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「新しい資本主義」に欠落するもの(第3回)マイナンバー制度を活用したデジタル・セーフティネット

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(提供:イメージマート)

 前回(第2回)、セーフティネットの具体的なモデルとして欧米諸国の導入している給付付き税額控除を紹介した。この制度を実際に導入している英国の状況を説明したい。

英国では、給与所得者の所得情報が毎月税務当局に報告され、それが社会保障官庁に連携され、ワーキングプア対策や子ども・子育て支援の給付を、ユニバーサル・クレジットとして要件を満たす家計に支給される。所得情報をほぼリアルタイムで把握するインフラが整っているので、ジョンソン政権はこのインフラを活用して、コロナ対策としての給付を迅速に行った。個人事業者についても4半期ごとに所得情報を入手する方向で制度構築が進んでおり、またウーバーの運転手などについては、プラットフォーム企業であるウーバーから当局が情報を入手する仕組みが整っている。

このように、原則申請をしなくても、政府が対象者を見つけ出し給付する「プッシュ型」が可能になった。申請に伴う「スティグマ」がなくなり、制度が充実したと評価されている。この制度構築の肝は、税務当局による所得(収入)情報の入手、給付官庁への情報提供と個人ごとへの給付という大掛かりなコンピューターシステムである。わが国でも、収入・所得については、税務当局が番号で管理しているが、これを社会保障給付官庁につなげセーフティネットを構築することは部内で検討されていない。

筆者は、マイナンバー制度のマイナポータルを活用すれば、英国などと同様のデジタル・セーフティネットが可能になると考えている。

現在、税務申告に必要な生損保料控除や医療費控除などを本人同意のもとで保険会社と連携・入手する仕組みが構築されている。今年からは、「さとふる」などのプラットフォーマーからふるさと納税の情報を本人のマイナポータルに入手する仕組もできた。これをさらに充実させて、サラリーマンの場合は会社から、ギグワーカーやフリーランスについては、プラットフォーマーや発注先から、当事者同士の合意により情報連携する仕組みを作り、それを社会保障給付などと連携させれば、プッシュ型の給付が可能になる。ただし生活保護制度は、金銭の受給だけでなくケースワーカーによる支援も必要なので、プッシュ型は適さないと思われる。

このようなデジタル・セーフティネット構築の問題・課題は、マイナポータルの機能が国民に認知されていないことで、背景には番号制度への不信感がある。マイナンバー制度に対して、「私たちの個人情報が政府に筒抜けになり私たちが常に見られている監視社会になる」という懸念を発する向きがある。

筆者は、このような論はあまりにも飛躍しすぎだと考えている。マイナンバーは、社会保障・税番号であり、「公平・公正な課税」と「社会保障負担・給付の公平化・効率化」の2つを目的とする。「公平な課税」や「公平な社会保障」を求めることは、民主主義社会建設の基本である。そのためにマイナンバーは不可欠な社会インフラである。

そのことと、誰もが恐怖感を抱くAIが行う監視社会とは、次元の異なる話である。監視社会への対応は、SNSなどによる個人情報の乱用に原因があり、それを民主国家の基盤たる社会インフラであるマイナンバー制度と結び付けるのは暴論であろう。AIやビッグデータの脅威を喧伝する欧米の学者でも、自国の番号制度の批判まで行っている者は見当たらない。

必要なことは、個人情報の管理と自らの情報がどう使われたのかがわかる透明性の確保である。マイナンバーは欧米のような情報の一元管理をとらず分散管理方式にして芋づる式の情報漏えいを防ぐシステムが導入されているが、さらに国民の懸念払しょくの努力をしつつ、デジタル・セーフティネットの構築を急ぐ必要がある。

なおデジタル庁「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の2022年5月13日資料にデジタル・セーフティネットの説明図が掲載されている。

https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/67c1bfe0-5b2d-4c28-a7a1-5d864f72d1f1/cb174a94/20220513_meeting_mynumber_outline_02.pdf

次回(第4回)は、人的資本の向上策と税制-能力開発控除の創設について書いてみたい。

第1回 総論としての「分配」と「再分配」

第2回 フリーランスやギグワーカーのデジタル・セーフティネット

第3回 マイナンバー制度(マイナポータル)を活用したデジタル・セーフティネット

以降

・方向が見えない「新しい資本主義」―賃上げか資産所得(配当)の増加

・資本所得倍増プランと富裕層への金融所得課税

・ロボット・タックス AIとBI(ベーシックインカム)

・税のDX―電子インボイスの活用

・Web3.0の世界と税制

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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