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バイエルンを血祭りに上げた天才。かつてC・ロナウドとライバルだった男の逆襲。

小宮良之スポーツライター・小説家
C・ロナウドを押しのけてドリブルするポルトガル代表のクアレスマ(写真:ロイター/アフロ)

4月15日、欧州チャンピオンズリーグ準々決勝1レグ。FCポルトは、優勝候補のバイエルン・ミュンヘンを本拠地ドラゴンに迎え、見事に打ち破っている。

殊勲の立役者となったのは、2得点を決めたリカルド・クアレスマだろう。開始早々のPKは、世界有数のGKマヌエル・ノイアーを前にしても度胸が据わっていた。絶対的な自分の技術への自信で、逆を突いて叩き込んだ。2点目は、もたつくディフェンダーのボールをかっさらい、そのままGKと一対一になると、右足アウトサイドで流し込んでいる。あえて難しいキックを選択し、敵の心にダメージを与えた。酷薄な男である。

「ハリー・ポッター」

クアレスマは変幻のボールプレーからそうあだ名されるが、そのドリブルはステップワークが悪魔的に鋭い。あるいは、左サイドでドリブルしながら、思いついたように右足アウトサイドで蹴り、シュート回転の豪快なゴールを逆サイドに決めてしまう。魔法使いに擬えられる理由だろう。

しかし彼の人生は、そのボールの軌道と同じく、不敵で危うかった---。

ポルトガルの名門、スポルティング・リスボンでクアレスマはプロ選手になっている。ユース時代には、一つ下にFIFAバロンドール(世界最優秀選手)のクリスティアーノ・ロナウドがいた。二人は、自分の能力に対して強い自負を持っていたが、お互いのことは認め合っていたという。どちらもボールを持ったらそのままゴールに突っ込む突破力と技術の高さを持ち、お互い刺激し合っていた。

しかし二人のライバルは、異なる道を歩むことになった。

クアレスマは2003年夏、19歳でスポルティング・リスボンからFCバルセロナに移籍して注目されるも、新天地に順応できていない。その後はFCポルト、インテル、チェルシー、ベジクタシュと各国の強豪クラブを渡り歩くも、真価を発揮できなかった。ポルトガル代表にも選ばれたが、調子の波が激しく定着できず。30歳になるクアレスマは、所属クラブなしの流浪の時代を経ながら、昨年1月にポルトに拾われて現役を続ける。

一方で、C・ロナウドはスター街道を闊歩している。2003年夏、18歳でスポルティング・リスボンからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。7番を背負った彼はプレミアリーグ、チャンピオンズリーグなど数々のタイトルを獲得し、レアル・マドリーに新天地を求めた後も、サッカー選手としての栄耀栄華を極める。

その性格が、運命を分けたのかもしれない。

「正直に告白すると、リカルド(クアレスマ)の将来は心配ですよ」

二人を指導した当時のコーチは、そう証言していた。

「リカルドには、チームプレーの意識は忘れて欲しくありませんね。レベルが高くなると、自分の力だけでは物事を解決できなくなります。彼は才能を過信するところがありますから。現役生活を長く続けていきたいなら、周りの選手をリスペクトし、されることです」

C・ロナウドは才能に甘えず、誰もが一目置く努力家だった。

しかしクアレスマは怠惰で、自分一人を恃みにした。「努力は下手くそがやること」とジムトレーニングは興味を示さなかった。「連係?俺が全員をドリブルで抜いてシュートを決める」と徹底的な個人主義をピッチに持ち込んだ。それを指導者に咎められ、「仲間を使え」と諭され、できないと罰を与えられても、劣勢の中で交代出場すると自らの得点で逆転して実力を示した。

早い話、クアレスマは手に負えない少年だった。ジプシーの出身で、独自の道徳観を持っていた。芸術家肌で、唯我独尊。ユース時代の指導者が案じていたように、その生き方は周囲に理解されなかった。

しかし、才能そのものは死んでいなかったのだろう。

クアレスマのプレーは独特の間合いで、奇異にさえ映る。彼はプレーに没頭すると、ときに忘我の中にいる。周りに対する愛情も、尊敬も、蒸発するように消えてしまう。ただひたすら、ボール芸術を成し遂げるための感覚だけが研ぎ澄まされる。すると、相手は次のプレーがまったく読めない---。

そのとき、クアレスマは無敵になるのだ。

バイエルン戦、クアレスマにしては珍しく守備でも貢献していた。必死にプレスバックし、サイドに"ふた"をしている。相手に勝つためには、野性の獣が相手の力を自然に推し量って態勢を整えるように、力を尽くせる男なのである。

<真面目にプレーする>

見せかけの品行方正が、彼には馬鹿馬鹿しいのだ。

2レグ、バイエルンに引き分け以上で、ポルトは欧州ベスト4に躍り出る。かつてのライバル、C・ロナウドとの対戦はあるのか。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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