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「ここ」と「そこ」が結びつかない?オンライン交通安全教育の可能性と留意点。

大谷亮心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士
(写真:アフロ)

 「緊急事態宣言」の解除から一ヶ月が経ち、以前の生活を徐々に取り戻しつつある状況かと思います。子どもたちも今までの家庭での生活から、学校の開始や再開によって、外出する機会が多くなっていることでしょう。

 子どもたちの外出の機会が増えるにつれて、学校や家庭、地域社会は例年通り、交通安全教育を実施する必要があります。それに加えて、今般のコロナウィルスの影響下で、いわゆる3密を避け、外出を控えながら教育を実践することも求められています。

 既に、オンラインで交通安全教育を実施するなどの有意義な取り組みを実践している地域や団体もあります。従来の交通安全教育が見直されるべき状況の中で、新たな取り組みである、オンライン安全教育について考えてみましょう。

◆子どもが習得すべき技能

 まず、そもそも子どもにとっての交通安全教育の意味とは何でしょうか。交通安全教育は、今現在さらには大人になっても、本人が事故に遭わないように、歩行や自転車乗用などにかかわる様々な能力や技能を習得することが目的になります。また、交通は人と人が触れ合う社会なので、道路上で他者に配慮できる交通社会人を育成するといった役割を、交通安全教育は担っています。

 この交通安全教育の中で身につけるべき能力や技能というのは、以下の側面に分けられます。

(a)知識

適切な歩行や自転車乗用方法、さらには、他者への配慮の重要性を知識として理解している。

(b)態度

適切な歩行や自転車乗用方法、さらには、他者への配慮の重要性を理解し、実際にやってみようという態度を示している。

(c)行動

適切な歩行や自転車乗用方法、さらには、他者への配慮を実際に行動として遂行している。

 

 この点について考えてみると、適切な歩行や自転車乗用方法、さらには、他者への配慮の重要性を知識として理解していても((a))、やってみようという態度((b))が養われなかったり、実際に行動((c))が伴わなければ、交通事故の危険性が増すことや、他者との関係に問題が生じる可能性があります。また、安全教育の場で大人の監視のもと適切な行動が遂行されたからといって、実際の道路上でも同じ行動が行われるとは限らないという点についても考えておく必要があります。

◆オンラインによる安全教育とは

 新型コロナウィルスの影響下で、3密や外出を極力避ける中で実施されているオンラインによる安全教育は、上に挙げた(a)適切な歩行や自転車の乗用方法、さらには、他者に配慮することの重要性についての“知識”を習得できる有効な手法です。

 例えば、愛知県の自動車安全運転教育推進協会は、幼児とその保護者を対象にして、「オンライン交通安全教育 in Zoom」を行っています。この教育では、キャラクターを画面上で動かしながら、道路のどこを歩くべきか、信号機の色によってどのように行動すべきかなどを子どもたちに答えてもらうことや、アニメーションを使って危険について考えることをオンライン上で実施しています。このようにしてオンラインで道路上の危険やルールを学ぶことで、子どもたちは、(a)の知識を習得できるようになっています。

参考)Honda の交通安全情報紙 「コロナ禍で模索が続く、 交通安全教育の新たな手法」(SJ 2020 年 6・7 月号(No.502)6 月 19 日発行) https://www.honda.co.jp/safetyinfo/sj/contents/pdf/SJ_20_06_1to3.pdf

◆オンラインによる安全教育の留意点と対策

 しかしながら、前にも述べたように、知識を持っていても、実際の道路上で子どもが安全や他者に配慮した行動を遂行しているとは限りません。知識が行動に結びつかない理由としては、少なくとも次の2点が考えられます。

(1)「ここ」と「そこ」の結びつき

 小さな子どもの場合、例えば、オンラインで見通しの悪い交差点の危険性を学習したとしても、あくまでもオンライン上の「ここ」の話であり、登下校などで利用している道路に存在する見通しの悪い交差点(「そこ」)と結びつけて考えることが困難な場合があります。つまり、「見通しの悪い交差点」といった危険を抽象化して考えることは、小さな子どもにとっては難しい課題といえます。

 オンラインで学習した「ここ」の内容と、子どもが普段利用する実際の道路の「そこ」とを結びつけられるように、通学路や頻繁に通る道路などをご家庭で歩いてみて、オンラインで学習した内容を具体的に復習していただくことが重要になります。また、オンライン授業の際にも、学習した内容と子どもの日常の歩行状況や環境を結びつけて、具体的に考えられるような工夫が必要です。例えば、オンラインで学習した内容と類似の場面が、普段歩いている道路にないか、類似の場面があった場合には、どのように行動すべきかを子どもに問いかけ、上に述べた復習と併せて実施すると、「ここ」と「そこ」の結びつきをより良く理解できると思います。

(2)行動変容の難しさ

 オンライン授業とは異なり、日常生活には様々な欲求や感情、対人関係が介在します。安全上大切だとはわかっていても、敢えてやらないといった状況も多々あります。例えば、「お友達や周りの大人がやっていないから、自分だけ道路を渡るときに止まって確認するのは恥ずかしい」などです。また、オンライン学習では、現実世界における他者への配慮などの対人関係や責任感を体験して学ぶには限界があります。

 これらの問題点の解決は非常に難しく、今のところ、決定打がないのが現状です。しかしながら、幼少期からの継続的な安全教育を基本として、友人とともに学び合うピア・ラーニング、さらには、子ども自身が交通安全の教師役や安全担当者の役割を担う役割演技法による学習などをオンライン学習に取り入れることで、様々な欲求や感情、対人関係に配慮した行動が可能になります。

役割演技法を用いた子どもの安全教育

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jatp/28/1/28_8/_pdf/-char/ja

 今回は、コロナウィルス影響下のオンラインによる安全教育について取り上げましたが、学校などでこれまで行われてきた校庭、体育館、さらには、教室で実践される交通安全教育にも、これまで述べた内容と同じことがいえます。

 コロナウィルスの影響により、今までの生活を見直すことが求められており、交通安全教育についても、従来の定型化された内容や方法を振り返る良い機会ではないでしょうか。

心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士

心理学の観点から、交通事故防止に関する研究に従事。特に、交通社会における子どもの発達や、交通参加者(ドライバーや歩行者など)に対する安全教育プログラムの開発と評価に関する研究が専門。最近では、道路上の保護者の監視や見守りを対象にした研究に勤しんでいる。共著に「子どものための交通安全教育入門:心理学からのアプローチ」等がある。小さい頃からの愛読書は、「星の王子様」。

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