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「死者続出マンション」が生んだ北朝鮮国民の抗議活動

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

品質や安全よりも工期に間に合わせることが優先される北朝鮮の建設現場では、手抜き工事が横行し、死亡事故が日常茶飯事と化している。

(参考記事:【再現ルポ】北朝鮮、橋崩壊で「500人死亡」現場の地獄絵図

そんな現実が、遂に庶民たちによる強力な抗議活動につながった。

舞台となっているのは、中国との国境に接する両江道(リャンガンド)で、商業と貿易の中心地となっている恵山(ヘサン)だ。現地で進められている都市再開発事業を巡り、住民と行政、建設会社の間でトラブルが発生。住民が集団で抗議する事態に発展している。

恵山市の恵長洞(ヘジャンドン)は、恵山駅と中国との国境を流れる鴨緑江に挟まれ、市場も近いリッチなエリアだが、2016年に大雨による洪水で浸水する被害を受けたこともあり、住宅の老朽化が進んでいる。

建築会社は市人民委員会(市役所)の許可を得て、地元紙・両江日報社の向かいの平屋建ての住宅を取り壊し、9階建てのマンションを建設することにした。元々住んでいた40世帯の人々には、旧住宅の資材と労働力、金銭を提供してもらう見返りに、新築マンションの部屋を与えることを約束した。

ところが、建物が完成し、入居開始を控えた先月中旬になって、急に話が変わった。住民は、人民委員会の住宅課から次のような通告を受けた。

「両江日報社の隣のマンションの裏に新築されるマンションに入居することになっていたが、入居は取り消され、別のマンションをあてがう」

件の新築マンションの部屋は、朝鮮労働党両江道委員会の幹部に割り当てることにしたのだという。市の外れに掘っ立て小屋を建て、資材と労働力、資金を提供しつつ、完成を待っていた住民たちは突然の知らせに激怒した。

新たにあてがわれたマンションは、未だに骨組みも組み上げられていない。このままでは氷点下30度に達する厳しい冬を、凍死の恐怖と闘いながら掘っ立て小屋で過ごすことを余儀なくされる。

住民たちは、人民委員会の信訴(シンソ)課に押しかけて、集団で激しく抗議した。

「信訴」というのは、中国の「信訪」と同様に、理不尽な目に遭った国民が、そのことを政府機関に直訴するシステムで、一種の「目安箱」のようなものだ。元々は法制度の外で運用されていたものが、1998年に制定された信訴請願法で、法的根拠が与えられた。民主主義や言論の自由のない北朝鮮で、庶民がお上に何かを申し立てることのできるほとんど唯一の仕組みだ。

(参考記事:北朝鮮市民、党本部前で抗議の切腹「警察署長に全財産を奪われた」

金正日時代からは機能が低下したと言われているが、平安南道(ピョンアンナムド)人民委員会(道庁)で勤務経験を持つ脱北者は今回の件について「行政の方が分が悪い」として、次のようなエピソードを語った。

2000年代初頭、平安南道肅川(スクチョン)郡の党委員会責任書記が、一方的に住民を家から追い出し取り壊した上で、自分用の2階建ての住宅を建てた。追い出された4世帯の住民は、党中央委員会に信訴を行った。その結果、訴えは正当なものと認められ、責任書記は更迭され、「20世紀版の卞学道」(ピョン・ハクト、古典小説<春香伝>でヒロインをいたぶる悪徳役人)との烙印を押され、農村に追放されてしまった。

住民たちは「人民委員会が解決しようとしないのならば、中央党(党中央委員会)に信訴する」と脅かしている。これに対して人民委員長(市長)は、住宅課に速やかな解決を指示した。

情報筋は触れていないが、マンション建設の資金を提供するほどの財力を持ち、人民委員会に圧力をかけられるほどの住民は、一般庶民ではなく幹部やトンジュ(金種、新興富裕層)など、それなりの社会的地位や強力なコネを持っている人たちだろう。

また、かつて抗議活動は命がけの行為だったが、今はそれほどでないもようだ。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

人民委員長からの指示に、人民委員会住宅課は困り果てている。朝鮮労働党両江道委員会の幹部からマンションの入居権を取り上げるわけにもいかず、だからと言って人民委員長に従わなければ、最悪の場合、中央党の検閲(監査)を受け、クビが飛びかねないからだ。

そもそも党幹部らは、中国の吉林省長白朝鮮族自治県の中心部と向かい合い、開発が進められている市内北部の渭淵洞(ウィヨンドン)の10階建てのマンションに入居する権利を持っていた。

しかし冒頭で述べたとおり、北朝鮮の建設現場では手抜き工事が横行している。渭淵洞の現場はそれが特にひどいらしく、「セメントでできた壁をすっと撫でるとボロボロと崩れ落ちる、塊で落ちるのもある」(情報筋)ことから、幹部らは入居権を返上してしまった。代わりにあてがわれたのが、恵長洞の新築マンションというわけだ。

(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故

夢の新築マンションを奪われた住民たちは、一向に引き下がる姿勢を見せていない。前述の脱北者は「住民に理があり、人民委員会の責任は大きい。抗議されても押さえつけるのは難しい。信訴を受け入れる形となるだろう」と見ている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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