『鋼の錬金術師』でエドワードが「人体の材料は小遣いでも買える」と言ったが、具体的にはいくら?
荒川弘先生の新連載『黄泉のツガイ』が、月刊少年ガンガンで始まった!
少年・ユルと双子の妹・アサの秘密を巡って、静かな緊迫感が漂う連載初回。どんな話かまだ見えないが、すごく面白くなりそうな予感が……!
ヒジョ~に嬉しいので、今回の研究レポートは、荒川先生の名作『鋼の錬金術師』について考えさせていただきたい。
『鋼の錬金術師』は、胸が熱くなる物語だった。
母を亡くしたエドワードとアルフォンスの兄弟は、禁忌を破り、錬金術で母を生き返らせようとして、失敗。エドは右腕と左脚を失い、アルは体のすべてを失くして、かろうじてその魂を鎧に定着させる。エドは国家錬金術師となり、元の体を取り戻すため、アルとともに旅に出る……。
人の心から世界観まで、この作品を支えるのは「錬金術」である。
現実世界でも、錬金術は紀元前から16世紀頃まで行われていた。さまざまな物質を金に変え、不老不死の薬や万能薬を作ろうとした試みで、すべて失敗に終わったが、そこで積み上げられた技術は、科学の発展に大きく役立ったといわれる。
『鋼錬』世界における錬金術は、その範囲にとどまらない。
壊れたラジオを復元し、地面から壁を出現させ、列車の屋根から大砲を作る。国家錬金術師法で禁止されてはいるが、金も作れるし、賢者の石があれば、人間の体を練成することさえも可能なのだ。
そんな物語の冒頭で、エドはオドロキの発言をしていた。
旅の途中で出会った少女が恋人を生き返らせたいと願っていることを知り、人体の構成成分を数量とともに列挙してから、こう言ったのだ。
「市場に行けば子供の小遣いでも全部買えちまうぞ」
子どもの小遣い! 人間の体は、そんなに安い材料でできているのだろうか? それ、具体的にはいくらだろう?
◆エドはどんな人間を想定した?
劇中、エドワードが示した「大人1人分の構成成分」は次のとおり。
水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、少量の15の元素。
確かにありふれた物質ばかりだが、これで人間の体が作れるのだろうか。
『元素111の新知識』(桜井弘/講談社)という本では、人体を構成する元素とその含有量を次のように示している。
酸素65%、炭素18%、水素10%、窒素3%、カルシウム1.5%、リン1%、イオウ0.25%、カリウム0.2%、ナトリウム0.15%、塩素0.15%、マグネシウム0.15%、鉄0.009%、フッ素0.004%、ケイ素0.003%、他にごく微量の20元素。
エドの示した材料とは微妙に違うが、それは『元素111の新知識』が元素だけを並べているのに対し、エドのリストには、元素の他に、それらを組み合わせた「化合物」も入っているから。
『元素111の新知識』の酸素は、エドのリストでは水と石灰と硝石に入っている。同様に、水素は水とアンモニアに、窒素はアンモニアと硝石に含まれる。マグネシウムなども「少量の元素」に含まれると考えれば、両者のラインナップは、ほぼ同じである。
違うのは、配合比だ。
エドの示した物質は、合計およそ62kgになる。ここから『元素111の新知識』が「%」で示している量を、合計62kgになる重さに置き換えて比べてみよう。そうすれば、少女の「生き返らせたい恋人」に対して、エドがどんな人間をイメージしていたかがわかるはずだ。
まず、骨を作るカルシウム。体重62kgの人体には930gが必要だ。これを含む石灰は1.3kgである。ところがエドが提示したのは1.5kg。ということは、彼はやや骨太の青年をイメージしていたのだろう。
筋肉を作るのに欠かせない炭素は、体重62kgの人には11kg含まれている。ところが、エドワードの提示量は20kg。かなり筋肉モリモリの若者を想定していたと思われる。
他の元素は、もっと多い。
消化や免疫に必要な塩素は、62kgの一般的な人体には93g含まれ、それを含む塩分は150gだが、エドの想定では250g。同様に、カルシウムの吸収を助けるケイ素は、一般1.8g、エド3g。骨や歯を強化するフッ素は、一般2.6g、エド7.5g。少女の彼氏はモーレツに健康な人間だっ!
一方で、少ない元素もある。
たとえば赤血球を作る鉄は5.3g必要だが、エドが示した量は5g。神経の情報伝達で活躍するカリウムは120g必要で、これを含む硝石は320gだが、エドは100g。
すると少女の恋人は、貧血気味で、頭がボーッとしていた人だったかも……。
◆さあ、買い物に行こう!
さて、エドワードが示した「人体の構成成分」を現在の日本で買うと、いくらになるのか?
まずは水。尊い人体を作るのだから、なるべくいい材料を使いたい。近所のコンビニでミネラルウォーターを買ってみると、2Lで178円。35Lなら3115円である。
炭素も上級品を使いたいが、備長炭は20kgで1万3067円。子どもの小遣いでは、ちょっとキツいので、バーベキュー用の木炭4600円でガマンしよう。
意外に高いのが、アンモニアだ。エドは「4L」と言っているが、水溶液の濃さが不明確なので、これは『元素111の新知識』をもとに考える。体重62kgの人に含まれる窒素1.85kgを入手するには、2.2kgのアンモニアが必要だ。現在、アンモニアは10%の医療用アンモニア水として売られており、50ml入り828円。2.2kgのアンモニアを入手するには、3万6432円かかる。
フッ素も、虫歯予防のフッ化ナトリウム水溶液として購入するしかなく、7.5gのフッ素を手に入れるには、1万800円が必要だ。
残りは安い。石灰1.5kgは64円、リンは800gで800円、食塩250gで99円、硝石100gは280円、イオウ80gは16円、鉄は粉末で5g19円、ケイ素3gは60円。
――以上である。
こうして、人体のお値段が出ました。合計5万6285円!
子どもの小遣いとしては少々高いけど、お年玉を貯金していれば充分買えるかもしれない。エドの言うとおりですなあ。
ただし、そのうち65%はアンモニアの値段。金額で考えれば、人体の65%はアンモニアでできているということか。う~ん、ちょっとフクザツな気も……。