「新しい韓国」への第一歩…改憲めぐる論議が本格化
韓国の大統領直属機関が13日、文在寅大統領に改憲案を提出した。内容はひと言で「国民の権利の拡大」に向かうものだった。30年ぶりの憲法改定を目指す韓国の現在と今後を見通す。
改憲の必要性は朴槿恵前大統領から
韓国では一昨年から、憲法改正の機運が高まっていた。原因はいくつかあるが、やはり朴槿恵(パク・クネ)前大統領による国政の私有化の影響が大きい。
絶大な権力を持つ韓国の大統領が、特定の人間の意見しか聞かない、あやつり人形のようになっていたという疑惑は、韓国の国民にショックを与え、大統領制について考えるきっかけを提供した。
そんな朴前大統領に反対して起きた「ろうそくデモ」の役割も大きかった。軍事独裁に終止符を打ち、大統領の直接投票制を含む現行の憲法を制定させた1987年の「6月民主化抗争」を凌ぐ大規模なデモは、歴史上はじめて大統領を弾劾することに成功した。
それと同時に、巨大な市民のうねりは、韓国社会にはびこるあらゆる不正腐敗、格差、不平等の問題を表面化させ、もはや30年前の憲法では社会正義を保てないという共感を人々に与えたのだった。
朴前大統領の弾劾・罷免を受け17年5月に実施された早期大統領選挙で、改憲は大統領候補たちの共通の公約となった。当選した文在寅(ムン・ジェイン)大統領も当然、その中の一人だ。
文大統領と所属する「共に民主党」は、大統領選の前に出した公約集の中で、一つ目の公約として「ろうそく革命の完成により、国民が主人の大韓民国」を掲げ、その中で「機能を果たした1987年の憲法改定を通じ、新時代の憲法を開く」と明記した。
キーワードは「国民主権時代」。中身には「基本権の強化」や「地方自治、地方分権、均衡発展」などが並ぶものだった。
文大統領の肝いり「諮問特委」
憲法改定作業は言うまでもなく、国会の仕事だ。前述の通り、各党とも改憲を公約にしてきたこともあり、昨年から「憲法改定特別委員会」を結成し、活動を続けてきた。
だが、政党間の意見の差は大きく、同時進行してきた選挙制度を変えるための「政治改革特別委員会」と共に活動は頓挫。
「大統領の権力けん制」が発端となっていることもあり、この二つの領域は密接に関係がある。このため両委員会を合体させ、18年1月に「憲法改定および政治改革特別委員会」を結成し、改憲作業の巻き直しを計ってきた。だが、議論は平行線をたどるのみであった。
これに業を煮やした文在寅大統領は、2月13日に大統領直属の政策企画委員会に国民憲法諮問特別委員会(以下、諮問特委)を結成し、憲法改定の諮問案を作るよう指示。1か月後の13日の昼、諮問特委は「国民憲法諮問案」を文大統領に報告したのだった。
さらに諮問特委はその足で13日午後、ソウル市内のプレスセンターでメディア向けに記者会見を開き、諮問案の内容を説明した。
なお、諮問案の全体(原文)は非公開となっている。その理由について、諮問特委のチョン・ヘグ委員長は13日の記者会見の席で、「大統領に提出したものを公開するのは礼儀ではないから」と語った。
また、文大統領側はこの日受け取った諮問案について、「検討、整理し21日に国会に発議する」と青瓦台(韓国大統領府)の幹部が13日付の連合ニュースに明かしている。
文大統領の発議案は諮問案と異なる可能性が高い。発議後に草案を公開するかについては、「検討して決める」(諮問特委)とのことだ。
改憲草案の内容、5つの原則
諮問特委がこの日配布した資料によると、同委員会は1か月間、国民の意見を広く知るために、ホームページ(HP)、SNS、Eメール、郵便などを通じ、市民各層の意見を吸収した。
HP訪問者が約52万人、SNSのアクセス約536万、総意見数約70万件などを集めるとともに、全国16の地域で懇談会を開き、さらに5度におよぶ「熟議型討論会」を行ったとした。
参加者の満足度は98%と高く、諮問特委は「十分な議論を尽くしたと胸を張る内容だった」と評価した。さらに、全国2000人を対象にした、対面型の深層世論調査も実施した。
諮問特委は今回の諮問案について、▼国民主権、▼基本権強化、▼自治分権強化、▼けん制と均衡、▼民生改憲という5つの原則にまとめられるとした。
それぞれの内容は以下の通り。
(1)国民主権:立法・司法・行政など国政全般にかけて、過程と内容すべてが国民の参与と意志が最優先に反映される国を作る憲法。
−選挙制度の比例性を強化、直接民主主義の要素を導入、国民の司法参加を拡大
(2)基本権の強化:健康で品位のある生活が保障され、安全と生命が尊重され、差別のない公正な社会をつくり、人が先の国を作る憲法。
−安全権や情報に合う権利、差別を禁止する理由を拡大・積極的な差別解消の根拠を作る、グローバル時代にあった、天賦人権的な性格を持つ、基本権の主体を拡大
(3)自治分権の強化:集権的な体制を分権的に再編し、草の根民主主義の土台である住民の自治を拡大し、地方分権の国家の基本秩序となる憲法。
−地方自治分権の理念を反映、地方政府に立法・財政・組織などの自治権を拡大、住民の参加を拡大
(4)けん制と均衡:立法・行政・司法府の権限を合理的に再照明(再検討)することによって、権力機関のあいだでのけん制と均衡の原理が作動する憲法。
−法律案と予算案の審査権など国会の権限強化、大統領の憲法機関構成権限を縮小、大法院長(最高裁判所長官)の司法部人事権を縮小・調整
(5)民生改憲:庶民・中産層と社会的な弱者を保護し、各種の社会的な危険から社会セーフティネットを強化し、自分の人生に責任を持つ国を作る憲法。
−小規模商工人を保護・育成、社会保障を強化し社会的な弱者を保護、仕事と生活の均衡、社会経済的な不平等を緩和する憲法
具体的な改憲草案の内容をピックアップ
前述したように、諮問特委が文大統領に提出した改憲草案は非公開となっている。だが諮問特委は記者会見の席で、記者たちとの質疑応答を通じ、どんな内容が含まれているのかの輪郭を明かした。以下はその内容だ。内容は多岐にわたるため、特に重要と見られる11の項目を挙げる。
なお、諮問案は2パターンに分かれる。諮問特委や市民討論会での議論の結果、意見がまとまったものは「単一案」として提出される一方、意見が分かれるものについては案1,2,3といったように「複数案」となっている。
(1)権力構造(政府形態):大統領4年連任制を単一案として採択
連任制とは、4年の任期を終えた大統領が、一度だけ続けて大統領候補となれる制度だ。当選する場合には2期目となる。落選した場合には、次以降の大統領選挙には出られない。再挑戦できる重任制とは異なる。
なお、現行の憲法10章128条2項にある「大統領の任期延長または重任変更のための憲法改定は、その憲法改定を提案した当時の大統領に対しては効力が無い」とする条項は改定の対象ではない。つまり、今回の改憲の結果、4年連任制となっても文在寅大統領は連任することができない。
(2)憲法前文:釜馬(プマ)民主抗争、5.18民主化運動、6.10民主抗争を明記
「釜馬民主抗争」は1979年10月に釜山(プサン)と馬山(マサン)で起きた民主化運動。当時、維新憲法の下、独裁政治を続けていた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領に対する最も大きな民衆の蜂起。
「5.18民主化運動」は1980年に光州で起きた大規模な民主化運動。当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権が武力鎮圧を行い、多くの死傷者が出た。
「6.10民主抗争」は全斗煥大統領の直接選挙制と民主化を勝ち取った。
いずれも、韓国の現代につながる主要な民主化運動だ。「国民の抵抗権と市民革命の精神を含める必要性と、30年が経過し、歴史的な評価が担保された点」(諮問特委)から採択された。
(3)大統領の権限を縮小:大統領が独自に特別赦免を行えないように制限。また、監査院を独立機関に変更。さらに、憲法裁判所や大法院(最高裁判所)など「憲法が定める機関」に対する人事権の縮小も含んだ。
また、国務総理の人選を大統領が行うのではなく、国会が行う改定案を複数案として提出。だが、「市民は国会に対する不信が高く現行案を強く支持しており、現状維持になるのでは」と諮問特委は付け加えた。
(4)大統領決選投票制の導入:大統領選において、現在は最多得票者が当選する決まりを、過半数(もしくはそれに準ずる水準)得票者を当選とする決選投票制を取り入れる。
(5)基本権の拡大:知る権利(情報基本権)の保障、自己情報統制権(一例として、ネットに出回る自身に関する情報を削除できる)の明記。労働権については「同一労働同一賃金」の原則(男女の格差是正など)を明記。
また、「勤労」という単語を「労働」に変更。現在、特別な場合にのみ認められる公務員の労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)を、特別な場合にのみ「制限」できるように変更する。
(6)国会の権限拡大:予算編成を国会主導に。政府による法律案の提出権も廃止し、法律と予算における権限を拡大することを明記。
(7)直接民主主義の拡大:国民召喚制(国会議員のリコール)、国民発案制(国民が法律の制定・改正などを要求できる制度)を明記。さらに国民による裁判参加などの権利も明記することで、司法民主主義の拡大も。
(8)首都条項を追加:現行の憲法にはない、「韓国の首都はソウル」という内容を憲法1条の総綱に追加。これにより、政府は「行政首都」や「経済首都」などを別途指定できるようになる。
(9)地方自治の拡大:自治財産権と自治立法権を拡大する内容を明記。憲法にはこうした原則だけを含め、これ以外は法律で対応する。諮問特委は記者会見の場で「(諮問案作成のための討論会や調査の過程で)市民は地方政治を信頼していないということが分かった」と明かした。
(10)土地公概念、経済民主化:土地の性格を規定する内容を追加する。諮問特委は「社会・経済的な正義を実現するという共感が高く、土地の所有と処分を、公共の利益のために適切に制限できるようにする『土地公概念』に関し、財産権に義務を課し権利の制限が可能な条項を作った」と明かした。
また、経済民主化に関しては、現在の憲法119条2項「国家は均衡のある国民経済の成長および安定と適正な所得の分配を維持し、市場の支配と経済力の濫用を防ぎ、経済主体間の調和を通じた経済の民主化のために経済に関する規制と調整をすることができる」を、より明確にする内容を含めたとした。
(11)国会議員選出における比例性の強化:現在の小選挙区制プラス並立型の比例代表制ではなく、中選挙区制と連動型の比例代表制を組み合わせるなど、得票率に近いかたちで議席数が割り当てられるような、選挙制度改革の論拠となる内容を含めた。
文大統領は「国民の国会不信」を強く指摘
13日、青瓦台(韓国大統領府)で諮問特委から改憲諮問案の報告を受けた文在寅大統領は「改憲案については何ら異見がない」としながらも、「国会に発議する範囲については考えの差があるかもしれない」と語った。
さらに「これは諮問案の問題ではなく、われわれの現実のためだ」とし、「国会、地方政府、中でも地方議会に対する不信、さらに政党制度に対する不信を考慮せずにはいられない」とした。
これは強烈な国会へのパンチといえる。さらに「最大限、国会のけん制・監視する権利を高めなければならないと考えるが、それすらも国民がまったく同意しようとしないのが現実だ」とたたみかけた。
こうした指摘は、改憲案について合意を作り出せないばかりか、文在寅政権の発足以降、様々な改革法案を「せき止めている」国会に向けたものだ。
現在国会では、第一野党の自由韓国党が、国会の役割が大統領をしのぐ二院執政部制(外交・安保は大統領が、内政は総理が担当)や議院内閣制を主張しているが、文大統領の発言は「国会は信頼に値しない」と世論を借りて正面から攻撃するものだ。
文大統領はさらに、比例性を強化する内容や、選挙年齢の引き下げ、決選投票などを例に挙げ「今回、改憲をしておくことで次の選挙から適用される」と強調している。
また、「大統領4年連任制が次回の選挙から導入される場合、大統領選と地方選挙を同日に行える(2022年)点を指摘し、総選挙が中間評価の役割をする選挙制度を新たに作れる」とし、「大統領の任期中に3度(大統領選、地方選挙、総選挙)の選挙を行うことによる国力の浪費」を防げると、合理性を訴えた。
野党は「大統領連任制は受け入れられず」と反発
青瓦台主導の改憲の動きに対し、野党は一斉に反発した。
第一野党「自由韓国党(116議席)」のチャン・ジェウォン首席報道官は14日の論評で、「文在寅の官製改憲は民主主義に対する暴挙で、新たな独裁宣言だ」と強い反応を見せた。さらに「国会の議席分布上、絶対に通過ができないと分かっていながら、改憲独裁を推し進めている」とたたみかけた。
なお、改憲のためには国会全議席300のうち、3分の2にあたる200人の賛成が必要(現在は196席)だ。だが、116議席の自由韓国党が強く反対する現状では、改憲は難しい。
同党の金聖泰(キム・ソンテ)院内代表はまた、「どんなことがあろうとも、『6.13地方選挙』において憲法改定を政治的・政略的に扱わない」と、地方選挙と国民投票の同時開催を強く否定した。
第二野党の「正しい未来党(30議席)」のキム・チョルグン報道官は「改憲に対する国民の熱望が高い理由は、朴槿恵前大統領の国政ろう断に始まった、帝王的な大統領制の弊害を克服する点にある」とした上で、「文在寅政府は大統領連任制など、現行の大統領制を延長する『改悪案』を出した」と批判した。
また、第三野党の「民衆平和党(14議席)」のチェ・ギョンファン報道官は「改憲案は国会が発議するのが、代議制民主主義の原則にかなう」と前置きし、「大統領の改憲案に対し、国会がおまけのようになるのは良くない」と指摘した。
その上で、やはり4年連任制を指摘し、「大統領の権力分散が抜けた改憲案には意味がない」と主張した。また、「改憲の議論と共に、選挙区についての議論も必要」とし「連動型比例代表制の導入」を勧めた。
第四野党の「正義党(6議席)」もやはりキム・ジョンデ院内報道官名義の報道資料の中で「改憲は国会が主導するべき仕事で、大統領が改憲案を発議するのは、それ自体が望ましくない」と指摘した。
だが一方で「改憲を反対する勢力のために国会内で生産的な議論自体が遅れている点から、大統領の改憲案自体は綿密に検討し、国会内の改憲案合意に向け最善を尽くすべき」とした。
改憲スケジュールは流動的
韓国の改憲をめぐる現状を説明するため、長々と書いてきたが、今後のスケジュールは流動的で先が読めない。
そうした中、二つの可能性が考えられる。
まずは、文大統領が今回の諮問案を元に改憲案を作成し、3月21日に国会に発議するというものだ。
この場合、公告期間として最低20日が必要で、その後国会で議決にかけることになる。改憲案が通過する場合、国民投票の公告を18日以上行い、6月13日に国民投票を行うことになる。有権者の過半数以上の投票で成立し、投票者の過半数が賛成すれば改憲となる。
もう一つのスケジュールは、難航する国会での改憲案の論議が、大統領による諮問案作成により刺激を受けまとまることで、合意に至り、国会案を改憲案として発議するというものだ。
この場合の最終期限は4月28日となり、大統領案よりも余裕がある。3月21日に大統領が発議しても、ここまでは時間的な余裕がある計算だ。
だが実際問題として、自由韓国党が強く反対する「大統領4年連任制」などを含む大統領改憲案は成立の見込みがないため、文大統領が発議しない可能性もある。
このように、韓国の改憲議論は、その方向性こそある程度定まっているものの、内容面でも手続き面でも不確実性が高い状況にあると見るべきだろう。
李研究教授「改憲はゆっくり」
'政局と複雑にからまる改憲の動きをどう見るか。13日夜、韓国政治に詳しい西江大現代政治研究所の李官厚(イ・グァンフ)研究教授に話を聞いた。以下、一問一答を掲載し、この記事を終える。
−諮問特委の改憲草案をどう見たか
"今回の草案では、「ろうそく革命」を前文に入れる点や、「両性平等」を「性平等」とする点、さらに「領土条項」など、葛藤になるような部分を避けた印象だ"
−青瓦台の狙いは何か
"2通りあると見る。まず、「文大統領は公約を履行した」と国民に見せる役割だ。国会はともかく、大統領本人は責任を果たした、ということだ。次に、国会の改憲議論が進むよう圧迫する意味もある"
−6月13日の地方選挙の日に国民投票がある可能性は
"低い。繰り返し言われることだが、自由韓国党が単独で反対するだけで成り立たないし、進歩派の正義党も大統領が改憲案を発議することは、国会内の葛藤を深めるだけだという立場を示している"
−国会の動きをどう判断するか
"野党はいずれも、大統領の権限を弱める方向に改憲を進めたい想いがあり、青瓦台側の改憲案とは隔たりがある。また、正義党以外の政党は改憲案を持っていない。まだ、国会内の「憲法改定および政治改革特別委員会」でやっているだけで、政党間でまともに議論を始めたわけではない"
−今後は
"青瓦台が(3月21日に)改憲案を発議するものと見られる。青瓦台としてはそこで一段落で、ボールは国会に移る。4月には南北首脳会談、5月には米朝首脳会談と大きな外交日程があるため、いつまでも抱えていられない。一方、野党側は、6.13地方選挙を通じ、自身らの正確な支持率を確認してから、これにあった改憲への戦略をゆっくりと準備していくものと見られる" (了)