドルで売られるようになった。

しかし、しばらくすると、そうしたマニュアル版のグリーンブックを、ハイテク機器を用いて計測したデータや分析を加えて高度化した精密版が出回るようになり、さらには、それらをビジネスとして手がける専門業者が登場。

やがて、その業者は2社、3社と増え、資本主義社会らしく、ビジネス競争が生まれ、その結果、グリーンブックは一層、詳細で精緻で便利な品へと成長していった。

選手もキャディも、便利だから使っていた。「みんなが使って恩恵を授かっているのに自分だけ使わない手はない」と思えば思うほど、誰もが使うようになった。

そして、ラウンド中は、グリーン上はもちろんのこと、グリーンを狙うショットを打つ前段階から、みな頻繁にグリーンブックに見入るようになり、それが「スロープレーを誘発している」「グリーンやコースを見ずして、グリーンブックばっかり見ている姿が見苦しい」などと批判の声が方々から上がるようになった。

そこで世界のゴルフをつかさどるUSGAとR&Aは、2018年にグリーンブックのサイズや縮尺、精密度を落とす規制を定めた。それによって、高度なハイテク機器を用いて作成されたグリーンブックは、マニュアルレベルに近い状態へ逆戻りする格好になり、専門業社は「商売上がったりだ!」と嘆きながら、それでもマニュアルレベルのグリーンブックを作成し続けていた。

そんな中、ついにUSGAとR&Aはグリーンブックの全面禁止を定め、それをローカルルールとして採用するかどうかは各ツアーの判断に委ねられた。そして、米ツアー(PGAツアー)は、昨年5月の選手会理事会で16人の理事たちが全員一致で2022年1月からのグリーンブック完全禁止を決議した。

【何がどう変わる?】

選手たちみんなが使っていたものを、選手たちみんなが「使うべからず」と決めたところが、なんとも興味深い。

米メディアによれば、理事の1人であるケビン・ストリールマンは「グリーンブックに鼻を突っ込むほど見入っているプレーヤーの姿がテレビに映ることは、よろしくない」と語ったそうだ。

ライダーカップで米国キャプテンを務めたデービス・ラブは「現在のゴルフには、マシーンやテクノロジーが入り込みすぎている。レンジファインダーにGPS、スコアリングマシーン、、、。しかし、ゴルフはコンピューターゲームではない」と語り、グリーンブック禁止に全面的に賛意を示した。

ローリー・マキロイも「グリーンブックがあると、ゴルファーがグリーンを読むためのせっかくの能力が活かされなくなるし、消えてしまう」と嘆き、マット・クーチャーも「サイエンスにゴルフを壊されたくない」と感じているという。

誰もがグリーンブックの弊害を感じつつ、あれば便利だし、みんなが使っていたし、「だから自分も」という具合に使い続けていたことになる。それを、「みんなで禁止しよう」と決め、実行に移されたことは、素晴らしい前進である。

旧来のグリーンブックの情報を、ツアー側から支給されるヤーデージブックに書き写したりすることも今年からは完全禁止だが、気になるのは「それでもズルして書き込む選手やキャディが必ず出てくる」という声が一部の選手やキャディから聞かれることだ。

選手会の理事の1人であるケビン・キスナーは、試合で一緒に回っている選手やキャディの動作や動向に疑問を感じたときは「その情報はどこからどうやって得たのかと尋ねる会話を持つつもりだ」と言う。

だが、自己申告をモットーとするゴルフなのだから、ルール違反者探しにならないよう、ゴルフの精神を誰もが尊重し、誰もがルールを遵守すると信じて前向きに取り組んでいくしかない。

アンチョコが無くなったことで、これから選手たちは自分の目や足の裏から伝わる感覚、いやいや五感の全てを駆使してグリーンを読むことに努めていくはずだ。自分たちで情報収集する時間と労力が求められるため、これまでより早く会場入りする必要性に迫られ、その分、「仕事」に一層、励むことになる。

それは、ゴルフとゴルファーが本来あるべき姿に戻ることを意味しており、そうなってこそ、自然とコースとの闘いであるゴルフはサステイナブルな未来を描くことができるのではないだろうか。

その意味で、米ゴルフ界と米ツアーは、素晴らしい年明けを迎えていると言えそうだ。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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