重大局面の『週刊文春』vs木原官房副長官の対決。文春以外のメディアはなぜほぼ沈黙しているのか
『週刊文春』と木原誠二官房副長官の対決が重大な局面を迎えた。同誌は7月27日発売の8月3日号で「木原事件 妻の取調官実名告発」という13ページにもわたる特集記事を掲載。その記事で告発を行った佐藤誠元警部補が28日に会見も行った。文藝春秋で行われた会見の動画は今もネットで公開されている。
https://bunshun.jp/denshiban/articles/b6537
『週刊文春』の一連の告発に木原氏側は事実無根だと抗議しており、膠着状態になるのではと心配したが、同誌側が総力をあげて取材を継続していた成果と言えよう。
同誌が追及している疑惑とは、木原氏の妻の元夫の不審死を警察が再捜査していたのが突如捜査終了となったというものだが、その捜査の中心にいた元警部補が実名で告発するという劇的な展開だ。
佐藤元警部補の告発が実現した経緯
同誌取材班がこの佐藤氏にたどり着いたのは疑惑追及が始まった直後の7月上旬だったらしい。記事にはこう書かれている。
「七月上旬、ようやく取材班は佐藤氏の居宅にたどり着く。しかし、そこも既に転居済みだった。小誌記者は藁にもすがる思いで、近隣住民に事情を説明。すると数時間後、携帯が鳴った。『文春だろ? 来ると思ってたよ』」
ただ佐藤氏はその電話で最初は取材を拒否。しかし2週間後、再び説得したところ、応じることになった。理由はその数日前の7月13日、露木康浩警察庁長官が定例会見で「事件性が認められない」と語ったことだった。佐藤氏はこう言ったという。
「我々はホシを挙げるために全力で捜査に当たってきた。ところが、志半ばで中断させられたんだよ。それなのに、長官は『事件性が認められない』と事案自体を“なかったこと”にしている」
「(文春の)記事では、捜査員が遺族に『無念を晴らす』と言っていたが、俺だって同じ気持ちだよ」
政治的幕引きを図る上層部に、昨年退職したとはいえ現場の元刑事が腹をくくって啖呵を切るという、刑事ドラマを見るような展開だ。それがリアルタイムで進行しているというのがすごい。佐藤氏の告発で数々の新事実が浮かび上がったというから、告発キャンペーンは新たな段階に入ったわけだ。
『週刊文春』vs木原副長官の攻防の経緯
これまでの経緯を簡単に振り返っておこう。
『週刊文春』は7月6日発売の7月13日号で「岸田最側近・木原副長官『俺がいないと妻がすぐ連行される』衝撃音声」と題する8ページにわたる記事を掲載した。それまでも同誌は木原氏の不倫問題を報じていたのだが、それは以前、『週刊新潮』などが報じたものだった。『週刊文春』は断続的にそれを報じたが、実は本当の狙いは別の話題で、同誌は長期にわたってそれを追っていたらしい。
木原氏の妻が殺人事件に関与しているとの疑惑があり、かつその捜査が途中で上層部の指示でストップをかけられた、というものだった。岸田政権の中枢にいる木原氏の意向が働いたのではないか、という重大な疑惑だ。
それをぶち上げたのが7月13日号の特集記事だったが、5日昼に同誌の電子版で内容が報じられると、木原氏側は即座に反応した。木原氏側もことの重大性にかんがみて強い対応をしたのだろう。
その5日に木原氏側は司法記者クラブにA4三枚の通知書を送付した。
「事実無根の内容であるばかりでなく、私と私の家族に対する想像を絶する人権侵害」だとして「刑事告訴を含め厳正に対応いたします」と通告。記事の削除も要求したのだった。
一方の『週刊文春』編集部は文春オンラインで「じゅうぶん取材を尽くした上で、記事にしており、削除に応じることはできません」という見解を表明した。
『週刊文春』の報道内容は木原氏の妻をめぐるもので、彼女の元夫が2006年に死亡した件をめぐって当初、警察は自殺と思い込んで処理してしまったが、2018年に未解決事件を掘り起こす専門チームによって捜査が始められたというものだ。
ただ事情聴取などを受けた妻への疑惑は、結局立件されずに終わってしまった。夫が木原氏だったことで捜査のハードルが上がったと、当時の捜査幹部が記事中で匿名で証言している。ちなみに06年とは木原氏が妻と知り合う前のことだ。
発売前日から双方が激しく対立
『週刊文春』は当時の捜査関係者10人以上にあたったというからかなり長期の取材を続けてきたのだろう。木原氏側も、妻が殺人事件に関わったのではないかという疑惑報道だからこれは全力で闘うしかないと決意したものと思われる。
『週刊文春』の第一報は事件当時妻と交際していた人物の証言やかつての捜査員たちの証言などかなり取材したことをうかがわせる内容だった。当然、木原氏側からの反撃も予測したうえで報道に踏み切ったはずだ。続く7月20日号、27日号でも続報を放ち、死去した妻の元夫の遺族が隠し録りしたと思われる捜査員の音声テープを持っていることも明らかにした。
ただこの件について質問された警察幹部、さらには官房長官も、木原氏の妻の元夫の死をめぐる事件性を否定。前述したように、決定的な証拠がないと『週刊文春』と木原氏側双方が対立したまま事態は膠着状態に入ってしまう怖れがあった。
それを大きく転回させたのが『週刊文春』8月3日号の佐藤元警部補の告発だった。
新聞・テレビはこの問題をどう報じてきたか
『週刊文春』の報道は、世間では大きな関心を持って受け止められ、ネットでは盛んに取り上げられたが、当初、同誌以外の新聞・テレビはほぼ沈黙した。刑事告訴を匂わせた木原氏側の激しい抗議が、それなりに功を奏したのだろう。
私は東京新聞の毎週日曜掲載の連載コラム「週刊誌を読む」で『週刊文春』の第一報直後から大きく取り上げたし、産経新聞で毎週土曜日に週刊誌評を連載している花田紀凱氏も大きく取り上げ、他のメディアが沈黙していることも批判した。
確かに一方の当事者が「事実無根」と言っていることだから『週刊文春』の報道内容を伝えるのには工夫が求められる。しかし、これだけ大きな問題だから、工夫すれば紙面化できないことはなかったと思う。それゆえ、多くのメディアの腰の引け方が気になった。
他のメディアも警察幹部や、後には官房長官会見でも質問をぶつけてはいた。しかし、返ってくるのは事件性を否定する公式見解だから、それを報じるのはむしろ木原氏側を利するものだった。
何やら思い出すのは、『週刊文春』のかつてのジャニーズ事務所性加害告発キャンペーンの時の状況だ。ジャニーズ事務所は長年、メディア対策に注力し、批判報道には強硬に対応することで知られていた。しかもテレビ局や出版社には、同事務所の意にそわない報道をすれば、所属タレントの起用ができなくなるようなことを匂わせて圧力をかけた。
今、ジャニーズ事務所の性加害問題をめぐっては形勢は逆転し、新聞などのマスメディアは、自分たちが性加害報道をしてこなかったことを次々と反省しているのだが、今回の木原問題への対応を見ると、状況はあまり変わっていないのではという気もしないではない。
実際、3月に英国BBCが性加害問題を日本のメディアへの批判を込めて放送した後も、被害者が実名で会見をするまで多くのメディアは沈黙したままだった。ジャニーズ事務所が正式に謝罪してからは、これでお墨付きを得たとばかりに堰を切ったように報道が始まった。
遺族会見、元警部補会見で状況は変わったか
そのあたりについては『週刊文春』もわかっているのだろう。7月28日の佐藤誠元警部補の実名会見は、そういう会見があったこと自体は報道できるからと新聞・テレビなどのメディア向けに考えたものだろう。7月20日には司法クラブで、木原氏の妻の元夫の遺族が会見を行ったのも同様だ。何とか大手メディアを巻き込みたいというのが同誌側の作戦だったと思われる。
7月20日の遺族の会見は「デジタルフライデー」などが大きく報じていた。また日刊ゲンダイデジタルもこの会見を含め、木原事件を何度も取り上げている。
7月28日の佐藤元警部補の会見も29日の東京新聞が特報面で詳しく報じた。電子版の記事は下記で読める。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/266307
前川喜平さんも「注視すべき」と訴え
その特報面の30日付けでは私の「週刊誌を読む」でも大きく取り上げたが、同じ日曜日掲載の前川喜平さんの連載コラムも「木原事件」と題してこの問題を取り上げている。影響力の大きな前川さんが取り上げたことも大きいが、そのコラムの末尾はこう結ばれている。
「もし何らかの圧力または忖度により意図的に犯罪が見逃されたのだとすれば、それは法治国家にあるまじきことだ。この事件はさらに注視する必要がある」
一般紙でも例えば毎日新聞の7月24日付コラム「風知草」でこの問題を取り上げ、冒頭でこう書いている。
《首相の右腕・木原誠二内閣官房副長官(53)をめぐる「週刊文春」(7月13日号)の報道でSNSが沸き立つ一方、新聞・テレビはほぼ沈黙を続けている。
政界が平静なのは「しょせん、週刊誌ネタ」とタカをくくる向きが多いからだが、文春の暴露は詳細にわたっており、簡単に退けられる内容ではない。》
佐藤元警部補の告発は何といってもインパクトが大きいから、今後は他の大手メディアでもこの件に言及する記事は増えていくだろう。その報道のあり方も含めて、この件には注視していかなければならないと思う。