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「IBMとホロコースト」の著者、IBM初代社長ワトソンが設立に貢献した大学で講演

佐藤仁学術研究員・著述家
ナチスのホロコースト遂行を可能にしたIBMのパンチカードマシン(写真:ロイター/アフロ)

ホロコーストを支えていたIBMのパンチカード

 ナチスドイツはユダヤ人絶滅計画を「最終的解決(Final Solution)」と位置付けていた。そしてそのナチスのユダヤ人絶滅計画をシステム面で支えていたのがIBMであることは有名な話である。まだコンピュータがなかった時代に、ナチスはIBMが開発し、同社のドイツ子会社デホマク社が販売していたパンチカード機器「ホレリス」を使い、ドイツ国民の名前、住所、家系、銀行口座などの情報がすばやく参照できるようにした。

 その技術で、例えば同性愛者を「ナンバー3」、ユダヤ人を「ナンバー8」、ジプシー(ロマ)を「ナンバー12」などと区分していた。住民登録および資産登録だけではなく、パンチカードによる管理は他にも多数あった。例えば、食糧配布はデータベースに基づいて決められ、ユダヤ人だけを飢えさせることもできた。また収容所での強制労働もパンチカードによって確認、割振り、管理された。アウシュビッツなどの収容所では、まだ生存している労働者、死亡者、移送者など囚人の全ての情報がパンチマシーンに常に打ち込まれ、各地の収容所のホレリス担当部門は、毎日の集計を行い、SS経済管理本部やベルリンに打電していた。それによって絶えず変動している全収容所の囚人の数を把握。必要な技術を持った労働者を選び出して、別の収容所や工場へと移送することができた。

 さらにパンチカードは列車を定刻通りに運行させたり、積み込まれた人間を登録したりするのにも使われた。IBMの精密なホレリスシステムはナチス支配下のヨーロッパを走る大半の鉄道網を精確に運行させた。ヨーロッパ各地に日々、何両の貨車と機関車を配備すればよいかを知るには、ホレリスの計算能力が必要だった。パンチカードにより、全ての貨物車両の正確な位置、積載能力、可能な最大効率の運行スケジュールを把握することもできた。

 エドウィン・ブラック氏が「IBMとホロコースト:ナチスと手を組んだ大企業」(小川京子訳 柏書房 2001年:原著は「IBM and the Holocaust: The Strategic Alliance Between Nazi Germany and America's Most Powerful Corporation」)を出版してから、IBMのナチスへの協力が世界中に知れ渡るようになった。両親がホロコーストを生き延びたユダヤ人であるブラック氏は冒頭で「本書を読むのは、非常に不快な経験となるだろう。書くのも非常に不快な作業であった」と述べているように、そこに書かれている壮絶な内容は読むだけで疲労を感じる。

IBM初代社長ワトソン氏の名前を冠した研究科のある大学

 そのブラック氏がニューヨーク州立大学ビンガムトン校(ビンガムトン大学)で2018年4月に「IBMとホロコースト」に関する彼の研究成果に関する講演を行った。これは単なる大学での著名人の講演ではない。1946年に設立されたニューヨーク州立大学ビンガムトン校は当初からIBMの初代社長だったトーマス・J・ワトソン氏の貢献が大きかった。大富豪だったワトソン氏が、大学の土地を提供するなど、同氏の成果を称えてニューヨーク州立大学ビンガムトン校では1983年にThomas J. Watson School of Engineering and Applied Science(トーマス・J・ワトソン応用科学研究科)と研究科の名称にワトソン氏の名前を採用している。

 

 ブラック氏は講演の中でも「IBMの存在がホロコーストを可能にした」ことに言及。「この大学ではワトソン氏を称えて研究科に名前までつけているが、彼は明らかにナチスの戦争に加担していた。ワトソン氏は強制収容所でも自社の製品が利用されていることを知っていたし、実際に技術者を派遣して正常に機械が動作しているかの確認を行っていることも知っていたことは私の研究を通じて明らかになっている」と大学の講演で語っていた。

 当時のドイツにとってIBMの技術とソリューションがなければ戦争の遂行は不可能だった。「IBMはドイツの子会社を通じ、ヒトラーのユダヤ人撲滅計画遂行に不可欠な技術面での特別任務を請け負い、恐ろしいほどの利益を上げた。IBMこそ現代の戦争に情報化という要素を持ち込み、こともあろうにあの戦争でナチスの『電撃戦』を可能にした張本人なのだ」とブラック氏は自著の中で述べている。なおニューヨーク州立大学ビンガムトン校(ビンガムトン大学)では、同大学の研究科からワトソン氏の名前を外す予定はない。

ニューヨーク州立大学ビンガムトン校で講演をするブラック氏(Vicky Su)
ニューヨーク州立大学ビンガムトン校で講演をするブラック氏(Vicky Su)
学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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