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化学兵器で一家を金縛りに…金正恩「権威」裏切る凶悪事件

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の金正恩党委員長は3月17日、新しく建設される平壌総合病院の着工式に参加し、自ら鍬入れを行った。世界的に新型コロナウイルス感染が拡大する渦中において、最高指導者の「人民愛」をアピールするための重要プロジェクトである。

ところがデイリーNKの現地情報筋によれば、同病院の建設現場周辺で凶悪事件が頻発しているという。金正恩氏の権威失墜を招きかねない問題と言える。

最近、平壌市内の大同江(テドンガン)区域の紋興洞(ムヌンドン)のマンションでは、近隣の平壌総合病院の建設現場で働く軍の近衛英雄軍団と第8建設局の兵士による窃盗・強盗事件が次から次へと起こっている。彼らの手口は次のようなものだ。

まず、普段から住民の行動をよく観察する。そして、一人暮らしの家や留守の多い家に狙いをつける。午前1時を過ぎてから、地上からマンションの上の階にロープを渡して部屋に侵入し、電気炊飯器、メディアプレーヤーなどの家電製品を盗み出す。留守だと思って盗みに入ったら実は6人家族がいて、大立ち回りを繰り広げた事例もあったそうだ。

住民の間からは「浸透訓練(で身につけた技)を泥棒に使うのか」との声が上がっているというが、中にはこんな事例すらあったという。

「彼らは家に押し入り、特殊ガスを撒く。そうすると、意識はしっかりしているのに体が動かなくなる。そうやって、目の前ですべてを盗られた被害者もいる」(情報筋)

窃盗を行うにあたって、人を金縛り状態にする化学兵器を使う者がいるという恐るべき証言だ。

兵士たちを窃盗に追いやるのは物資の不足だ。全国各地から現場で働く労働者への支援物資が届き、地域住民も食事を提供しているが、全然行き届いていないのだ。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

「平壌総合病院の建設は現在当局が最優先としている国家対象建設で、そのために住民には建設現場に提供する食糧の調達の課題(ノルマ)を下した状況だが、実際には末端の兵士までに配給が行き届いていない」(情報筋)

配給が届かないのは、現場の幹部が横領したり横流ししたりしているからだ。腹をすかせた上級兵士は、下級兵士に「食べ物を調達してこい」を命じる。それで窃盗事件が多発するわけだ。

配給が足りず腹をすかせた兵士が民間人を襲う事例は今に始まったことではない。国境地帯では、中国に忍び込んで盗みを働く者すらいる。

当局は平壌総合病院を「人民に与える愛の贈り物」などと宣伝しているが、地域住民は食糧の供出を強いられた上に、強盗の被害に遭うなど、散々なことになっている。「こんなことだったら病院なんて要らない」との声も上がるが、金正恩氏の指示に背けば政治犯扱いされ、収容所送りになりかねない。結局、自宅の窓に鉄格子をはめるなどの自衛策を取らざるを得ず、出費は増えるばかりだという。

平壌総合病院をめぐっては、手抜き工事により建物に構造上の問題が生じる可能性を指摘する声が上がっている。その原因は、質を無視したやっつけ工事を行う「速度戦」だが、資材が盗まれて必要なものが減らされる、という状況も想像に難くない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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