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水瀬いのり 注目の声優アーティストが人生と音楽でいつも大切にしていること、新作に込めた想い

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/キングレコード

初のハーフアルバム『heart bookmark」発売

声優・水瀬いのりは、アーティストとしてもこれまでシングル12作、アルバム4枚を発表し、毎年アリーナクラスでのツアーを行なうなど、声優アーティストとして最前線を走り続けている。来年デビュー10周年を迎える彼女が「お気に入り」が詰まった初のハーフアルバム『heart bookmark」を8月21日にリリースし好調だ。彼女が纏う温かで誠実さを感じさせてくれるオーラが、そのまま映しだされたような圧倒的な親近感を感じさせてくれるメロディと歌は、心にスッと入ってきて感動が広がっていく。

SNS総フォロワー数が約150万人(6月現在)を突破するなど、幅広い層から支持されている水瀬いのりというアーティストの“本質”に迫りながら、音楽とどう向き合い、どんなメッセージをいつも届けたいと思っているのかを聞かせてもらった――インタビューを通して見えてきたものとは?

最新作『heart bookmark』のことを聞かせてもらう前に、2022年に発売した前作のフルアルバム『glow』について。

一曲一曲から人間・水瀬いのりの現在と過去を感じさせてくれる、表情豊かだけど飾らない歌が未来も想像させてくれ、彼女のひとつの到達点のような作品という印象を受けた。自身も「名刺代わりのような一枚」と語ってくれたが、そんな充実した作品を経て、10周年を前に“次”=『heart bookmark』はどんな作品を作ろうと思ったのだろうか。

「まだまだ自分の知らない歌い方や歌の表現があるんだという、新鮮な感覚を得ることができた」初のアコースティックライヴが、新作『heart bookmark』につながる

「今回のハーフアルバム制作の少し前に、ファンクラブイベントとして初めてアコースティックライヴに挑戦して、いつものライヴとは全く違う感覚を覚えました。それはサウンドに乗って歌うというより、歌で引っ張っていくというか、自分の歌い方でいかようにも変えられるくらいの自由度の中で、今まで歌ってきた曲達が違う表情を見せてくれました。3会場4公演を回らせていただいたのですが、自分が今日どう歌うかわからない、という気持ちも少しあって、それが新鮮で各公演でしか生み出せない音、本当に一期一会を音楽でも感じることができました。まだまだ自分の知らない歌い方や歌の表現があるんだという、新鮮な感覚を得ることができた貴重な体験でした。その気持ちを胸に今回の作品の制作に臨めたことが大きいし、あのライヴを経験していなかったら、この形にならなかったかもしれません」

それが『heart bookmark』というタイトルにもつながっている。

「来てくれた人がブックマークする、戻ってきたくなるライヴができるアーティストになりたいという気持ちが、より大きくなってきた」

「ブックマーク=しおり、お気に入りという意味の言葉にも繋がってくるんですけど、アコースティックライヴが、一回しかないとかここでしか出会えないということに、より価値を見出せた時間だったので、改めてブックマークする、戻ってきたくなるライヴができるアーティストになりたいという気持ちがすごい大きくなってきました。そんなハートフルなアルバムにしたいと思いました」。

9月からスタートするツアーは「『heart bookmark』というタイトルにふさわしい、アットホームで寄り添える空間を目指したい」

アーティストデビュー10周年を前に、新たな境地に辿り着いた水瀬。それは“自分の真ん中に存在する自分”と改めて向き合うことだった。

「去年のライヴツアー(「SCRAP ART」)が、4年振りの声出しOKライヴで一体感を感じることができるライヴでした。そしてシングル『スクラップアート』が引っ張ってくれる世界観を“見せる”ライヴでした。映像演出などにこだわって、大がかりなステージを展開して、その世界観に皆さんが没頭できるライヴを作りました。今回は『heart bookmark』というタイトルにふさわしい、アットホームで寄り添える空間を目指したいんです。自分の根幹にある想いというのは、やっぱりアットホームで、隣の人と気づいたら肩を組んでいた、周りと友達になって帰っていく、そんな本当に平和で温かいライヴが自分が理想としている空間なんだなって」。

CDや配信で聴いただけでは観ることができないもの、感じられないものを体験しに来る場所がライヴ。そんな思いをアコースティックライヴで改めて強く感じたことで、ライヴ、そして作品との向き合い方も変わっていったという。

「曲を聴きに来る環境というより、何か体験をしに来てほしいという気持ちもあって、それがひとつの自分の新しい価値観につながったり、人に優しくなれたり、そういう音楽だけじゃない、色々な効果をライヴ会場で手にして欲しいと思っていて。だから今年は『heart bookmark』という温かいタイトルでライヴを行うので、私は私で思いきり楽しんで、元気になって、それがみなさんに伝わって例えば今まで言えなかったひと言が言えそうとか、未来につながるというか、今日この場所でライヴが終わるのではなく、ここをスタート地点にするという思いになっていただけるようなライヴにできたらいいなと思います」。

アニメタイアップ曲とそれ以外の曲とのバランス

自身が出演しているTVアニメ作品に寄り添うようなオープニング、エンディングテーマを歌うことも多いが、アルバムにはそれ以外の楽曲も収録される。今回も既発曲2曲に加え、「heart bookmark」「フラーグム」「ほしとね、」「グラデーション」「燈籠光柱」という新曲が5曲収録されている。タイアップ曲とそれ以外の曲とのバランスや世界観のグラデーションを、どう考えながら一枚にしていくのだろうか。

「例えばTVアニメのオープニングになる曲は、軸が決まっているし1コーラス90秒がクライマックスというか、2番の方が間口が広い感じで、歌にニュアンスをたくさん込めて、いかに皆さんの耳までに届けるかということを大切にしています。そうじゃない曲は、オーラスに向けて物語を作っていく感覚なので、曲の性格が全然違います。なので今回も新曲では色々挑戦させていただいています。例えば『ほしとね、』は、鼻歌がそのまま声に出たような感じで歌いました。うまく歌うぞとか、私の歌を聴いてください!という気持ちは全くなくて、目立たないように歌っているというか。だから既存曲に合わせるというか寄せていくことは一切考えないで作っています。去年の『SCRAP ART』ツアーは、『スクラップアート』って異種素材を合わせてひとつのアートになるもので、逆にそこをクローズアップして、みんな違ってていいんだというごちゃまぜ空間という感じのライヴでした。特に“かっこいい“にこだわるのではなく、かといってかわいいだけでもなく、メッセージ性もちゃんと届けたいっていう、どこかいいとこ取りをしたような感覚でしたが、でもそれでいいんだって思えました。アルバムはライヴのことも考えて作るので、こういう曲があったらもっと幅が出るとか、そういうオーダーをすることも多いです」。

『heart bookmark』のラスト「燈籠光柱」はまさにそういう曲だ。完全にライヴを意識した祝祭感を感じる作りになっている。

「この曲は9周年を前にリリースしたハーフアルバムの最後の曲なので、この光の道の先には10周年が待っているという、バトンを渡すような1曲にもなっていて、9月から始まるツアーでこの歌を歌うことも、10年目のライヴに向けたひとつのバトンになるはず。皆さんにもぜひ一緒に歌ってほしい箇所がたくさんあるし、世界のお祭り要素をぎゅっと詰め込んだので、お祭り会場で楽しんでいる空気を楽しんで欲しいです」。

「ネガティブすぎず、希望的すぎず、悲しみがあるから希望がある、陰があって光がある…そんな歌詞を歌いたい」

歌詞についてもこだわりがある。

「自分の性格も影響していると思いますが、ネガティブにしすぎずにネガティブにしたなら希望を残して欲しいし、でも希望的すぎずに、悲しみがあるから希望がある、陰があって光があるんだということが混在している歌詞にしてくださいということはこだわって、書いていただいています」。

「『heart bookmark』の歌詞を読んだ瞬間、いいハーフアルバムになるということを確信できた」

『heart bookmark』(8月21日/通常盤)
『heart bookmark』(8月21日/通常盤)

タイトル曲「heart bookmark」は作詞家・岩里祐穂が水瀬の思いを映し出した歌詞が心に響く。ライヴを一緒に作り上げているステージスタッフからかけられた言葉に、水瀬は救われたと教えてくれたが、そんな思いが言葉となって「heart bookmark」はできあがった。

「ずっと一緒にステージを作ってきて、私の悩みや迷い、苦しみ、全てを知っているステージスタッフさんから『みんなを引っ張っていく水瀬さんじゃなくて、この人を連れて行きたいって思わせてくれるのが水瀬さんだ』と言ってくださったことがすごく嬉しくて。私はリーダーというタイプではないので、チームを引っ張っていけているのかずっと悩んでいたのですが、私は私らしく楽しくいることが正解でいいんだって思えるようになってからは、気持ちが楽になりました。願わくばファンの人にもそう思って欲しいなって思っていたら、岩里さんが『heart bookmark』の歌詞で<きみの大好きが きみになる><誰かを思えば 何かが変わる><ダイヤモンドみたいな瞬間にめぐり会えたなら>とか、素敵な言葉を紡いでくださいました。もちろんタイトルに込めた思いは岩里さんには伝わっていましたが、岩里さんは『glow』も書いてくださって、私が悩んでいるときや、一歩踏み出すときに、常に楽曲を通して言葉をくださっていたんだなって改めて思いました。今回の歌詞を読んだ瞬間、いいハーフアルバムになるということを確信できたし、このタイトル曲は間違いなく私の歌だって思える歌詞をいただけて、本当に幸せです」。

「頑張りすぎないことを推奨したい派です。頑張っているから価値があるのではなく、頑張ろうとしてる気持ちにも価値はある」

優しく背中を抱いてくれるような歌詞と、親近感のあるメロディを歌い続けてきた。それは本人の「なんとかなるさ」精神が歌にも出ているからだ。自分らしくいることが大切ということを伝え続け、聴き手は励まされている。

「たぶん私は熱血な前向きタイプではなく、基本的にはなんとかなるさ精神で生きている気がします。あまり期待もしていなくて、こうなりたいという理想もあまりなくて、それよりもこのままでいたいとか、このままの自分を好きでいたいという気持ちが軸にはあって。なので曲を聴いているときも、『頑張れ』って言われるより『頑張ろうよ』って言われる方が嬉しくて、一緒がいいんですよね。ただ無責任に背中を押すのは私らしくないというか、私も頑張ってるからみんなも頑張ろうとか、あとは頑張りすぎないことを推奨したい派です。頑張ってる人が偉いというわけではなく、一人ひとりのペースがあるので、頑張っているから価値があるのではなく、頑張ろうとしてる気持ちにも価値はあるという考え方なんです。私の音楽を聴いてくれる方やライヴに来てくれる方は結構10代の方も多くて、自分も学生時代そうでしたけど、やっぱり誰かと比べてしまいがちで、誰かに合わせることで、結構抱え込んでしまう友達も多くて、その中でも私は一貫してあまり他者と自分を比べて、落ち込んだり悩んだりはしてこなかった人生だったなと今改めて思います」。

「自分が楽しいかどうかが正解で、人に合わせて窮屈な気持ちになるのは正解じゃない、という気持ちはいつも歌詞に反映させていただいています」

彼女は人と被らない方、違う方が楽しいと思えるタイプで、逆に自分にはないものを持っている人には興味津々だが、それにはなろうと思わないという。自分の中の強固な軸を大切にしてきたからこそ、今がある。

「人に合わせていたら今の私はないというか。私が中学生の頃時代はまだアニメ好きということをオープンに言える雰囲気はなくて、今はもう違いますが、当時はそんな空気で壁を感じることもありました。その時も『こんなに面白いのに』という気持ちだったので全然平気でした。自分が楽しいかどうかが正解で、人に合わせて窮屈な気持ちになるのは正解じゃない、という気持ちはいつも歌詞に反映させていただいています」。

「5年目まではアーティスト水瀬いのりに負けている自分がいた」

声優アーティストとしてデビューし、意志を貫いてきても決して順風満帆だった10年ではなかったという。

「5年目まではすごく長かったです。やっぱりまだどこか乗りきれていなかったというか、アーティスト水瀬いのりに負けている自分がずっといて。名前だけ強くなっていって、それに見合う戦闘力が備わっていない感じでした。期待だけが大きくなっていく状況がつらくて、辞めたいと思ったこともありました」。

「母は私以上に私の力を信じてくれる。両親への感謝の気持ちが私の活動の原動力」

そんな時、心の支えになったのは両親だった。

「私がこの世界に入ったきっかけを作ってくれたのが母で、母の存在はすごく大きくて、私以上に母は私の力を信じているというか。常に『大丈夫、いける』と言い続けてくれて、だからこそ母に素敵な景色を見せたいし、母が間違っていなかったことを証明したいという気持ちが私の原動力です。ライヴで両親が楽しんでいるのを目にすると本当に嬉しいし、続けてきてよかったと思えます。私が作詞をしたアニメ『ソマリと森の神様』のEDテーマの『ココロソマリ』は、主人公ソマリの心情と、私の両親への思いをリンクさせた曲で、両親が来ているライヴで歌うといつもウルっとしてしまう、何年経っても特別な1曲です」。

「ここが声優とアーティストの真ん中なんだなって、いつもライヴで感じている」

声優とシンガー、どちらも水瀬いのりという一人の表現者だが、それぞれの活動の時の心の持ちようは、どこまで違うのだろうか。

「声優はキャラクターがいて成立するお仕事で、作品があって自分の声が求められる。達成感もみんなでわけ合うものだなと思っていて、みんなで作品を作ったその中の一人です。そしてシンガー水瀬いのりは、もちろんたくさんのスタッフさんに支えられているのですが、責任感という部分では全く違うと思います。その延長線にライヴがあって、ライヴでは声優の時とは違って、お客さんの反応をダイレクトに感じることができます。前を見るとお客さんがいて、後ろを見るとスタッフさんがいて、その真ん中に自分がいる。ここが声優とアーティストの真ん中なんだなっていつもライヴで感じます」。

「一年一年大切にして活動を続けているので、個人的に10周年をわくわくして待っている感覚はないんです」

10年という節目を、あまり節目と捉えていない。それは毎年大きな感謝の気持ちを持ち、全力で活動しているからだ。

「10年続けられると思っていなかったし、個人的に10周年をわくわくして待っている感覚はないんです。一年一年大切に、9年間全力でやってきているので感謝しかないし、だから10年ありがとうという気持ちはありつつも、10年だ!ワーイ!花火打ち上げるぞ、みたいな気持ちになると、9年目が淋しいじゃないですか(笑)。なんで9周年はお祝いしてもらえないんだろうって(笑)」。

『Inori Minase LIVE TOUR 2024 heart bookmark』
9月15日(日)兵庫・ワールド記念ホール
9月21日(土)広島・上野学園ホール
10月5日(土)愛知・名古屋国際会議場 センチュリーホール
10月12日(土)福岡・福岡サンパレス ホテル&ホール
10月19日(土)北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)
11月2日(土)千葉・LaLa arena TOKYO-BAY
11月3日(日)千葉・LaLa arena TOKYO-BAY

水瀬いのりオフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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