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繰り返される登下校中の交通事故:リスク社会を踏まえて子どもの安全を考えましょう

大谷亮心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士
(写真:アフロ)

 6月28日午後、千葉県八街市で小学生の列にトラックが突っ込み、多くの児童が死傷する痛ましい事故が発生しました。まずは、被害に遭われた皆様にお悔やみとお見舞い申し上げます。

 今回発生した事故は、飲酒運転ということからドライバーの責任であり、飲酒運転撲滅に向けた対策が必須であることは言うまでもありません。

 ただし、2012年に京都府亀岡市で発生した登校中の交通事故や、2019年に滋賀県大津市で起こった園外活動中の事故など、幼い子どもが被害に遭う悲しい事故が後を絶たないといった事実も忘れてはいけません。登下校中などの子どもの安全確保のために、私たちができることを考えてみましょう。

◆リスク社会とは

 ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックは、科学技術などの発展により、多くの富を得ることができるようになると同時に、多種多様なリスク(生命や財産の損失が生じる可能性)が発生する社会を、「リスク社会」と呼びました。

 リスク社会の例として、1986年に発生したチェルノブイリ原発事故があり、科学技術の恩恵により電力が安定的に供給されるなどの恩恵を受けると同時に、一度事故が発生すると、誰しもが平等に放射能の影響を受ける可能性があるといった事態があります。

 このリスク社会の中では、多くの人々の間で、リスクをどのように分配するのかといった問題が生じます。

◆リスクの分配と子どもの交通事故

 子どもの交通事故について、リスクの分配の点から考えてみます。世界保健機関(WHO)によると、高所得国よりも低中所得国の子どもの交通事故死者数が約3倍になるといいます。また、同じ国でも、低中所得の地域では、子どもの交通事故の被害が多いといった報告もあります。この理由として、資源(人員や資金)が少ない地域では、ガードレールの設置や道路の拡張などに資源を充てることが困難などの理由があります。

 また、低中所得の国や地域だけではなく、資源に限りがあることは、どの国や地域でも同じです。この資源の限界により、登下校中の子どもたちが被害に遭う事故が起こり、リスクの分配が子どもたちにいってしまう事態が発生します。

 ここで、資源の限界を嘆くのではなく、限られた資源を考慮して、現実的な解決策を見つけていくことが重要になります。

◆私たちにできることは何か?

 文部科学省・国土交通省・警察庁による通学路の緊急合同点検の結果によると、日本では、平成29年度末日時点で対策必要箇所が74,483件抽出され、72,238件について何らかの対応が講じられたといいます。

<文部科学省・国土交通省・警察庁. (2019). 通学路の交通安全の確保に向けた取組状況>

https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/__icsFiles/afieldfile/2019/06/12/1417907_01.pdf

 通学路の安全対策が講じられていない地域や地区、また、対策が講じられた箇所でも、なお一層リスクを低減するには、5E対策を地域や地区の状況に応じてバランス良く講じる必要があります。

<交通事故低減のための5E対策>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20210702-00245959/

 様々な交通事故対策の中で、私たちができることには、次のようなものがあります。

(1)繰り返しの安全点検を

 通学路の安全点検は大きな事故が発生した場合に実施されることが多いですが、事故が発生する前に予防的に点検することが大切です。この際、通学路周辺の交通状況は流動的であることを考えておく必要があります。例えば、季節によっても交通事故のリスクは変わります。また、新しい施設ができることなどによって、交通の流れは一変することがあります。したがって、その時のその場所の安全点検といった「点」ではなく、様々な時点や場所を考慮した「線や面」の視点をもって、安全点検を行うことが重要になります。

 また、点検するだけではなく、その時その時の通学路の状況を、保護者、学校、地域ボランティア、および地域の警察や公共団体などの間で情報共有し、その地域の資源にあった対策を講じる必要があります。

(2)交通ボランティアの裾野を広げる

 地域によっては、登下校中に保護者や地域のボランティアによる見守りや立哨活動が行われている箇所があります。見守りや立哨活動の方法については、以下の記事をご参照ください。

<育児としての道路上の子どもの見守り:Safe HavenとSecure Base>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20210512-00237411/

 見守り活動を“継続的”に実施するためには、できる限り多くの人数できめ細かに、かつ少数の人たちに負担がかからないようにすることが重要です。このため、見守り活動を行う交通安全ボランティアの裾野を広げることが求められます。

 第11次交通安全基本計画では、対策の視点として「地域一体となった交通安全対策の推進」が掲げられ、交通安全思想の普及徹底の中に、交通安全ボランティアの高齢化が進む中、「交通ボランティア等への幅広い年代の参画」が明記されています。

 2020年の調査では、中高年層になると他所からの要請があれば、見守り活動に参加するといった意見が相対的に多くなることが示されました(図)。また、保護者は学校、高齢者は地域の区会などからの要請があれば参加するといった回答が多かったです。このような回答結果を参考にして、見守り活動への参加を呼びかけると良いと思います。

 若年者については、謝金や謝礼により参加するという意見が多かったですが(図)、先述のように、地方自治体などにおいて、資源を確保することが困難な場合が多いです。このため、例えば、地域の企業と協力して、見守り活動に参加した若年者に対して何らかのクーポンを贈呈するなどの取り組みが考えられます。

 さらに、資金やクーポンといった物理的な報酬だけではなく、承認欲求(他者に認められたいという欲求)や、所属と愛の欲求(社会や他者と繋がりたいという欲求)を満たすような活動を実施することが、見守り活動への参加の促進を図る上で有用と思います。例えば、見守り活動に参加することで、子どもから感謝のお手紙をもらうとか、地方自治体から表彰されるといったインセンティブがあると良いかもしれません。

 子どもの見守り活動への参加は、初めはハードルが高いように見えますが、参加することでボランティアは自分自身のやりがいに気づくことがあります。この気づきが促進されるように、見守り活動参加のメリットを年齢ごとに見える化して、活動参加に関する啓発活動を行うことが有用と考えられます。

注)(一社)日本損害保険協会自賠責運用益拠出事業(2020)による助成で得られたデータ

図. 見守り活動への参加のために

 なお、図に示した結果は、あくまでも一般的な意見ですので、各地域や地区の状況に応じて、臨機応変な対応を行うことが必要になります。

(3)その他の対策として

 通学路にゾーン30などを設けるなどの強制・規制対策も必要です。また、通学路で事故が発生すると、集団登下校のあり方について問題視されることがあります。確かに一つの事故で、多くの子どもが被害に遭うといった点で集団登下校のリスクは大きいと考えられます。一方、子どもが別々に登下校することで、子ども一人一人が個別に事故のリスクを背負うため、交通事故が発生する可能性のある時間帯が長くなるといったリスクが発生します。また、防犯の観点から、集団登下校が望まれる場合もあります。この点から、各地域や地区の状況に応じて、集団登下校を実施するか否かを判断することが大切になります。

 さらに、子ども自身が安全な歩行をできるように教育することも大事です。

 道路の歩き方の教育については、以下の記事が参考になると思います。

<新一年生の交通安全。学校や家庭での安全教育、何をどのように教えるのか?>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20200324-00167485/

◆リスク社会の子どもの交通安全に向けて

 はじめにも記したように、私たちは科学技術の恩恵を受けると同時に、多種多様なリスクにさらされています。登下校中の子どもの交通事故もその一つといえます。

 研究者としてできることは、潜在するリスクやそのメカニズム、さらには上記のような対策を提案することくらいです。登下校中の子どもの交通事故を低減するには、私たち一人一人が普段の生活を再確認し、ドライバーとして子どもが被害に遭わないような運転をしているか、さらには、大人として子どもたちのためにできることはないかを真剣に考えて実践するしかありません。

 リスク社会の子どもの安全に向けて、交通社会人として、日常生活の中でできる、何気ない小さな対策を行っていきましょう。

心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士

心理学の観点から、交通事故防止に関する研究に従事。特に、交通社会における子どもの発達や、交通参加者(ドライバーや歩行者など)に対する安全教育プログラムの開発と評価に関する研究が専門。最近では、道路上の保護者の監視や見守りを対象にした研究に勤しんでいる。共著に「子どものための交通安全教育入門:心理学からのアプローチ」等がある。小さい頃からの愛読書は、「星の王子様」。

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