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南海トラフ地震の「発生シナリオ」を考えてみる ー【その3】発生後の応急期

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:Fujifotos/アフロ)

地震は東西で分かれるか、同時発生か、多様な地震の発生形態

 南海トラフ沿いでの地震の発生の仕方は多様です。東北地方太平洋沖地震のように、南海トラフ沿いの大滑り域が同時に破壊すると、超巨大地震になります。この場合、大津波が発生するため広域かつ甚大な被害になります。中央防災会議の作業部会によれば、最悪、32万3千人の直接死、240万棟弱の家屋の全壊・焼失が予想されています。東日本大震災の15倍にも及ぶ被害を出せば、15万人しかいない陸上自衛隊では手に負えず、被災地支援に困難を極めます。土木学会は、地震後の20年間で1410兆円の経済損失があると試算しており、日本は世界の最貧国になると警鐘を鳴らしています。

 また、1707年宝永の地震のように、震源域全体が一度に破壊すれば被災地域は、神奈川から九州まで広域に広がります。宝永地震では大谷崩れを始め、大規模な地盤災害が各地で多発しました。16時間後には富士山周辺で余震が発生し、49日後には富士山も大噴火しました。このときの被害の様子は尾張徳川家のお畳奉行・朝日文左衛門が残した鸚鵡籠中記などに記されています。

 1854年安政の地震や1944/46年昭和の地震のように、東西の震源域が分かれて地震が起きた場合には、後発地震に備える地域は、先発地震の被災地への支援を躊躇する可能性があります。2つの地震の時間差は分かりませんから、日本社会に動揺が広がると思われます。

余震、誘発地震が続く中での被災地救援

 このように、地震の発生の仕方によって、その後の対応は様々です。さらに、震源域周辺で大規模な余震が続き、場合によっては内陸直下の活断層が誘発地震を引き起こします。昭和東南海地震のときには、37日後に三河地震が発生し、東南海地震の約2倍の犠牲者を出しました。東南海地震で傷んだ家屋が倒壊したためです。

 宝永地震の時のように、地震後に富士山周辺での地震活動が活発になれば、富士山の噴火も心配になります。富士山の東にある首都圏もただ事ではなくなります。万一、大規模噴火すれば、首都機能を失うだけでなく、東西の交通網が遮断され、東からの救援も望めなくなります。また、セントへレンズ山のような山体崩壊の可能性も決して否定できません。

 東西に分かれて発生した後に、後発地震の震源域でM7クラスの地震やゆっくり滑りが発生すれば、後発地震の予想被災地の人たちは、先発地震の被災地への支援を躊躇する可能性もあります。

 こういった中、被災地の命を一人でも多く救うため、被災地内外の総力を結集して、救出・救助に当たることになります。

被災地の命を一人でも多く救う

 被害が甚大になれば、支援が不足します。このため、被災地の被害状況を早期に把握し、限られた支援の力を最も効果的に使えるよう、優先順位を決める必要があります。当然ですが、より多くの命を救える方策が優先されます。日本国内の力で対処できなければ、米軍など他国の力を頼ることになります。いずれにせよ、その時に想定外と言わないため、様々なシナリオを描き、事前にイメージトレーニングをしておく必要があります。

 地震後、被災地では、倒壊家屋に生き埋めになった人の救出、津波で流された人や孤立した人の救出、消火活動や負傷者の治療が行われます。そんな中、犠牲者の検死とご遺体の処理なども行われます。被災地域が広域かつ甚大であれば、被災地外からの支援は遅れ、その力も不足するため、被災地内の人々が自ら協力して対応に当たる必要があります。

 その実行性を高めるには、役所、消防署、警察署、病院などの防災拠点が健全で、いち早く機能回復することが前提になります。しかし、防災拠点の中には津波浸水予想地域に立地しているものも少なくありません。防災拠点の立地を見直し、拠点機能を早期に立ち上げ、災害後対応が速やかにできるよう準備が必要です。

 また、災害後には、被災地に人と物を運搬することが不可欠です。まず優先すべきは陸路の確保です。道路閉塞物の除去、液状化で飛び出したマンホールの撤去や道路段差を解消し道路啓開をする必要があります。建設作業員や重機は圧倒的に不足するため、道路啓開の優先順位を予め決めておかなければいけません。

避難所の開設・運営、帰宅困難者、旅行者・出張者への支援

 家の損壊で自宅に居住できない住民は避難所や福祉避難所などに避難します。ですが、避難所の収容力にも限りがあるので、自動車内や屋外に避難する人も出てきます。避難所の備蓄品は十分ではなく、被災地外からの物資の救援も遅れます。各自、非常用持ち出し袋に食料・水などを準備し、持参することが必要です。行政の力にも限りがありますから、避難所は住民の自主運営が基本です。事前に運営の訓練などをしておくと良いでしょう。また、自動車避難や在宅避難している人たちへの配慮も大切なポイントになります。

 避難所生活は自宅とは異なりプライバシーが保ちにくく、体調を崩す人も増えます。衛生状態も悪いので感染症も拡大します。したがって、できるだけ避難しなくてもよい安全な家を確保することが地震対策の基本です。

 ちなみに、東日本大震災で原発避難を余儀なくされた福島県では、関連死は2,318人(本年1月末時点)に上り、直接死1,614人・行方不明者196人を大きく上回りました。避難生活がより厳しい南海トラフ地震では、より多くの関連死が心配されます。

 万一、平日昼間に地震が起きれば、大都市を中心に大量の帰宅困難者が発生します。出張者も帰宅できません。逆に、夜間の地震では防災担当者が出勤できなくなります。休日であれば、土地勘のない観光客などが多く滞在します。企業は、地震後に会社内に滞在できる準備をし、ターミナル駅では帰宅できない人たちへの支援体制を整えておく必要があります。

救援のための陸路、海路、空路の確保

 被災地外からの支援には、陸路、海路、空路の確保が欠かせません。南海トラフ地震が起きれば、各地で土砂崩れが起き、沿道の建築物や電柱・電線なども道路を塞ぎます。高架道路や橋梁、トンネルなどが損壊する可能性もあり、液状化や津波浸水によって通行ができなくなる道路もあります。鉄道も、道路と同様に被災し、停電すれば鉄路が健全でも運行できません。陸路が途絶すれば、各地が孤立します。大量の物資を運べる海路は、津波被害で、地震後しばらくは使えなくなると思います。空路も、海上空港や沿岸部の空港が増えたため、津波の影響を受けやすくなっています。こういった中、いかに早期に、物流・人流を確保できるかが、被災地支援の鍵を握ります。

 東日本大震災では、くしの歯作戦と呼ぶ道路啓開が奏功しました。南北の陸路を先に啓開し、その後、海に向かう東西のルートを啓開することで、早期に陸路を確保し、被災地を支援しました。

 空路については、仙台空港が津波に襲われ、救援物資の受け入れに5日を要しました。臨時便が運航再開したのは1か月後です。中部国際空港や関西空港は海上にありますから、南海トラフ地震では津波被災が懸念されます。内陸にある小牧空港や伊丹空港などの活用が望まれます。

 海路は、津波により航路が塞がれ、港湾施設が被災します。航路啓開するには浚渫船の確保が必要なので、時間がかかります。東日本大震災では、釜石港は、5日後に緊急物資船が入港できるようになり、23日までに10港で緊急物資の搬入ができるようになりました。万一、南海トラフ地震が同時発生すると、多くの港湾が被災します。浚渫船の数にも限りがあるので港湾間での優先順位づけが必要です。

 ちなみに、南海トラフ地震に対して、中部地域で中部版くしの歯作戦や、伊勢湾くまで作戦が立案されています。

海抜0m地帯の長期湛水と堰止湖の決壊、堤防破堤時の複合災害の懸念

 南海トラフ地震が起きると、高知の沿岸部が地殻変動で沈降し、水没することが知られています。堤防で守られている海抜0m地帯も、堤防が液状化などで沈下・損壊すれば地震直後から浸水し、長期湛水します。また、谷間を流下する河川周辺の斜面で土砂崩れが起きれば堰止湖ができて上流が水没し、自然ダムが決壊すれば下流域は土石流に襲われます。さらに、河川堤防が損壊し、堤防復旧が遅れれば、水害による複合災害も生じます。

 ちなみに、中部地域では、海抜0m地帯も事前避難対象地域指定の対象とし、また、濃尾平野の海抜0m地帯について、堤防の仮締切り工事を含めた排水計画を立案しており、1か月程度での復旧を目標としています。

 災害後には、救援活動の拠点、瓦礫置き場、仮設住宅用地など広大な空地が必要です。このため、津波に運ばれた瓦礫や土砂の撤去、倒壊家屋の撤去などを早期に進める必要があります。そのためには、住宅の危険度判定や罹災証明などが必要になります。

遅滞する応急危険度判定、罹災証明のための被害認定調査、地震保険の被害認定

 地震後には、家屋の安全性を判断する応急危険度判定、罹災証明発行のために経済的被害を判定する被害認定調査、地震保険支払いのための被害認定などが、順次並行して行われます。小さな災害であれば、速やかに判定できますが、南海トラフ地震のような超広域大規模災害では、判定員が不足し、早期の判定は困難だと想像されます。ちなみに、応急危険度判定は建築士などが、罹災証明のための調査は自治体の税務担当者が、地震保険のための認定は損保会社の人たちが担当します。

 被災住民は、応急危険度判定で安全性が確認できなければ安心して住み続けられません。また、罹災証明がなければ仮設住宅に入居できず、様々な助成や被災者生活再建支援金などを申請できません。さらに地震保険の受取には被害認定が必要です。とくに、地震保険の場合には総支払金額の限度(現在は1回の地震で12兆円)があるので、必要とされる支払総額が分からないと減額支給すらできません。概算でもよいのですべての被害認定を早期に行う必要があります。

 そういう意味で、大規模災害時には、3種類の判定を3者が連携して一緒に行うなどして、効率を高める必要があります。予め、3者連携の制度設計や連携訓練をしておくことが肝要です。一方で、被災者は、念のため被害を証明するために写真などを撮っておくことが後々役に立つことがあります。

社会の維持になくてはならない電力、水、ガス、通信、燃料、病院機能の復旧の遅れ

 現代社会は、電気、ガス、上下水、通信、ガソリンなど、様々なものに支えられています。ですが、南海トラフ地震では、広域にこれらが同時被災し、復旧のための人的・物的資源が不足すること、ライフラインが相互に依存することなどのため、復旧には多くの困難が予想されます。道路の復旧も含めて、上流から下流への流れを認識しつつ、復旧エリアを共通化するなどして効率化することが望まれます。

 詳細は次報に譲りますが、例えば、電気の復旧を考えると、沿岸部にある火力発電所の発電再開、送電ルートの確保、変電所の復旧、配電ルートの復旧などが必要になります。発電所の発電再開だけでも、所内施設の健全性確認と損壊場所の補修、発電に必要となる電力確保のための水力発電所からの送電ルート回復、工業用水と冷却用の海水の取水、発電用燃料の取得が必要になり、さらに発電所に至る道路や航路の啓開、人員と物資・重機の確保が必要になります。

 電気がなければ、ガス製造、上水の浄水・送水、下水の処理、通信、製油などもできません。さらに、人命を守る医療機関の機能回復には、これらに加え、医療従事者、酸素の確保、医薬品や医療材料のサプライチェーンや交通網の回復が前提になります。組織を超えた連携の大切さが分かります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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