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【ガザからの最新報告・2】―住民のハマス観―

土井敏邦ジャーナリスト

(撮影・ガザ住民)
(撮影・ガザ住民)

 ガザのジャーナリストからの報告の第二弾。

【ラファ市の被災者】

 今日(6月4日)、ラファ市(ガザ地区最南部でエジプトとの国境の街)でインタビューしました。

(Q・自己紹介を)

 イスマイル(仮名)で54歳です。1986年から自動車整備工の仕事をしています。

(Q・今回の戦争でどういう損害を受けましたか?)

 イスラエル軍の戦闘機がごらんのように私の家の建物を爆撃しました。一階は自動車整備工場で、私の住居は二階でした。だから家が破壊されて、住居と仕事の両方を失いました。

(Q・家族は大丈夫でしたか?ケガはなかったですか?)

 妻や子どもたちは無事です。空爆される直前、イスラエルの情報機関から電話がありました。「10分以内に家を出ろ!」という通告でした。私は家族を連れてすぐに家を離れました。

(Q・なぜイスラエル軍はあなたの家を狙ったのですか?何度も自問したことでしょうが)

 もちろんです。何度もこの疑問を自問しました。私に起こったことはイスラエルによるテロです。私はハマスや他の武装組織とは全く関係のない一般住民です。今、私の生活の全てが破壊されました。今はホームレスです。仕事もありません。私の工場で働いていた3人の従業員も失業してしまいました。

(Q・正直に教えてください。この戦争の最中、そしてその後のハマスの行動を支持しますか?)

 いいえ。私はハマスの行動には同意しません。私はイスラエルへの軍事行動には反対です。ハマスは20年間もイスラエルにロケットを撃ち続けています。しかしそれによって私たちに何一つ、いいことはありませんでした。イスラエルではなく私たち住民が敗者です。デイルバラ(ガザ地区中部の街)で暮らす親戚が教えてくれました。ハマスが発射したロケット弾が住民の家の中で爆発し、家にいた家族3人が犠牲になりました。

 ハマスの行動はひどいです。戦争の直後から何千トンの支援物資がガザ地区の外から送られてきました。数日後、ハマス系のスーパーマーケットに行くと、その支援物資を店頭で目にすることができます。つまり支援物資がハマスのマーケットで売られているんです。ハマスは盗賊です。そう言うのはとても辛いですが。

(Q・今どこに住んでいますか?この破壊された建物はどうしますか?)

 いま、私と家族は兄弟の家で暮らしていますが、借家を探しています。兄弟の家に長く暮らしたくないですから。いつもニュースをフォローしています。家を再建してくれる(海外支援の)プロジェクトがないかと思って。

(Q・世界に何を訴えたいですか?)

 海外の国々に言いたいです。子どもたちがちゃんと暮らせるように助けてください。全ての若者たちが今、ガザを脱出するか、自殺を考えています。

(撮影・ガザ住民)
(撮影・ガザ住民)

【ベイトラヒヤ町の被災者】

 昨日(6月12日)、ベイトラヒヤ町(イスラエルとの国境に近いガザ地区北部の町。農業で有名な地区)で一人の男性にインタビューしました。

(Q・自己紹介を)

 モハマド(仮名)で、42歳です。難民ではなく、元々ベイトラヒヤの出身です。私の家族は妻と4人の子どもがいます。小さなアイスクリーム工場で働いています。

(Q・この戦争でどういう被害を受けましたか?)

 家を失いました。完全に破壊されたんです。ほんの数秒で家が瓦礫の山になってしまいました。

(Q・なぜ家が狙われたんですか?)

 わかりません。私にではなくイスラエルかハマスに聞いてください。

(Q・あなたはイスラエルとハマスに怒っているんですか?)

 もちろん、そうです。イスラエルは全く慈悲もなく冷血に、アメリカ製の残酷なミサイルで私たちを殺戮し家を粉々にします。

 ハマスは最近のパレスチナの歴史の中で最悪の組織です。ハマスは「パレスチナの大義」のためにイスラエルと闘っているのではなく、イランのために闘っています。また彼らはガザに来る支援物資や資金を全て盗んでいます。

(Q・今どこで暮らしていますか?)

 家族は今、義父(妻の父親)の家にいます。寛大に私たちを迎え入れてくれました。

(Q・家の再建プロジェクトに登録するつもりですか?)

 私は家の再建は考えていません。今、家族を連れてガザを脱出することを考えています。ハマスとそのマフィアから逃れるためにガザを出るつもりです。できるだけ早く脱出したいです。

(Q・あなたは家族と共に集団出国する話をしましたが、そのためには大金が必要です。貧しいあなたはその資金をどうやって賄うつもりですか?)

 最近、ブルドーザーを借りる準備をしています。破壊された家から瓦礫を取り除くつもりです。それが終わったら、家があった土地を売るつもりです。それでまとまった金を手に入れ、ガザ脱出の費用に充てるつもりです。

(Q・今の仕事の収入はいくらですか?)

 電力不足が工場の仕事を破壊してしまいました。アイスクリームの市場はひどい状況です。電力不足でアイスクリームが溶けてしまうために、スーパーマーケットや商店からの需要はほとんどありません。だから仕事は不規則です。週に2~3日しか仕事がありません。平均月収は650~700シェケル(2万2千~2万4千円)です。

(Q・子どもたちの将来のことを心配していますか?)

 ガザには未来はありません。だからガザを脱出しようとしているのです。今回の戦争の後、私の子どもたちは病的な恐怖心に苦しんでいます。悪夢にうなされ、夜中に泣き叫びます。近々、精神科の医者に連れていくつもりです。子どもたちの将来は消耗しきったガザにではなく、ガザの外の世界にあります。

(Q・海外にどういうメッセージを送りたいですか?) 

 二つのことをお願いしたいです。まずガザに国連の多国籍軍を派遣してほしい。私たちとイスラエルとの長い「休戦」を実現し、平穏な状態を維持するためです。

 第二には、海外からの支援はハマスの手に渡さないこと。ハマスはその金や物資をハマス支持者だけに分配するからです。

(撮影・ガザ住民)
(撮影・ガザ住民)

【「住民を飢えさせない」という政治の役割】

 紹介したようなハマスを非難する現地の声を公開することは、さまざまな危険を伴い、非難を浴びる。

 一つは、ガザ住民のハマス批判の声は、イスラエル側に、自国のガザ封鎖政策、ガザ攻撃の「正当化」に利用されかねないことだ。「住民を日常的に苦しめているのは我われの政策や攻撃ではなく、ハマスなのだ。イスラエルではないのだ」と。

 またハマスと敵対するヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府は、「ハマスによって住民はこれほど苦難を強いられている。我われこそがパレスチナを代表し、ガザ地区を統治するにふさわしい」という宣伝に使うかもしれない。

 一方、「パレスチナ支援者」「親パレスチナ」の人たちは、「パレスチナ問題の根源はイスラエルの植民地主義、占領、封鎖にある。ハマス批判は、この問題の根源から目をそらさせてしまう」と主張するだろう。

 しかし、いまガザ住民を苦しめているのはイスラエルの封鎖、占領政策だけではない。ガザ住民に甚大な被害をもたらすイスラエルの攻撃を誘発したハマスら武装勢力のロケット弾攻撃であり、被害を受けた住民に十分な支援をしないハマス政府の無策に、住民は激しい怒りと絶望感を抱いている。

 ハマスのスポークスマンは私に、「パレスチナ人が向かうべき方向は、占領と闘い占領を終わらせること、自分たちの故郷で自分たちの国を建てることです。人はただ食べたり飲んだりするためだけに生きているのではない。占領下で奴隷のように生きるわけにはいきません。全ての人が飢えてパンを求めているのではありません。彼らは“自由”に飢えているのです。自由と尊厳があれば、なんでもできます」と、イスラエルへのロケット弾攻撃を正当化した。

 確かに占領され、封鎖されるパレスチナ人には、それを行うイスラエルに対して“抵抗する権利”がある。しかし過去4回のガザ攻撃の実例が示すように、抵抗権としてのハマスらの「イスラエルへのミサイル攻撃」は、封鎖からの解放、占領からの解放、生活の改善も住民に何一つ、もたらさなかった。逆に占領、封鎖は一層強化され、ガザ地区の経済は崩壊し、多くの住民は自由も仕事の糧も奪われ、とりわけ若者たちは将来への夢、希望さえ失った。

 イスラエル軍の攻撃で住居を失い、仕事を失い、生活の糧さえ失った多くの住民は今、「自由”に飢えている」のではなく、「人間らしく生きるための最低限の生活基盤」に「飢えている」のだ。それが奪われて、人はどうやって“尊厳”が保てようか。俳優の故・菅原文太が言ったように、政治の役割の一つは、「国民を飢えさせないこと」だ。「独立国家・自由・尊厳」といった「パレスチナの大義」を大言壮語する前に、まず住民を「飢えさせることなく、人間らしく生きる条件を整える」ことが何よりも優先されるべきはずだ。それさえできず、ハマスに批判的な住民が訴えるように、「『パレスチナの大義のための闘い』と喧伝し、アラブ諸国やイランなど海外から、さらなる『武装闘争』のための資金を呼び込もうとしている」とすれば、「ハマスは最近のパレスチナの歴史の中で最悪の組織」という住民の声は説得力がある。

(撮影・ガザ住民)
(撮影・ガザ住民)

【なぜメディアは住民のハマス批判を伝えにくいのか】

 今回のガザ攻撃をめぐる日本のメディア報道で、被害住民のハマス観に言及したニュースを私はほとんど目にしなかった。私が唯一目にしたのは「朝日新聞」(2021年6月3日朝刊)の「武力衝突ではガザ市民に多くの犠牲が出たが、イスラエルの占領との闘いという大義名分があるため、パレスチナではハマスへの強い批判も起きていない」という記事だった。

 なぜメディアで住民のハマス批判がなかなか報じられないか。私は以下のような理由があるのではないかと推測している。

 まず、取材し記事を書く特派員や掲載の判断をする本社デスクのレベルで、「ただでさえ一般の読者(視聴者)には“パレスチナ問題”は遠くて複雑な問題なのに、パレスチナ内部の問題まで言及すると問題はさらに複雑化し、読者(視聴者)はますます混乱しついていけない」という判断から、パレスチナ問題を「イスラエル対パレスチナ」という二項対立で単純化し、「わかりやすく」しようとする判断のため。

 もう一つは、もしハマス批判を記事やニュースにしたらハマス当局に睨まれ、二度とガザ地区の現場取材ができなくなるのではという現場を取材する側の懸念。

 さらに、日本メディアが雇う現地コーディネーターやストリンガー(現地取材者)が親ハマス系の場合、日本人特派員のためにアレンジする取材対象者からハマスに批判的な住民を意図的に排除してしまう可能性もありえる。

 もう一つ挙げれば、ハマスを非難する証言者の身の安全の問題である。匿名にしやすい活字媒体ならまだしも、映像の場合、証言者が特定されやすい。そうなればハマス当局から激しい弾圧を受けることを住民は経験から知っている。とりわけ海外のメディアの取材の場合、住民はその証言記録がどう使われるか、またハマス関係者の手に渡ってしまうのではないかという不安のために、本音を語ることを躊躇してしまう。今回、私が住民の声を現地のパレスチナ人ジャーナリストに聞いてもらったのは、私自身が現場に入れない事情の他に、そういう「住民の不安」が頭にあったからだ。

 いずれにしろ、いま緊急に世界に伝えられなければならないのはガザ地区で貧困と絶望のなかで生きることを強いられている一般民衆の現状と声である。彼らが何に苦しみ、何に怒り、何を求めているのか。そして国際社会がその住民たちのために何ができるのか、何をすべきなのか。

 “パレスチナ”の「大義」「正論」「問題」を声高に語り、「わかったつもりになる」のではなく、現地で必死に生き延びようとする“一人ひとりの人間”から目をそらさず、その小さな叫び声に耳を澄ますことである。

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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