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「被害者ヅラをするな」。誤射事件の犠牲者の夫がアレック・ボールドウィンを非難

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
誤射事件で妻を失ったマット・ハッチンス(NBC)

 アレック・ボールドウィン主演映画「Rust」の撮影現場で誤射事件が起きて、4ヶ月。亡くなった撮影監督ハリナ・ハッチンスの夫マット・ハッチンスが、初めてテレビで公に発言した。

 彼はつい先日、アレックを含む関係者に対して民事訴訟を起こしたばかり。アレックは、事件の後もマットと良い関係にあるようなことを示唆していたものの、実のところ、マットは妻を殺した男を決して許していなかった。それどころか、責任逃れをするアレックに対し、心の中で怒りを募らせていたのである。

 インタビューが行われたのは、ハリナが映画作りを学んだアメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)。マットは、9歳の息子を学校に送ってから、ここへやってきたそうだ。インタビューのはじめで、マットは、ハリナとはひとめぼれで、交際3ヶ月でプロポーズをしたのだという熱愛の過去を明かした。その手には、自分の結婚指輪のほかに、生前のハリナがつけていた婚約指輪もはめられている。

「Rust」の仕事でサンタフェに行っている間、ハリナは毎晩必ず息子にビデオ電話をかけてきた。そのおかげで息子は落ち着いて寝られたようだとマットは語っている。だが、その優しい母は、アレックが彼女に向けた銃で撃たれ、帰らぬ人となってしまった。その最悪の知らせを、マットは息子にはっきりと伝えたという。これから一緒にサンタフェに行くのはママと会って遊ぶためというような、間違った期待をもたせたくなかったからだ。

 現地に到着したマットは、アレックから抱擁を受けた。そのことについて、マットは、「あの時、僕らはまだ強いショックの中にいたのです。ミスター・ボールドウィンと話しながらも、この嵐をなんとかくぐり抜けようとしていました」と説明。アレックは、その当時、「ハリナのご主人とは話しています。彼と彼のご家族をサポートしたいと思っています。彼女のご主人、息子さん、彼女を愛したすべての人にお悔やみを申し上げます」とツイートしていたが、マットはまだ大混乱の中にいて、自分がどう感じているのかもわからなかったのだ。

「あなたに同情しろとでも言うのか」

 事件後すぐに複数のクルーがアレックや関係者、プロダクション会社に対する民事訴訟を起こしても、一番の当事者であるマットは、じっとしていた。その間も、アレックは、パパラッチに対して即興のミニ“囲み会見”を行い、コメントしたりしている。そして事件からおよそ1ヶ月半経った昨年12月、アレックは、メジャーネットワークABCの番組に出演し、独占インタビューを行ったのだ。

 このインタビューで、アレックは、時に涙を流し、事件当日の様子を詳しく語った。助監督デイヴ・ホールズが「コールドガンです」と言って小道具の銃を手渡したことについても触れ、「コールドガンとは、空の銃のこと。つまり彼はそこにいる人たちに安全ですと伝えたんだ」と発言。民事訴訟を起こしたクルーについては、「あの時、僕の肩に手を乗せてあなたのせいじゃありませんよと言ってくれたのに。もちろん考えを変える権利はあるが。弁護士から考えを変えさせられる権利も」と批判まじりに語った。さらに、「罪悪感はありますか」と聞かれると、アレックはきっぱり「ノー」と答えたのだ。「これは誰かのせいで起きた。それが誰なのかはわからないが、自分ではないことはわかっている」と、彼は述べている。

昨年12月のテレビインタビューで、アレックは涙ながらに事件のことを語った(ABC)
昨年12月のテレビインタビューで、アレックは涙ながらに事件のことを語った(ABC)

 その発言を聞いて「激怒しました」と、マット。「ハリナの死についてあんなふうに詳細を公に語るなんて。それに、どうやって彼女を殺したかを説明したにもかかわらず、まるで責任を感じていないんですから」というマットは、インタビュアーから「アレックは、悲しみは感じているけれども罪悪感はないようですね」と聞かれると、「まるで自分が被害者のようですよね」と冷たく言い放った。「彼はハリナを責め、ほかの人たちに責任をなすりつけたのです。それも、泣きながら。ミスター・ボールドウィン、僕らはあなたに同情するべきだとでも言うのですか」とも、彼は述べている。続いてインタビュアーが、「では、あなたはアレックに責任があると思われるのですか?」と聞くと、「銃を構え、撃った人に責任がないなんて、僕にしてみたら馬鹿げています。銃に触れる人みんなに責任があるのです」と主張した。

 そんなマットが望むのは、愛した妻のために正義が果たされること。

「ハリナの死にかかわった人たちに責任を取ってもらいたい。あの事件は防ぐことができました。正義が果たされても、ハリナは戻ってきません。でも、同じようなことが二度と起きないための手助けになるかもしれないと思うのです」。

アレックはソーシャルメディアで「誤解しないで」と訴え

 アレックが感情的だったのと対照的に、マットがこのインタビューで終始、冷静だったのは、非常に印象的だ。彼自身も弁護士とあり、自分が起こした民事訴訟で勝てるという自信があるのかもしれない。マットのインタビューの後、アレックは、ニーナ・シモンが「Don’t Let Me Be Misunderstood」(私が誤解されないようにして)を歌う動画をインスタグラムに投稿している。それに対しては、「あなたのためにも今はソーシャルメディアからお休みしたほうがいい」「また自分はかわいそうだと思っているのか」などというコメントが書き込まれた。

 地元警察による捜査は、まだ続いている。ずいぶん前から、携帯電話の提出を求められていたアレックは、最近になってようやく渋々と要求に応じたようだ。そこにどんな証拠があるのか、あるいは何もないのかは、わからない。刑事事件としてもアレックは有罪になるべきだと思うかと聞かれると、マットは「それは検察が判断すること」と答えている。いずれにせよ、刑事、民事、両方の裁判が終わるまでには、長い時間がかかるだろう。マットとアレック、どちらにとっても、苦しい道はまだ続く。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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