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異例のアンコール上映が決定!妻役の田中美里が知った二宮金次郎の意外な実像とは?

水上賢治映画ライター
映画『二宮金次郎』 妻なみを演じた田中美里 筆者撮影

 今年の6月1日に東京都写真美術館ホールで公開がスタートした映画『二宮金次郎』は、知っているようで知らない二宮金次郎に出会える1作といっていい。

 おそらくある一定以上の年代の人間にとって、二宮金次郎といえば学校にあった像のことを思い出すに違いない。薪を背負いながら、本を読んでいる姿は、勤勉の象徴のようで、貧しくとも立派に出世した人物ぐらいの知識で終わっている人も多いことだろう。

 ただ、この映画を見ればわかるのだが、二宮金次郎は、いわば復興請負人。600 以上の村の復興を手がけ、困窮した庶民の生活を立て直した。そのトップとしての旗振りは、東日本大震災をはじめとする被災地の「復興」という視点において、なにか大切なことを教えてくれる。

 また、地道な努力を惜しまない二宮金次郎の姿勢をなぞるように、本作は、劇場公開にとらわれない、小さな上映を重ねていくスタイルながら、これまでに3万人を超える動員を記録。<二宮金次郎カー>なるものを用意して、市民館や公民館などでも大迫力で鑑賞できるように、映画館と同じレベルの映写機と6 メートルのスクリーンを車に積みこみ、全国行脚が続く。映画をひとりひとり、全国津々浦々へと大切に届けようとしている

 近年において、こんな気長に構えた上映を行っている劇映画はほとんどない。その努力が実ったか、好評に応え2020年1月2日から、東京都写真美術館ホールでのアンコール上映が決まった。

自分の出演した作品が長く愛されるものになってくれたら

 異例のスタンスでロングランとなっている映画『二宮金次郎』。二宮金次郎の妻、なみ役を演じた田中美里は、この流れをこう受け止める。

「ほんとうにうれしいです。いま、こういう形で再上映される作品はなかなかないですよね。そういう意味で、作品にきちんと力があって、きちんとみなさんの心まで届いたのかなと思っています。

 公開がスタートすると、少しずつ、いろいろなところで上映される機会が増えていって、金次郎の教えに『積小為大(せきしょういだい)』(※小さな努力をこつこつと積み重ねていけば、いずれは大きな収穫や力に結びつくという意味)がありますけど、その言葉を体現するような作品になっているのではないかと。そのことを出演者のひとりとして実感しています。

 演じ手のひとりとしては自分の出演した作品が長く愛されるものになってくれたら、という気持ちは常にあるんですね。でも、いまはそれを時代が許さないというか。新しいモノ、新しいモノへと、あっという間に興味の対象が移って、刷新されていってしまうような感覚がある。それは仕方ないと思う反面、なにか表現者として、どこか寂しいものを感じてしまう瞬間があるんですね。

 ただ、『二宮金次郎』に関しては、五十嵐(匠)監督の『この男をいま知ってほしい』という思いがまずあって。そこにスタッフとキャストが一丸となって挑み、思いが重なり、作品が出来上がって、それを一歩一歩なにかを踏みしめながら、大切に届けていく。映画を作ってみなさんのもとに届ける一番シンプルな形だけど、いまの時代だとなかなか許されないことができている気がして。このような作品に出演できてほんとうによかったなと思っています」

映画『二宮金次郎』 田中美里 筆者撮影
映画『二宮金次郎』 田中美里 筆者撮影

 はじめに今回の作品の話がきたときは身の引き締まるような気持ちになったという。五十嵐監督作品では『みすゞ』で主演を務めている。

「五十嵐監督とは『みすゞ』で初めてお会いしたのですが、そのとき、はじめにものすごい分厚い手紙をいただいたんです。文面にはわたしへのメッセージから、作品について、みすゞの詩から人物像までいろいろと書かれていたんですけど、なにより監督の作品に対する熱量が半端なく伝わってくるものでした。それで現場に行ったら、そこではさらに熱量が高くて、惜しみなく作品に情熱を注いでいらっしゃる。今回、久々にご一緒させていただくことになったのですが、全然その熱量が変わっていないことにまず驚きました。

 そして、五十嵐監督には、なにか見透かされてしまうといいますか。『みすゞ』のときも感じましたけど、わたしという人間の奥の奥までを見られてしまう感覚があるんです。表面的なところで繕ったようなことではすぐに見透かされてしまう

 たとえば『みすゞ』のとき、監督からカメラを渡されたんです。『みすゞさんの視点を大切に』と。

 みすゞさんは詩人で不思議な視点の持ち主で。だから、人の気づかないことにも思いを寄せることができる。それを通して、世界を見てみろということで渡されたと思うんですけど、確かにどんどん変わっていったんですね。自分の視点が、どんどん不思議な方向に向くようになって、ものの言い方も変わっていった。当時まだ20代でしたから、セリフひとつ言うのも、『こうあるべき』みたいなものってすごくあったと思うんです。ある意味、1点しか見ることができていなかった。まだ、若いのでものすごく視野が狭い。それを拡げてくれたんですね。

 最初は全然撮ってくれないんです。監督はひと言『金子みすゞじゃない』と。

 もうどうしようと思ったんですけど、じょじょにわたしが変わっていってはじめてカメラが回るようになった。

 たとえば水の入ったコップがある。そのコップがきれいだと思ってのぞき込むとき、わたし田中美里だと、やはり水が気になってこぼれないように見てしまう。美術さんやカメラマンさんに迷惑をかけてしまうのではないかと、撮影のことまで考えてしまう。でも、みすゞさんはそんなこと考えない。水をこぼしてもグラスを見続けたり、こぼれて散らばった水滴がきれいだなとか考える感性をもった人で。わたしがそこに達するまで監督は待ってくれたんですね。

 これが役を体得するというのがどういうことなのか深く考えた初めての時間だったような気がします

 この経験があるので、監督には絶対に見透かされるので、変な計算は絶対しないでおこうと決めていました。たぶん、20代でご一緒したときから、いま40代になって、それまでの過去までも見透かされる気がしたので、これは絶対に心してやらないといけないと思いました」

二宮金次郎のイメージは小さい人?

 主題となる二宮金次郎についてはやはり学校の像とのイメージだった。

「最初にお話をお聞きしたときは、二宮金次郎に関しては苦しい生活の中、時間の隙間を惜しんで勉強しているっていうぐらいのイメージしかなくて(苦笑)。それで、あの子どものころの像のイメージですから、勝手に小柄な人と思っていましたた。だから、はじめに金次郎を合田(雅吏)さんが演じるとお聞きしたとき、『え、合田さんかなり大きいけど?』と思ったんですよ。それで資料をみたら、身長180センチ、体重90キロ以上あったと知ってびっくり。そこから、数々の村の復興を手掛けられたことも知りました。恥ずかしながら、そんないろいろな事業を手掛けた人とは全く知らなくて、イメージががらっと変わりましたね」

 二宮金次郎は江戸後期、大飢饉などで窮した庶民の暮らしを立て直し、数々の村の復興を手掛けた。いまの農協へとつながるシステムの大枠も作っている。日本人のいまの暮らしの礎を築いたといっても過言ではない。

 また、分度(※人には、決まった収入がある。それぞれの人がその置かれた状況や立場をわきまえ、それにふさわしい生活を送ることが大切であるという教え)といった考えはいまの世の中にも通じる。

 作品では、恵まれなかった幼少時代から、異例の出世を果たし、文政元年(1818年)、小田原藩主・大久保忠真(榎木孝明)の命で、桜町領(現・ 栃木県真岡市)の復興に挑んだ二宮金次郎の姿が描かれる。

 金次郎の人物像を、こう分析する。

「ここまでまっすぐな人はなかなかいないんじゃないかなと。

 幼少時から苦労して、農民から侍の地位にまでのぼりつめた方ではありますけど、驕りや慢心がない。侍になっても土を愛して、農民の目線まで下りてくる。ただ、自分が『これだ』と思う信念に関しては決して曲げない。だから、多くの人間がついていったのかなと思いました。ひとことで村の復興といっても、村人が協力して力を合わせないと成し遂げられない。それを何百とやりとげたわけですから、そうとうな人望があったのだと思います。単に立身出世を求めるのではない、村民とともにある武士だったのではないでしょうか」

映画『二宮金次郎』より 
映画『二宮金次郎』より 

 妻なみの視点からみたときはどう映っただろう。

「たいへんでしょうね。ある意味、理想主義で突っ走って妥協を知らない。なかなか難儀でわたしでは妻を務めるのは無理かな(笑)

 ただ、金次郎は上から一方的に指示するだけじゃない。畑を改良するにも自分もいっしょに汗をかきながら、土で汚れて民といっしょになってやっていく。だから、民はついていく。その人間性にはすごく魅力を感じます。

 こういうリーダーがいまいてくれたらなと思いますよね。最近、災害も多いですし、こういう危機にあったとき、トップがどういう判断を下していくべきか、金次郎は教えてくれるところがあると思います。実際に、復興された場所がいまも残っていて、豊かな土地が引き継がれている。そして、金次郎の教えが根付いている。

 たとえば、金次郎は倹約を勧めていますが、それは豊かになるための倹約で。ケチではない。簡素に生きることが信条にあった気がします。それってモノがあふれた時代を通過して、もっとシンプルな生活を望む人が増えてきているいまの時代とつながっている気がしますなにかを独占するのではなくて、他人と分かち合うことを大切にしているところとかも、いまの時代につながる

 いまの時代に改めて、ほんとうに知ることができてよかったです」

なみを演じる上で、心に決めていたこと

 妻のなみを演じる上では、まずこう心に決めていたという。

「まず、『みすゞ』のとき、いっぱい資料をいただき、自分でも集めて下準備を進めていったんですけど、いよいよ撮影のときに、五十嵐監督がこうおっしゃったんです。『これらの資料は、それを書いた人の主観で書かれている。そこには絶対に書き手の一方的な感情も入っているから、それだけを鵜呑みにしてみすゞ像をつくってほしくない』と。だからいろいろな人の目からみたみすゞを、いったん全部忘れて白紙にしてあらためて作り直すぐらいリセットされたんですね。

 だから、今回も頭でっかちにならないというか。資料や台本をみつつも、それだけに固執しないで、なみの視点に立ってみる。そういうスタンスで挑もうと。

 演じる上で一番大切にしたのは、合田さんが演じる二宮金次郎が、どんな息遣いになって、どんな表情をし、どんな歩き方をするかということを観察し続けること。というのも、なみは『二宮金次郎をずっと見続けた』のではないかと思ったんです。

 傍目で見ると、なみは内助の功というか、金次郎を支えている善き妻に見えます。ただ、わたしとしては対等といいますか。金次郎を見守り続けることで並走していたんじゃないかと感じたんですよね。

 たぶん、これだけまっすぐな人間のやろうとすることに、同じようについていくには、それこそ同じぐらい強い精神を持っていないととてもじゃないけどついていけない。

 なみは金次郎にアドバイスをしたり、いっしょに前に立って戦うことはなかった。ひたすら夫を信じて見守り続ける戦いだったと思うんです。これも同じぐらいすごくパワーが必要になることだと思うんですよね。ふつうは耐えられない。

 びっくりするようなことを言われても動じない。「はい」と受け止める。でも、従っているのではない。理解していっしょに同じ地点に立っている。すごく強い女性だと思いました。

 だから、あまり言葉というよりも、目線だったり、しぐさだったり、とにかく演じる上で見続けることに徹したところがあります。

 監督も『どんな厳しい問題が起きても、ストンと柔らかい感じで、ニコニコ笑って、ドンと受け止めてほしい』とおっしゃってくれたので、そこになみの本質があるのかなと思いました」

 そのなみの人間性と金次郎との関係を象徴するシーンがある。金次郎がある挫折であり屈辱を味わうこのシーンは、金次郎が泥にまみれる中、なみもまた自らの手で泥にまみれる。この場面は田中自身の発案だったそうだ。

「台本を読んだときから、なみだったら絶対にこうすると思ったんですよね。

 金次郎が泥だらけになって打ちひしがれてずぶ濡れになってるときに、なみは『大丈夫』とへたな励ましの言葉などかけない。言葉じゃない。でも、言葉以外でなにかを伝えたいはず。そう考えたときに、同じ状態になるというのが、わたしの中で一番すんなり入ってきたんですよね。それで金次郎とむきあって、自分の顔に泥を塗ろうと。それが自然に思い浮かんだことだったんです。たぶん、ふたりはこんなように心で通じ合える夫婦だったのではないかと思って。

 それで、リハーサルでまずやったんですけど、そのときに監督が『あ、なみ、それいいね』といってくださったので、本番もそのままいきました。

 五十嵐監督にすこしは自分が成長したところを見せられた気がして、わたしとしても印象に残っているシーンになりました」

映画『二宮金次郎』より
映画『二宮金次郎』より

 実は演じる上で、増量を命じられた。

「監督からふくよかになってほしいと。食べるのは大好きなので、『仕事で太っていいんですか!』という感じで、今よりだいたい7キロぐらい体重を増やしました。

 わたしは増やすだけだったので苦ではなかったんですけど、合田さんは大変だったと思います。断食のところから撮影がはじまったので、はじめに合田さんはまず7キロ落として、そのあと、7キロ太らないといけなかったんですよね。それに比べたらわたしは楽でした」

そして、ふたたび上映の日を迎える。

「二宮金次郎を演じた主演の合田さんは『100年後にも残していたい』っておっしゃっているんですけど、そういう作品になってくれたらなと思います。

 もっともっと全国へ広がっていってくれたらうれしいです」

映画『二宮金次郎』より
映画『二宮金次郎』より

2020年1月2日(土)より東京都写真美術館ホールにて公開。

公開に合わせ、同ホールで<二宮金次郎をもっと知りたい ~>と題したトークイベントを開催。

<第1回>~財界人が語る二宮金次郎の教え・精神・影響について~

日時:2020年1月8日(水)11:00の回上映後

ゲスト:高橋弘さん(万葉倶楽部株式会社 代表取締役会長)/聞き手:五十嵐匠監督

<第2回>~二宮金次郎の生きた時代の農民たち~

日時:2020年1月11日(土)11:00の回上映後

ゲスト:渡辺尚志さん(一橋大学大学院社会学研究科教授)/聞き手:五十嵐匠監督

<第3回>~落語の世界に生きる二宮金次郎~

日時:2020年1月18日(土)11:00の回上映後

ゲスト:笑福亭笑利さん(落語家)

聞き手:五十嵐匠監督

<第4回>~100年続く映画になるように~

日時:2020年1月26日(日)11:00の回上映後

ゲスト:合田雅吏さん、五十嵐匠監督

場面写真はすべて(C)映画「二宮金次郎」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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