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過去最高となる3億4900万人が深刻な飢餓 食品ロス、気候危機…国連食料サミット、その成果と課題とは

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
Photo by Lance Cheung (USDA)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2021年10月1日に配信した『国連食料システムサミットの意義と課題 気候危機の今 SDGs世界レポート(71)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

2021年8月9日、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が最新の報告書を発表した。「温暖化の原因が、人類の排出した温室効果ガスにあることは、もはや疑う余地がない。地球温暖化を抑制するためには、温室効果ガスの排出量を早急かつ大幅に削減する必要がある。そうでなければ、温暖化を1.5度に抑えるどころか、2度に抑えることさえ難しくなる」と呼びかけると、世界の主要メディアはこぞって、国連のグテーレス事務総長の「人類にとってのコード・レッド(非常事態)だ」という言葉とともに報じた。

18歳の少女の醒めたまなざし

そんな中、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんだけは次のように発信していた。

IPCCの新しい報告書には特に驚くようなことは書かれていない。これまで多くの研究や報告書ですでにわかっていたこと、つまり、私たちは緊急事態にあるということを確認したものだ。

「温室効果ガスの排出量を減らさない限り、地球温暖化は危機的な状況になる」というメッセージは、グレタさんが15歳の夏に、たったひとりで「気候のための学校ストライキ」をはじめたときから言ってきたことだ。「なぜ大人は自分たち子どもの言葉に耳を傾けてくれなかったのか」という腹立たしさは、想像できなくもない。

「すべきことは2015年のパリ協定で決まっていたではないか。多くの政治家やメディアは、口ではもっともらしいことを言いながらも、やるべきことをきちんとやってこなかったから、この新しい報告書を見て、おろおろしているだけ」という、冷ややかなまなざしも感じられる。

子どもたちに残される世界

ユニセフは2021年8月、「気候危機は子どもの権利の危機である」というタイトルで、報告書「子どもの気候リスク指標(Children's Climate Risk Index)」を発表した(1)。

この報告書は、気候変動が子どもたちにどのような影響を与えているかを示したものだ。子どもたちが気候変動や環境ショックにさらされているかどうか、また、それらのショックに対する子どもたちの潜在的な脆弱(ぜいじゃく)性に基づいて国をランク付けしている。

「子どもの気候リスク指標(Children's Climate Risk Index)」(出典:unicef)
「子どもの気候リスク指標(Children's Climate Risk Index)」(出典:unicef)

報告書によると、地球上のほぼすべての子どもたちが、現在、少なくともひとつの気候変動や環境破壊の影響を受けていることがわかった。熱波、暴風雨、大気汚染、洪水、水不足など、4つ以上の気候・環境災害にさらされている子どもは、全世界の子どもたちの約3分の1にあたる8億5,000万人にのぼる。さらに、世界の子どもたちの約半数にあたる10億人の子どもたちが、「極めてリスクの高い」国に暮らしていることもわかった。

これが、私たちが次世代に手渡そうとしている世界である。

また、この報告書では、気候変動の影響の不公平さについても言及している。ナイジェリアやギニアなどの33か国の二酸化炭素排出量の合計は、世界全体の二酸化炭素排出量のわずか9%しかない。にもかかわらず、子どもたちにとって最もリスクの高い国とされている。

一方、中国、米国、ロシア、日本などの二酸化炭素の排出量の多い10か国は、世界全体の排出量の約70%を占めているにもかかわらず、子どもたちのリスクはそこまで高くない。二酸化炭素の排出量が多い10か国のうち、子どもたちのリスクが極めて高いのはインドだけである。

北半球の豊かな国が大量に排出する温室効果ガスの影響を受けるのは、それほど温室効果ガスを出していない南半球の貧しい国という不公平さ。これも、私たちが目をつぶってはいけない現実である。

気候危機と食料システム

国連世界食糧計画(WFP)によると、世界の急性飢餓人口、つまり、極度の食料不安を抱える人の数は、2020年の1億5,500万人から、2021年には2億7,200万人に急増すると推定された(実際には、2021年には2億8,700万人となった)。ちなみに2021年8月8日時点で食料を十分に確保できない人の数は9.3億人だった(2)。

WFPのHungerMap(筆者が加筆したもの。元データはWFP)
WFPのHungerMap(筆者が加筆したもの。元データはWFP)

そして2023年現在、79カ国において、過去最高となる3億4900万人が深刻な飢餓(急性の食料不安)に苦しんでいる(2')。その数は、2021年の2億8700万人から拡大し、新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミック前からは2億人も増加した。90万人以上は、飢餓の中でも最も深刻な飢饉(ききん)に近い状態にあり、こうした人々は、2018年と比較して10倍にまでなった。

「2030年までに飢餓と栄養不良をなくす」と目標を定めているものの、国連の持続可能な開発目標SDGs(エスディージーズ)のゴール1「貧困の撲滅」とゴール2「飢餓撲滅」の実現は遠のくばかりだ。

さらに悪いことに、コロナ禍や、ロシアによるウクライナ侵攻、地球温暖化による干ばつや洪水のため、世界中で食料不安は高まりつつある。皮肉にも、私たちが食料を生産し、消費し、廃棄することが、地球温暖化の大きな原因になってもいる。

この食料の生産、加工、包装、流通、保管、調理、消費、廃棄など、食に関わるすべての活動を「食料システム」と呼ぶ。IPCCは世界で排出される人為的な温室効果ガスの21%~37%は食料システムからのものだと推定しており、2021年3月に「ネイチャー」誌に掲載された研究でも、温室効果ガスの3分の1は食料システムが排出源であるとされている(3)。

仮に化石燃料の使用をゼロにできたとしても、食料生産からの二酸化炭素の排出量だけで、今世紀末までの気温上昇を1.5度または2度以下に抑えることができなくなる可能性がある、という衝撃的な研究結果もある。

食料生産の排出量だけでも気温上昇を1.5度に抑えられない

2100年までに世界中の食料システムから排出される二酸化炭素の量は約1,356ギガトンになると予測されている。この量は、気温上昇を1.5度に抑えるために、ここまでなら排出していいという二酸化炭素の量、「炭素予算(カーボン・バジェット)」の500ギガトンをはるかに超えている(4)。

明日からすべての化石燃料の使用をやめたとしても、食料システムからの排出量だけで、今世紀半ばには、地球の気温上昇は、パリ協定の目標である1.5度を超えてしまうということだ。

食品からの二酸化炭素放出だけで1.5度の炭素予算を消費してしまう(出典:Our World in Date)
食品からの二酸化炭素放出だけで1.5度の炭素予算を消費してしまう(出典:Our World in Date)

仮に気温上昇を2度に抑えた場合でも、食料システムからの排出は、その炭素予算のほとんどすべてを使い切ってしまう。2度以下に抑える確率を67%にするには、排出量を1,405ギガトン以下に抑える必要がある。食品からの排出分1,356ギガトンを除くと、あと49ギガトンしか残らないのだ。

しかも、これは年間の排出可能量ではない。2021年から2100年までの80年間の排出可能量である。そして、これは現在の化石燃料からの排出量のおよそ1年分に相当する。気温上昇を2度に抑えるには、もう猶予はない。

パリ協定の気温上昇目標に近づけるためには、食料システムからの二酸化炭素排出量を無視するという選択肢はないのである。

農林水産省の資料(5)によると、食料システムは土地転換と生物多様性損失の80%以上を占め、海洋漁業と淡水生態系の崩壊、淡水および沿岸生態系への過剰な栄養素の流出と化学農薬による汚染の80%、淡水消費の80%を占めている。

農業により劣化した土地は、森林面積の47%、耕地面積の18%を占めており、世界全体では約20億ヘクタールにも及ぶ。

食料生産の約3分の1は食品ロスとなっており、作物生産に使用された土地、水及び肥料の約4分の1も無駄になっている。食品ロスは、埋め立てると強力な温室効果ガスのメタンを発生させ、焼却すると二酸化炭素を発生させる。これらメタンや二酸化炭素などの温室効果ガスの排出は、食料安全保障や環境、気候に悪影響を与え、食料システムの持続可能性を制約している。

このように、破綻した従来型の食料システムを持続可能な新しいものに転換することが、気候変動対策や飢餓撲滅をはじめ、持続可能な開発目標SDGsの達成のために不可欠であるという、国連のグテーレス事務総長の考えに基づいて、国連食料システムサミットが開催された。

国連食料システムサミットとは?

持続可能な食料システムは、サプライチェーン(供給網)を最適化し、消費者がより良い食品を選択できるようにする(出典:UNFSS Communications Hub)
持続可能な食料システムは、サプライチェーン(供給網)を最適化し、消費者がより良い食品を選択できるようにする(出典:UNFSS Communications Hub)

2021年9月23日〜24日にかけて開催された国連食料システムサミットには、約90人の各国代表や国際機関のリーダーがオンラインで参加した。より環境に正しく、より健康的な食料システムに移行するためにはどうしたらよいか、そのための施策を実施するためにはどうしたらよいか、スピーチを行なった。

国連の設定した議題は主に5つ。ここでは、わかりやすくまとめられた農林水産省の資料「国連食料システムサミット2021」から引用させていただく(5)。

1.質(栄養)・量(供給)両面にわたる食料安全保障

 食料の安定供給、安全保障の確立

2.食料消費の持続可能性

 食育、健康的な食事、食品ロス削減、地産地消

3.環境に調和した農林水産業の推進

 農林水産業が環境に及ぼす影響への対処(含デジタル化)

4.農山漁村地域の収入確保

 女性や若者を対象とした農山漁村での雇用創出と生計の安定

5.食料システムの強靭化

 新型コロナを踏まえた食料サプライチェーンの強靭化

このサミットをきっかけに、食料システムからの二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする、食品ロスを減らすための新たな国際的な提携がはじまる、といったターニングポイントになることを期待するという声があった一方で、このサミットのあり方自体を問題視する声もあった。

サミットをボイコットする人たち

なぜなら「すべての人のためのサミット」と言いながらも、このサミットは大手食品企業や資本家の影響を強く受けているからだ。透明性や説明責任を欠いているとして、小規模農家、研究者、先住民を代表する300以上の草の根団体が、サミットをボイコットして独自に会議を開催した(6)。

そもそも、このサミットの特使であるアグネス・カリバタ氏からして、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が、アフリカでの工業化農業の普及を推進するため共同設立した「アフリカ緑の革命のための同盟(AGRA)」の社長なのだ(7)。

ニューヨーク大学の名誉教授であるマリオン・ネスレ氏も、サミット前に開催されたオンラインの公開インタビューで次のように語っている(8)。

「国連食料システムサミットは、新聞で読む限りはとてもいいものに思われるのだが、本当に健康や環境のためになるのだろうか? 資金力のある食品企業や、ひと握りの資本家に牛耳られている可能性はないだろうか?

最近、食料システムという言葉がバズワードになっているが、食料システムの見直しが、金もうけのためではなく、人々の健康や環境のためになるのだろうか?

ただでさえ、大手の食品企業は、自社に都合のいいデータを得るために研究者に資金援助をしている。科学的データは客観的だというが、企業の息のかかったものはたくさんある。本当に食品企業が自社の利益を度外視して、食料システムを見直そうとするものだろうか?」

研究結果はお金で買える? 食品企業や政府機関と研究者の関係

マリオン・ネスレ氏の危惧を裏付けるような研究が発表されている。2021年8月18日付の「PLOS ONE」に掲載された研究「笛吹き男にお金を払う者が曲を決める」では、栄養や運動などの公衆衛生問題に関する研究に資金を提供している団体からの干渉は一般的であることが示唆されている(9)。

最も多く報告されたのは、資金提供者が研究結果を「好ましくない」と考えて公表に消極的であることだった。調査に協力した研究者の5人に1人は、研究結果の公表を遅らせたり、変更したり、発表しないように圧力を受けたりしたと報告している。

先進国の食料システムの問題とは?

マリオン・ネスレ氏も共著者になっている論文 『世界の食品加工を再構築する必要性:国連食料システムサミットへの呼びかけ』(BMJ Global Health 2021)に、先進国ならではの食料システムの問題がまとめられているので、要約を引用させていただく(10)。

先進国では超加工食品(Ultraprocessed foods; UPFs)が普及している。超加工食品の消費の増加とともに、肥満や糖尿病などの生活習慣病にかかる人はますます増えている。先進国型の食料システムでは、人の健康、社会的公平性、環境保護を高めることはできない。

訳注)「超加工食品」とは、元の原材料が想像できないほど加工された工業製食品のこと。それらは家庭の台所には決して見当たらないような食品添加物を含んでいるのが特徴で、またの名を「ジャンクフード」という。

超加工食品は、そのほとんどが大資本の企業によって開発、生産、販売されており、中には売上高が多くの国の収入を上回り、年間数十億ドル(約数千億円)の利益を上げている企業さえある。これらの企業は、その資金力に物を言わせて、自社製品を開発、大量生産し、世界中に流通させている。

これらの企業は、大学の研究に資金を提供することで、科学的知見を形成し、超加工食品を擁護・促進している。また、強力なロビー活動、寄付によって政治力を行使し、これまで政府が超加工食品を規制するのを妨げてきた。

高所得国では、超加工食品が食事の総エネルギー摂取量の50%以上を占めており、子どもや青少年の間ではさらに高い消費量となっている。中所得国では、超加工食品が総エネルギー摂取量の15%から30%を占めているが、超加工食品の販売はこれらの国で最も急速に増加している。

国連食料システムサミットでは、超加工食品の生産、流通、消費を制限すると同時に、新鮮な食品や加工度を最小限に抑えた食品をより入手しやすく、利用しやすく、手ごろな価格で提供するための政策介入を実施するよう、各国に働きかけるべきだ。

農家への補助金の90%は有害?

こうしたサミットへの批判に応えるためか、国連食糧農業機関(FAO)は、サミット直前の2021年9月14日、各国の農業に対する公的支援が、多くの場合、より健康的で持続可能な食料システムへの転換を妨げ、持続可能な開発目標やパリ協定の目標達成から遠ざけているという報告書を出した(11)。

世界の農家に毎年支給されている5,400億ドル(約57兆7千億円)の補助金の約90%は「有害」だというのだ。

注)三菱UFJ銀行の2020年の年間平均為替相場(TTM)USD1=JPY106.82で計算

ジャーナリストのマイケル・ポーラン氏が指摘した、米国のトウモロコシ農家の補助金漬けの問題と「隠れトウモロコシ」を彷彿させる話である。それは、こんな内容だ。

米国の食肉用のウシ、ブタ、ニワトリの飼料はトウモロコシである。卵を産むニワトリ、牛乳やチーズやアイスクリームのもとになる乳牛の飼料もトウモロコシ。ジュースの甘味料も、加工食品の原材料表示にある加工デンプン、天然デンプン、グルコースシロップ(水飴)、アスコルビン酸、結晶果糖、乳酸、カラメル色素などの食品添加物も、トウモロコシから作られている。

したがって、米国人はそうとは知らずに大量のトウモロコシを消費していることになる。しかも、米国のトウモロコシの市場価格は農家の実際の生産費よりも安いのが普通だという。米国政府が「補助金」で農家に安いトウモロコシを大量に作らせているためだ。大量に生産されたトウモロコシは、ジャンクフードの食品添加物や甘味料となって、米国人の肥満率を押し上げている。

納税者の税金がトウモロコシ農家の補助金になり、トウモロコシはジャンクフードに姿を変え、納税者の健康を損ねている。得をしているのは一握りの大手食品企業と、食品企業から多額の政治献金をもらっている政治家だけ。補助金をもらっていても、トウモロコシ農家の手元には、ようやく生活できるくらいしか利益は残らない仕組みになっている。

今回のFAOの報告書では、世界の食料システムは崩壊しており、2020年には7億人以上は慢性的な飢餓状態にあり、30億人は健康的な食生活を送ることができず、20億人は肥満で、食料の3分の1は食品ロスになっていると指摘している。

また、報告書によると、2013年から2018年の間に、農家への支援は合計で年間平均5,400億ドル(約57兆7千億円)にのぼり、そのうち87%(約51兆円)が「有害」だったことが示唆されている。これには特定の家畜や作物への価格優遇措置、化学肥料や農薬への補助金、輸出補助金や輸入関税などが含まれている。

この報告書では、特定の商品の生産に結びついた価格の優遇措置や補助金などの支援を段階的に撤廃し、研究開発やインフラ整備など、農業のための公共財やサービスへの投資への補助金に振り向けるべきだとしている。また、一部の補助金は、気候危機によって増大する異常気象の影響に農家が対処できるように方向転換すべきだとしている。

公的資金の上手な使い方としては、野菜や果物などの健康的な食料生産への支援、環境の改善、小規模農家の支援などが考えられる。例えば、英国では年間30億ポンド(約4,112億円)の補助金制度を環境目標に向けてシフトさせている。

注)三菱UFJ銀行の2020年の年間平均為替相場(TTM)GBP1=JPY137.08で計算

農業補助金制度の刷新

2021年、英国(のイングランド)では、これまでの農家への補助金制度を段階的に廃止し、自然の回復、動物の健康と福祉の向上、二酸化炭素排出量の削減などに取り組んだ農家に報酬として支払う方式に移行をはじめた(12)。

この新しい方式により、英国では活力と回復力のある農業を支援することで、2030年までに自国の土地の30%を保護し、2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにするなどの野心的な目標を達成しようとしている。

有機農業に自国の未来をかける国

スリランカのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(当時)は、2021年に化学肥料や農薬の輸入を規制する方針を発表し、自国の農業をすべて有機農業に切り替える、とした(13)。

食料システムサミットでスピーチをするラジャパクサ大統領(当時)(出典:YouTube)

そのあおりを受け、世界的に有名な紅茶の産地では、紅茶の生産量が半減する恐れがあると心配する声が上がった。紅茶はスリランカの主要な輸出品目で、同国の輸出収入の約10%を占め、年間12億5000万ドル(約1,335億円)以上をもたらす基幹産業なのだ(14)。

ラジャパクサ大統領(当時)は、食料システムサミットで、有機農業こそ、スリランカ国民により良い食料安全保障と栄養供給を確保できる持続可能な方法なのだと主張し、化学肥料に依存する慣習から抜けられない農家への啓発、国内で化学肥料に代わる十分な量の有機肥料を用意するため、2国間協力や国際機関や研究者に技術的な支援を求めた。

だが、化学肥料の禁止と有機農業への方針転換で収穫量が落ち込んだことで農家の大反対に遭い、2021年11月に方針撤回、2022年7月13日、ラジャパクサ大統領は国外へ逃げ出すことになった。燃料や肥料の高騰はおさまっていない。

食料システムサミットの意義

そもそも、低中所得国の問題を、高所得国である先進国と同じ俎上で扱うことに無理があったのかもしれない。

低中所得国では、学校給食の無償化、サバクトビバッタの被害、冷蔵保管設備がないために発生する収穫後の食品ロスといった問題。

高所得国では、肥満や糖尿病などの生活習慣病、補助金漬けの農家、超加工食品といった問題が挙げられる。

米国で食品ロス問題に取り組む非営利団体ReFED(リフェッド)のダナ・ガンダーズ氏は「食品ロスは、あたかもひとつの問題であるかのように語られているが、そうではない。食品ロス問題は、さまざまな問題の寄せ集めであり、対処するにはそれぞれの問題に解決策が必要なのだ」と語っていた。

彼女の言葉を借りると、食料システムもひとつの問題であるかのように語られているが、そうではない。食料システムの問題は、さまざまな問題の寄せ集めであり、対処するにはそれぞれの問題ごとに解決策が必要だ、ということになる。

持続可能な食料システムは、環境と同じようにSDGsの基盤である。今回のサミットの最重要課題は、この機能不全に陥った食料システムの問題を、世界共通の政治課題として認識させ、取り組ませることにあった。数々の批判も含めて、問題提起という意味では、国連食料システムサミットも十分役割を果たせたのではないだろうか。

2021年10月31日~11月12日にかけて開催された気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を考えても、国連食料システムサミットは、見落とされがちな気候変動のパズルのピースを埋めるために欠かせない取り組みだったと言える。

食料システムに関する政府間パネル

「パリ協定」への取り組みを加速させるためにも、投資対象として、食料システムの見直しは改めて検討されていい。今後は気候危機対策として、持続可能な食料システムへの刷新は、むしろ議論の中心にすえるべきではないか。パリ協定で定められた国別の削減目標(NDC)を更新する際には、各国とも農場から食卓までを含めた食品ロスの削減目標を盛り込むべきである。

いっそのこと、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のように、食料システムについても政府間パネル(IPFS:Intergovernmental Panel on Food Systems)を設立したら、この問題についても継続的に進捗状況の確認ができるのではないだろうか。 

そう考えていたところ、食料システムサミットのサイドイベントとして、GAINとジョンズ・ホプキンス大学の研究者が「食料システム・カウントダウン2030レポート」なるものを進めていることを知った。これは食料システムの成果と進捗状況を科学的根拠に基づいて厳密に測定する年次評価だという(15)。

いずれにしても、食品ロスの問題をはじめ、欠陥だらけの食料システムの見直しは、こうして世界共通の課題となった。食料は農場から食卓までさまざまな人たちの手を経由する上、開発途上国と先進国でも抱えている問題は違う。ただ、2030年の持続可能な開発目標SDGs達成のためにも、すべての国や地域で取り組まなくてはならない問題であるのは間違いない。

最後に、国連のグテーレス事務総長の食料システムサミットでの言葉を引用して、結びの言葉としたい。

出典:UN Food Systems Summit 2021公式ツイッター
出典:UN Food Systems Summit 2021公式ツイッター

食は命、そして食は希望です。

食料システムの変革は、可能であるだけでなく、必要なのです。

地球のため、人々のため、繁栄のために。

参考資料

・Top Image: Girl helps pick and deliver personal sized watermelon by Lance Cheung (U.S. Department of Agriculture)

・ジェフ・ブラックウェル&ルース・ホブデイ編/橋本恵訳『グレタ・トゥーンベリ』(あすなろ書房、2020/6/30)

・ヴィヴィアナ・マッツァ著/赤塚きょう子訳『グレタ・トゥーンベリ』(金の星社、2020年4月)

・"LET'S ASK MARION What You Need To Know About the Politics of Food, Nutrition, and Health" by Marion Nestle in Conversation with Kerry Trueman(University of California Press、2020)

・マイケル・ポーラン著、小梨直訳『これ、食べていいの? ハンバーガーから森の中まで 食をえらぶ力』(河出書房新社、2015/5/30)

・前年の年末・年間平均2020(三菱UFJ銀行・外国為替相場情報)

http://www.murc-kawasesouba.jp/fx/year_average.php

1-1)The Climate Crisis is a Child Rights Crisis / Introducing the Children’s Climate Risk Index(unicef、2021年8月)

1-2)This Is the World Being Left to Us by Adults(The New York Times、2021/8/19)

2)HungerMap Live(WFP)

2')2023年:食料の確保が困難な家庭にとって、極めて危険な状態が継続(国連WFP)

3)Food and Climate Change InfoGuide(columbia edu、2021/5/3)

4)Emissions from food alone could use up all of our budget for 1.5 degrees Celsius or 2 degrees Celsius – but we have a range of opportunities to avoid this(Our World in Data、2021/6/10)(原文では気温の「度」をあらわす記号が書かれているが、Yahoo!では入力不可能なため、degrees Celsiusと表記した)

5)国連食料システムサミット(農林水産省HP)

6)A meeting in Rome this week prepared the ground for September's summit where actions will be launched for healthier, greener ways to produce and consume food(Thomson Reuters Foundation、2021/7/28)

7)Our People(AGRA)

8)UN Food Systems Summit with Marion Nestle ; Video interview with Ian Williams on the UN Food Systems Summit(Foreign Press Association of NY、2021/08/13)

9-1)“He who pays the piper calls the tune”: Researcher experiences of funder suppression of health behaviour intervention trial findings(PLOS ONE、2021/8/18)

9-2)Health researchers report funder pressure to suppress results(nature、2021/8/18)

10)The need to reshape global food processing: a call to the United Nations Food Systems Summit(BMJ Global Health、2021/7/14)

11-1)A multi-billion-dollar opportunity – Repurposing agricultural support to transform food systems(FAO、2021/9/14)

11-2)90% of global farm subsidies damage people and planet, says UN(The Guardian、2021/9/14)

12)Farming is Changing(UK, Department for Environment, Food and Rural Affairs (Defra)、2021年6月)

13)Statement by H.E.the President at the Food Systems Summit in New York - 23 September 2021(YouTube、2021/9/24)

14)セイロン紅茶の危機? スリランカ有機革命の波紋(Yahoo!ニュース、2021/9/12)

15)Rigorous monitoring is necessary to guide food system transformation in the countdown to 2030 global goals and beyond(GAIN、2021/9/24)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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