残業時間数がわからない 教員の出退勤管理 押印や目視で ――過労死事案 ETCがタイムカード代わりも
■教員の給与制度 見直しへ
昨日、自民党の教育再生実行本部は、残業代が支払われない教員の給与制度を見直すために、本格的な議論を開始させた(NHK「『残業代なし』教員の給与制度 検証や見直しで議論」)。公立校教員は1971年以降、法律のもとでは「残業(代)なし」と定められており、それが時間外労働の管理を不要にし、長時間労働を招いてきたという問題認識がそこにはある。
このところ話題になっている「裁量労働制」についても、残業代が加算されないままに、定額の給与のもとで長時間労働を強いられることが、危惧されている。その意味でいうと、教員の働き方の現況は、裁量労働制がもつ功罪の一端を考えるうえで、重要な先行事例とも言える。
以下本記事では、学校において時間外労働の管理が不要になっている点に着目し、その弊害が顕在化する過労死事案をとおして、学校の労務管理の問題点を検討していきたい。
■「給特法」の規定
上記の報道において、教員の給与制度は次のように説明されている。
ここでいう「法律」とは、1971年5月に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(「給特法」)を指す(詳しくは拙稿「残業代ゼロ 教員の長時間労働を生む法制度」)。
それ以前、教員には労働基準法のもとで残業代が支払われることになっていた。ところが実際には残業代が支払われないという事態が生じ、各地で訴訟が提起されたために、何らかの妥結が必要とされた。
そこで提示されたアイディアが、給料月額の4%分を「教職調整額」として毎月の給与に上乗せして、その代わりに「残業(代)なし」とする方法であった[注]。これにより公立校教員は、法制度上は「残業(代)なし」となり、それが時間外労働の管理を不要にした。
■「押印」や「目視」で出退勤管理
時間外労働の管理が不要であるために、学校の出退勤管理は、「押印」や「目視」といったおおざっぱな方法により実施されることが多い。これは、民間企業に勤める労働者がもっとも驚くことの一つである。
図に示したとおり、文部科学省による2016年度の教員勤務実態調査(2017年7月公表)によると、公立の小中学校における出勤の管理方法として多かったのは、「出勤簿への押印」と「報告や点呼、目視などにより管理職が確認」で、合わせて8割弱の小中学校がそれに該当している。他方で、ICTやタイムカードなどの機器を用いた客観性の高い記録方法は、2割程度にとどまっている。
また、残業が生じやすい終業時刻後の退勤の管理についても、小中学校いずれも約6割が「報告や点呼、目視などにより管理職が確認」である。「押印」や「目視」というのは、その人がそこにいること以上の意味をもちえない。労働時間を計測し管理するという営みからはほど遠い。
■残業時間がわからない
「押印」や「目視」では、具体的で客観的な時刻は記録されない。何時間働こうとも、長時間労働の実態は見えてこない。
この問題の深刻さを教えてくれるのが、過労死遺族による公務災害申請時の経験である。「全国過労死を考える家族の会」の工藤祥子さんは、2007年6月に中学校教員である夫の義男さんを、くも膜下出血で亡くした(詳細は「教員の過労死を考える」)。
過労にちがいないと、祥子さんや義男さんの同僚らが公務災害の申請に取り組もうとしたとき、真っ先に突き当たった壁の一つが、「残業時間がわからない」である。義男さんのケースでも、中学校の出退勤管理は押印によるもので、いったい何時に学校に来て、何時に帰ったのか、その正確な記録がまったくなかったのである。
■時間外労働208時間のうち認定されたのは97時間
そこで祥子さんは仲間の協力を得ながら、各月の業務予定表や、部活動の練習予定表、校内の職務分担状況、同僚の証言など、さまざまな資料や手法により、出退勤記録の作成を開始した。直近数ヶ月分の出退勤時刻を把握するだけでも、半年の期間を要したという。
出来上がった出退勤の記録によると、義男さんが亡くなる直近一ヶ月間の時間外労働は計144時間、さらに自宅での労働が計64時間、両者を合わせると208時間と算出された。ところが公務災害の申請において、最終的に客観的な時間外労働の時間数として認定されたのは、その約半分の計97時間であった。
タイムカードといった記録機器がなかったばかりに、多大な苦労をして亡きパートナーの労働時間を数え上げて、なんとか公務災害の申請にたどり着く。それでも、その約半分の時間数しか認定されない。
筆者の取材に対して、工藤祥子さんは「タイムカードなどで管理されていれば、出退勤時刻の把握にここまで苦労することはなかったはず。給特法によって残業の時間管理がされず、倒れたとしても『労働』として認められない」と、現行の法制度の問題点を訴えた。
■ETCの利用時刻で時間数を計算
過労死した教員の事案では、偶然にも時間外労働の時間数が把握できたというケースが多くある。
京都市立の小学校の過労死事案(2009年)では、ETCの通行時刻がタイムカードに類する機能を果たしていた。
ETCという学校外にある設備が、教員の出退勤の時間を打刻していた。まったく意図しないかたちで記録されていた時間が、公務災害の認定に重要な役割を果たしたのである。
■「最終退庁者名簿」に時刻が記載
岩手県内の公立校教員の過労死事案(2012年)では、教員のなかでも最後に学校を出ていたという事実が、労働時間の把握を可能にした。
公簿である「最終退庁者名簿」には、最後に学校を出る者は、その時刻を記録することになっていた。さらに、「最後に帰る人と同程度の勤務が多かった」といった証言が同僚から得られたことで、退勤時刻の確認ができた。こうして別の用途で記録されていた最終退庁時刻が重要な証拠となって、公務災害が認定されたのである。
■学校現場に労務管理の風を
以上の事例は、いずれも公務災害を申請しそれが認定されたものである。出退勤の時刻が不明であったにもかかわらず、さまざまな方法により、なんとか時間外労働の時間数が計測されていることがわかる。
教員の過労死遺族は、労働時間を数えるというもっとも基礎的な作業の段階で、高い壁に突き当たる。時間数の把握には、各種資料の入手や学校現場の協力が不可欠である。タイムカードがあれば、それだけで時間外労働の把握はある程度スムーズに進む。
そしてその背景には、「残業(代)なし」とすることで、終業時刻を過ぎてからの作業を「労働」とみなさない法制度があった。実労働を法律において「労働」と認めて、その時間管理をしっかりとおこない、労働の対価を支払う。教員が偶然でしか救われないような法制度は、一刻も早く改められるべきである。
- 注:この4%というのは、当時、文部省(現、文部科学省)が実施した全国調査(1966年度)において、公立小中学校の教員が週に2時間弱の時間外労働をしていたことから、それを給与に換算した値である。