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日本生まれ中国籍のアーティスト・チョーヒカル 「私は何者?」の違和感が解けるまで

中村貴洋映像ディレクター

 人の顔の半分に描かれたリアルな猫の顔や、切断された腕の断面から生える植物……。斬新なボディペイント作品で世界的に注目される新進気鋭のアーティスト、チョーヒカル(27)=本名・趙燁(ちょうひかる)。独特な表現の裏側にあるのは、「中国人」として日本に生まれたという自身のルーツの複雑さだ。しかし、アートを学び直そうと渡ったアメリカでチョーヒカルは、「自分は中国人でもない」ということに気づく。「じゃあ私は、何者?」。チョーヒカルの素顔に迫った。

--「アンチテーゼ」としてのボディペイント--
 動物や物のリアルで精密な絵を身体に直接描く作品で知られるチョーヒカル。テーマは「UNUSUAL ART」(非日常のアート)だ。皮膚の切れ目から心臓がのぞき見えるボディーペイント、顔面が馬に様変わりするフェイスペイント、後頭部が電球に一変するヘッドペイント。その表現に行きつくきっかけは、自身のルーツへの葛藤にある。
 東京出身で、中国人の両親のもとに育った。武蔵野美術大学に在学中、手に目を描いたペイントをSNSにアップしたところ、拡散して話題になった。これをきっかけに注目を浴び、国内外のメディアに取り上げられた。他方、海外から日本に帰国すると外国人扱いされ、入国時に指紋と顔写真を撮られることに違和感も。「勝手な決めつけや偏見が嫌だった」。自身の作品を通して、人の表面にとらわれず内面に目を向けてほしいと考えるようになった。「人種や国籍、レーベルで人を判断することにアンチテーゼを示したい」。人間の顔や体に同化するかのように動物や物を描くのは、型にはまらない在り方を提示するためでもある。
 2018年、ニューヨークで開かれたグループ展に参加した時のことだ。出展したのはリアルな人間の顔に動物のペイントを施した作品だったが、評論家に「作品から伝わるメッセージがない。こんなものはアートじゃない」と酷評された。「それまで具体的な対象を描いてきて、それ(作品に触れた)以降には何もならないという気持ちだった」。作品を見た瞬間に驚きや錯覚を与えることが自身の作品の強みだと思っていたが、それ以上のリアクションに期待を持てていないのも事実だったと、当時を振り返る。
 どうすれば自分の作品が誰かにメッセージとして届くのか。その思いが、次なる舞台へチョーヒカルを導いた。

--留学先ニューヨークで抱いた違和感--
 チョーヒカルは今、ニューヨークにいる。「アートではない」という言葉に突き動かされ、アートとデザインを勉強しなおそうと、2019年夏からアートカレッジ「Pratt Institute」に留学したのだ。アートの本場でもあるニューヨークの生活でチョーヒカルがまず向き合ったのは、自身のアイデンティティーについてだった。
 クラスメートには中国からの留学生が多い。そのクラスメートたちとの会話の中で中国の話題が出ても、話に付いていけない。逆に、日本のことを聞かれたら答えられることに気づいた。
 「日本にいる時は『中国人』というアイデンティティーでいたのに、こっち(ニューヨーク)に来てみたら、日本文化の方が自分に色濃くある。でも日本人でもない」。自分は何者なのか?
――違和感は、新たな取り組みへつながっていく。

--「長文で良い」 自分は何者か、問い続けてたどりついた答え--
 ニューヨークに来てから、祖母が韓国籍で「在日2世」と呼ばれる立場の人や、中国出身だがアメリカに長く暮らす人と出会った。日本や中国といった自身のルーツとは関係のない場所で、「アイデンティティーの違和感を初めて誰かと共有できた」。同じように違和感を抱く人たちのために、何かできることはないか――。その思いから現地で始めたのが、「誰もが『違い』を認め合える空間」づくりのプロジェクト「WE ARE ALL AILENS(わたしたちはみなエイリアン)」だ。
 「みんな違う」ということを共通点にしてつながり合うのが、プロジェクトの目的だ。インターネット上で参加者それぞれが「エイリアン」と称したアバターを作成。目や形、色などを自ら選んで作ったアバターで、コミュニティーで交流をしたり、QRコード付きのステッカーをPCやカバンにつけてもらって現実世界でも違いを認め合える機会をつくったりする。さまざまな立場の友人から、差別を受けた体験や、他者とは少し違った性格の悩みなどを聞き、プロジェクトへの参加者を増やしている。
 プロジェクトで友人たちの悩みを聞く中で「『人間』というものを細かいスコープで見てきた」と話すチョーヒカル。自分は何者か、考え続けてきた問いにも、こんな答えを持つようになった。「私も別に、日本人とか中国人とかじゃなくて、『日本生まれ育ちの、親が中国人の人』。そのくらいの長文でいいんだなと思った」

--「差別」が広がる今、他者の立場を想像するために--
 自身と肌の色が、目の色が、国籍が、文化が違っても、そこにいるのは同じ人間だ――。チョーヒカルへの取材を終え、そんなことを改めて考えている。
 いま、新型コロナウイルス感染症と、感染症への不安が世の中を覆っている。取材が終盤に差し掛かった3月上旬には、そうした不安からか、特定の人種や国籍への「差別」がニュースで報じられるようにもなった。
 家族や友人、恋人にだって“違い”がある。その違いを認め合えるようになるために、まずはどのような想像力を働かせることができるのかが大事なのではないか。この動画が差別を受けた人の助けに、そして差別をした人にとっても、想像力を養うキッカケになってほしい。

映像ディレクター

NHKのドキュメンタリー、CXクイズバラエティを担当。

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