偽装結婚について
■はじめに
先日、安心してコスプレが楽しめる日本で働きたかったと、偽装結婚したカナダ人女性が逮捕されたというニュースがありました。これをきっかけに、偽装結婚の問題について考えてみたいと思います。
「偽装結婚」という言葉じたいは法律用語ではなく、どの条文にもこの言葉は載っていません。一般には、偽装結婚とは、「日本人の配偶者等」の在留資格を得る目的で、日本人との間で、婚姻の意思がないのに市区町村に内容虚偽の婚姻届を提出することをいいます。今回の事件がどうだったのかは分かりませんが、偽装結婚の裏には、暴力団や悪質ブローカー等の請負組織が介在しており、彼らに支払う「手数料」は200万~300万円が相場で、偽装結婚が違法な資金獲得手段となっていると言われています。
なぜそのような高額な手数料を支払ってまで、違法な偽装結婚が行われるのでしょうか?
■外国人が日本で暮らすためにはいわゆる〈ビザ〉(査証)が必要
外国人が日本に入国し滞在するためには、まずその国の有効な〈旅券〉(パスポート)が必要ですが、それ以外に日本の在外領事館などが発給した〈ビザ〉が必要です。〈ビザ〉とは、その旅券が有効であることの確認と、ビザに記載された条件(在留資格)で日本に入国することに支障がないという推薦の意味をもっています。
在留資格は、その外国人の日本での身分のことで、日本で従事することができる活動が決められています。現在30種類の在留資格があり、研究者が行う研究活動、芸術家が行う芸術活動、プロの選手などが行うスポーツ興行、医師や看護師が行う医療活動など、それぞれの在留資格に応じた就労が許可されています。
それぞれの在留資格によって滞在できる期間も異なっています(一覧表)。在留の期限を過ぎると、いわゆるオーバーステイという違法状態になってしまい、場合によっては逮捕もあります。ちょうど運転免許証に普通免許とか大型免許といった区別があり、免許証の種類によって運転できる自動車の大きさなどが異なり、免許の更新期間も設けられているようなものです。
なお、現在、外国人には単純労働(特別な訓練や知識などを要しない労働)は認められていませんが、報道によると、近い将来、一定の分野に限って単純労働者にも就労ビザを発給するよう制度が変更される模様です。
ところで、在留資格のうちで〈日本人の配偶者〉となった場合ですが、この場合は日本で行う活動に制約がなくなって、どんな職業(風俗店で働くことも可能)に就くことも可能になり、高額の収入を得ることもできるようになります。そこで結婚を偽装し、日本での〈合法的な〉就労を目的として外国人が日本にやってくるというわけです。
結婚を偽装して就労目的で来日してくるのは、圧倒的に女性です。現地のブローカーに多額の手数料を借金し、偽装結婚および日本入国の手続きを代行してもらい、他方、日本側では、暴力団などが、結婚相手となる日本人男性を用意して待っている。その多くは、多重債務者で、わずかな報酬をもらい、半ば強制的に外国人との偽装結婚をあっせんされるようです。しかし、こうして日本にやってきた女性は、多額の借金返済のために売春を強要されたり、経済的に搾取されることになります。
■偽装結婚はどのような罪になるのか
日本人と外国人の婚姻については、「法の適用に関する通則法」(旧法例)に規定があります。日本人と外国人が日本で結婚する場合は、日本人については「戸籍謄本」、外国人ついては「パスポート」と「婚姻要件具備証明書」(本人が結婚可能であるとの本国の役所が作成した証明書)などの書類が必要で、そして、最終的には、二人が署名押印した婚姻届を日本の役所に提出し、受理される必要があります。偽装結婚で問題になるのは、この婚姻届です。
婚姻届じたいは、私人が作成し、名義人として署名する文書ですから、いわゆる私文書と呼ばれ、結婚の意思もないのに婚姻届を書いても、文書の内容に嘘があるだけで、本人たちが署名している以上は犯罪にはなりません(私文書偽造罪は、他人名義の文書を無断で作成することです)。
しかし、役所に婚姻届を提出し、受理されると、新しく夫婦の戸籍が役所によって作られます(新戸籍の編製)。戸籍というものは、夫婦としての権利や義務に関する事項を証明するものであり、法律上は〈公正証書〉と呼ばれます。
そして、公務員に対して虚偽の申立をして、公正証書の原本に虚偽の記載をさせた場合は、公正証書原本不実記載罪(刑法157条1項)という犯罪が成立します。さらに、そうして作らせた戸籍謄本や抄本を実際に使えば、偽造公文書行使罪(刑法158条)も成立します。
偽装結婚は、婚姻の意思もないのに、公務員に対して「婚姻の意思がある」と申し立てて、新しい戸籍を作らせるという点で、この罪が成立するということになります。
(公正証書原本不実記載等)
第157条1項 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
なお、偽装結婚かどうかは、最終的には二人の〈意思〉の問題ですが、実際には結婚の実態があるかどうかで判断されます。たとえば、二人の年齢が異常に離れているとか、お互いに言葉が通じないとか、同居の実態がないなどの事実から判断されます。
偽装結婚が発覚しますと、在留資格を偽って滞在したということになり、いわゆる不法滞在として、退去強制や出国命令などの処分が課せられます(出入国管理及び難民認定法24条以下)。
なお、偽装結婚じたいについての統計的な数字は見当たりませんが、平成28年の来日外国人による特別法犯の送致件数を罪名別に見ると、入管法違反の構成比が65.7%と最も高く、同法違反のほか、主な罪名・罪種について、送致件数の推移(最近10年間)を見ると次の図のとおりです。入管法違反の送致件数は、28年は3,343件(前年比6.0%増)でした。同年における同法違反の送致件数を違反態様別に見ますと、不法残留が2,030件と最も多く、次いで、資格外活動351件、旅券等不携帯・提示拒否(在留カード不携帯・提示拒否を含む。)325件、偽造在留カード所持等(偽造在留カード行使及び提供・収受を含む。)304件、不法在留114件の順でした(平成29年版『犯罪白書』より)。
■偽装結婚が発覚した後の戸籍はどうなるのか
偽装結婚は、上で述べたように刑法上の犯罪ですから、婚姻も当然無効となります(最初からなかったことになる)。そして、具体的には、次のような手続きを経て、戸籍が訂正されます。
まず、刑事訴訟法第498条の2第2項に、「不正に作られた電磁的記録に係る記録媒体が公務所に属する場合において、当該電磁的記録に係る記録媒体が押収されていないときは、不正に作られた部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」という規定があります。現在は、実は「紙」の戸籍は存在せず、すべて電磁的記録(電子データ)の形で保管されていますので、偽装結婚によって作成された戸籍は、この条文の「不正に作られた電磁的記録」に当たります。
そこで検察官は、届け出のあった本籍地の市町村長に戸籍の記載が法律上許されないものであることを通知します。通知を受けた市町村長は、届出人に対して戸籍訂正の申請を行うように通知しますが、その申請がないときは、最終的に市町村長が法務局の許可を得て戸籍の訂正を行うことになります(以上、戸籍法24条)。
■おわりに
以上のように、偽装結婚は日本の外国人労働者受け入れ制度という文脈で論じられるべき問題であり、その背後で推測される、経済的な弱者を食い物にするブローカーや反社会勢力の存在にこそ偽装結婚の犯罪的問題が存在すると思われます。偽装結婚じたいについて成立する犯罪は、公正証書原本不実記載罪という、行政犯に近い性格をもったものです。来日外国人における脱法的な単純労働や期間的就労といった性格が、彼らをことさらに危険視し、排外につながるような〈外国人の犯罪問題〉につなげられていくことを警戒すべきではないかと思います。(了)