睡眠薬を飲んだら運転禁止なのか?
自動車運転にも大切な「コンディショニング」
都心の病院に勤務していたころは正直あまり気にしなかったが、北関東の大学病院に勤めていたころに直面せざるをえなくなったテーマだ。特に地方においては、自動車運転できるかどうかは死活問題である。
この問題を考えるにあたって、原則となる道路交通法第66条をまずチェックしておきたい。
「何人も、過労、病気、薬物の影響その他の理由により正常な運転ができないおそれのある状態で車両等を運転してはいけない」
(道路交通法第66条)
つまり、自動車を運転する人は、厳格な健康管理と適切な薬剤の使用が自己責任として求められる。飲酒時と同様に、眠気など体調のおかしいときは「これは運転してはいけない」と自重することを求められているのである。
ただ眠気や注意力低下が強すぎると、この判断すらできなくなるので、危険極まりなくなる。
滋賀医科大学の一杉正仁氏の調査によれば、年間交通事故63万件のうち、約1割が運転者の体調変化に起因していたという(2)。ハンドルを握る人は、体調の良好な管理すなわち「コンディショニング」が、交通事故の予防につながることを心がけるべきだろう。
飲んでいるお薬の管理も、コンディショニングの一環である。しかし、診察して薬剤を処方するのは、医師である。眠気の残る薬剤を処方されては、患者としてもたまったものではない。実地面での問題は後に譲るとして、運転に影響が生じるのは睡眠薬だけなのだろうか。
「運転禁止」「運転注意」は睡眠薬だけではない
逆説的だが、フランスの研究グループによれば、交通事故のリスクを計算したところ、向精神薬(睡眠薬だけでなく、抗うつ薬なども含む)のオッズ比は1.76であり、6時間未満の睡眠不足(オッズ比1.98)よりもリスクが低かった(3)。睡眠薬よりも、睡眠不足の方が危険という結果である。睡眠薬ばかりに目を奪われずに、わたしたちが陥りがちな睡眠不足も、運転にとっては油断ならない大敵だ。
向精神薬のほかにも、降圧薬の多剤内服による低血圧、抗てんかん薬の服用が不規則になったことによるけいれん発作、経口血糖降下剤やインスリン注射による低血糖などが挙げられる。
しかしわたしたちにとってより身近なのは、いわゆる「花粉症」の薬、抗アレルギー薬であろう。新しい抗アレルギー薬は、副作用の少なさ、とりわけ「眠気が少ない」がセールスポイントとなる。抗アレルギー薬と自動車運転を考えると、「添付文書」の矛盾が見えてくる。
矛盾だらけの「添付文書」
添付文書(正式名称は、医療用医薬品添付文書)は、薬機法で規定された製品説明書である。医師、歯科医師、薬剤師に対する薬剤の基本的な情報が記載されている。
さて、この添付文書には、運転について二種類の記載がある。
1.運転等禁止
「眠気を催すことがあるので、本剤投与中の患者には自動車など運転等危険を伴う機械の操作には従事させないよう十分注意すること」
2.運転等注意
「眠気を催すことがあるので、本剤投与中の患者には自動車など運転等危険を伴う機械の操作には特に注意させること」
睡眠薬の大部分は、運転等禁止ないし運転等注意に該当する。しかし睡眠薬以外にも、約400種類以上の薬剤にこれらの記載があるという。これらの薬剤を服用している患者に対して、一律に運転を禁止することは不可能だろう。また薬剤の効果も副作用も、肝代謝酵素の関与もあり個人差が非常に大きい(4)。しかも、炯眼の方はお気づきだろうが、「状態が良ければ運転しても大丈夫」という、冒頭で紹介した道路交通法第66条の主旨に矛盾する。
抗アレルギー薬についてもう少し述べると、ロラタジン(クラリチン)とフェクソフェナジン(アレグラ)は、運転等禁止も運転等注意の記載もない。ではこれらを服用して堂々と運転できるかというと、そうでもない。レボセチリジン(ザイザル)やオロパタジン(アレロック)、セチリジン(ジルテック)など運転等禁止の薬剤と比べて、運転に縛りのない薬のほうが、眠気の出現率が高かったのである(5)。
添付文書の記載が医師の処方権を縛るものではないとはいえ、添付文書に関わる矛盾は小さくない。
わかりやすい、現実的な表示の作成を
抗アレルギー薬だけ見ても添付文書には矛盾があるにもかかわらず、厚生労働省は2013年5月に、「添付文書の使用上の注意に自動車運転などの禁止などの記載がある医薬品を処方または調剤する際は医師または薬剤師からの患者に対する注意喚起の説明を徹底させること」とする通達を出し、添付文書の忠実な履行を求めている。
しかし運転一律禁止の弊害解消を求める意見は、医学会からも声が上がっている。日本精神神経学会も「副作用の出現の仕方には個人差があり、処方を受けた者全員に運転を禁じなければならないほどの医学的根拠はない」とするガイドラインを2014年に発表している。
苦しい立場に置かれるのは、医師と患者はもちろんだが、両者の板挟みになる薬剤師ではないだろうか。
現実な対応としてわたしがやっているのは、
- 初診の患者で初めて睡眠薬を飲む人に対しては、翌朝に眠気をくることを警告しておく。病状に余裕があれば、次の日休みの夜から始めるよう助言。
- 薬剤を増量するときも、翌朝の運転には注意するよう念押し。
- 眠気のひどいときは、運転を控える勇気を。眠気が酷すぎるときは、知らないうちに運転している可能性もあるので、判断力があるうちが大切。
- アルコールといっしょに飲まないなど、基本的な注意。
である。しかし、医師が患者の運転裁量権にまで踏み込むのは、一定の限界がある。医師が患者から運転免許証を取り上げて預かることなど、できるはずもない。
添付文書も、「運転等禁止」「運転等注意」だけでは、医療者にとっても患者にとってもわかりにくい。エビデンスに基づいた、わかりやすい表現を用いるべき時に来ているのではないだろうか。一例を挙げれば、フランスのようにピクトグラムを用いたラベル付けをするなど、わかりやすくすることも必要だろう(6)。
医師や薬剤師の注意をなかなか守ってくれない患者の問題には触れなかったが、自動車運転は患者の社会参加にとって重大な手段である。
「この薬を飲んでいるから、運転絶対ダメ」
という杓子定規な対応では、妥当性にも欠けるし、現実的でもないと考える。
しかし冒頭に述べたが、ハンドルを握る人は誰しも、適切な健康管理、薬剤の使用が責務として求められることは最後に確認しておきたい。
1. 三島和夫:診療報酬データを用いた向精神薬処方に関する実態調査研究. 厚生労働科学研究費補助金・厚生労働科学特別研究事業「向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究」2010年度分担研究報告書. 2011;15-32.
2. 一杉正仁:運転者の健康を考える.2012;32.1595-1599.
3. Galera C et al. : Mind wandering and driving: responsibility case-control study. BMJ. 2012;345:e8105.
4. Ramaekers JG et al. Residual effects of esmirtazapine on actual driving performance: overall findings and an exploratory analysis into the role of CYP2D6 phenotype. : Psychopharmacology (Berl).2011;215(2):321-32.
5. 木津純子:薬剤と眠気.2013;33;2595-2599.
6. Smyth T et al. : Consumer perceptions of medication warnings about driving: a comparison of French and Australian labels. Traffic Inj Prev.2013;14(6):557-64.