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「自由のための金ペン賞」を受賞した「ラップラー」の編集長 「嘘が100万回繰り返されたら真実になる」

小林恭子ジャーナリスト
受賞スピーチを行う「ラップラー」のレッサ編集長(撮影筆者)

 フィリピンのドゥテルテ大統領から「フェイクニュース」、「米中央情報局(CIA)の回し者」と呼ばれ、様々な圧力をかけられてきたニュースサイト「ラップラー」。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)は先月、報道の自由に寄与したジャーナリストに授与する「自由のための金ペン賞」をラップラーの最高経営責任者・編集主幹マリア・レッサ氏に贈った

 ラップラーは2012年、レッサ氏を含む数人のジャーナリストたちの手で立ち上げられた。元々は「MovePH」という名前の、フェイスブックのページの1つだった。ソーシャルメディアを通じてニュースを拡散し、フィリピンでは本格的にマルチメディアを駆使する最初のニュースサイトとなった。

 レッサ氏は米CNNのマニラ支局長(1987-95年)、ジャカルタ支局長(1995-2005年)を経て、フィリピンの放送局「ABS-CBN」でニュース・時事報道部門を統轄した(2005-11年)。専門は国際テロ問題で、著作もある。

 

 2016年6月に大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、麻薬撲滅に厳しい態度を取ることを表明し、目的達成のためには非合法な手段を使うことも辞さない「麻薬戦争」が始まった。

 ラップラーはこの麻薬戦争を一貫して批判的に報道し、ドゥテルテ大統領はラップラーが「フェイクニュースを垂れ流している」、「CIAからお金をもらっている」などと表明してきた。

 今年1月、フィリピン証券取引委員会は企業認可の取り消しをラップラーに命じた。2015年に米企業に証券を売って資金調達したことから、メディア経営をフィリンピン人のみとする憲法に反する、というのがその理由だ。2月末には、大統領府での記者会見への出席を拒否され、3月にはフィリピンの内国歳入庁がレッサ氏らに脱税の疑いがある、と発表した。

 レッサ氏を含めたラップラーのスタッフは、国家が背後にあると見られるオンライン・ハラスメントにも見舞われた。

報道を止めさせるには「自分を殺すしかない」とスタッフ

 WAN-IFRAが主催した「世界ニュースメディア会議」(開催地ポルトガル・エストリル)で賞を受け取ったレッサ氏は、受賞スピーチの中でスタッフの声を紹介した。ラップラーによる、政府に批判的な報道を止めるにはどうするか?と聞かれたスタッフの一人は、「自分を殺すしかないだろう」と答えている。

 筆者は、以前にも他の会議でレッサ氏と場所を共有したことがあった。小柄で、きびきびとした言動のレッサ氏は話す言葉の1つ1つが明快で、論旨が分かりやすい。今回の受賞でマイクの前に立った時、それまでの様々な体験やスタッフの苦労を思い出したのか、涙をこらえるような表情を何度も見せた。

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 受賞スピーチの中から、要点を紹介したい。

 スピーチの動画は、ラップラーのサイトから視聴できる

 レッサ氏は、「自分がどんな人間なのか、誰なのか、自分を守るために戦う必要が出てきた時に初めて分かる」という。

 「勝ち取った、あるいは負けてしまった戦いの1つ1つ、戦いから撤退してしまったこと…そんなことすべてが自分の価値観を築いていく。最終的には自分が何者かを決めていく」

 「ラップラーは、10年後に今この瞬間を振り返って、できることはすべてやった、逃げ隠れしなかったと言えるようにしたかった」。

 ラップラーが直面した、「責任逃れをする存在」は2つだった。

 1つは「憲法や私たち国民の生活を根本的に変えようとし、残酷な麻薬戦争を行う政府」だ。

 もう1つは、フェイスブックだという。フェイスブックのおかげでラップラーは急速な成長を遂げたのだが、その一方で、「国家が背後にいるオンライン上のヘイトの言論」が大展開したのもフェイスブックだった。

「嘘が100万回繰り返されたら、真実になる」

 政府の方はどんな責任逃れをしたのか?

 「昨年12月、フィリピンの国家警察は保護下にいた約4000人が麻薬戦争で亡くなり、1万6000人以上の死因を『調査中』と発表した。1年4カ月の間に2万人が殺害された」。フィリピンに戒厳令が敷かれていた1972年から81年までに殺害されたのは、3240人だったのだが。

 国民は、2万人もが殺害されたことを知らないのだという。

 それは、「政府が常に数字を細かく割って発表し、『言われたことを報道しろ』とジャーナリストに言ってきたからだ」

 

 同時に、フェイスブックを使って、「組織的な、絶え間ない攻撃」も行われ、「ジャーナリストたちは屈服させられてしまった」。

 真実を求める戦いの中で、「死者数は最初の犠牲者となった」。

 レッサ氏は言う。「嘘が10回繰り返されたら、真実は追いつける。でも、これが100万回繰り返されたら、嘘は真実になってしまう」。国家が背後にあるオンライン上のヘイト発言の流布が、「嘘」を「真実」と思わせてしまうのだ。

 フェイスブックを始めとした、ソーシャルメディアが責任逃れをしたのはどんな時か?

 レッサ氏によると、「西側諸国とは違い、フィリピンの世論調査ではジャーナリストは長年、信頼される存在だった」。組織の独立性が弱く、政治は利権追求型になっているために、国民は報道機関を通して正義を求めたからだった。メディア報道が人々の生活を変え得ることを、フィリピンの国民は理解していたという。

 今年1月、米ピュー・リサーチ・センターの調査によると、伝統的メディアへの信頼度では世界の中でもフィリピンが第2位を占めた。調査に応じた人の86%が、伝統メディアは「公正で正確だ」と答えていた。

 しかし、地元フィリピンのEONによる調査では、伝統メディアに否定的な見方を持つ人は83%になった。フィリピンにはソーシャルメディアのアカウントは「6000万ぐらい」あり、ここでの言論が世論に大きな影響力を及ぼしたという

 2つの数字は正反対の状況を示した。「フェイスブック上で、現実があっという間に再構成されてしまった」。

 フェイスブックと言えば、情報拡散のためにメディアが使うツールの1つだが、その一方では憎悪をあおり、「もう一つの」現実を作っていた。メディアの「敵」となっていた。

 レッサ氏は、「言論の自由が言論の自由を押さえつける」状況にあることを指摘する。

 ソーシャルメディアを使ったプロパガンダは人々を欺くばかりではなく、ジャーナリストたちにも損害を与える。心理的な圧迫感を与え、攻撃を仕掛けるプラットフォームになってしまう。

 かつて、ジャーナリストはその報道によって投獄されることがあった。今は、「フェイブックの壁の中に入れられる。頭の中の牢屋に入れられる」。

 打ち負かすにはどうするのか?

 「私たち一人一人が恐れに立ち向かうこと」、「目撃したことを伝える勇気を持つ必要がある」。

 このような状況は「フィリピンだけではない」。

 2017年11月、「フリーダムハウス」の調べによれば、調査を行った65か国のうちの少なくとも30カ国で、ソーシャルメディアを使った、情報拡散のための「軍隊」が民主主義を攻撃している。「インド、南アフリカ、メキシコではツイッターが利用されている。他の国ではワッツアップが使われている。今や、ソーシャルメディアは独裁政権が好む媒体になっている」

 「攻撃の対象となるのは女性たちで、その攻撃は性的なものが多い。私たちから尊厳を剥奪し、力で服従させる」。

「生き延びる覚悟だ」

 では、どうやって生き延びたらいいのか。解決策は何か。

 「長期的には、教育だ。中期的にはメディアの読解力を深めること。短期的には、調査報道のジャーナリズムだ」。

 レッサ氏は米国の大手テック企業に希望を託す。ラップラーはフェイスブックと積極的に議論を重ねているという。

 「2年前、私たちの経営状態が好調になった時、政府のラップラーへの攻撃は一気にきつくなった。将来が危うくなるほどだった。しかし、私たちは生き延びる覚悟でいる。私には、プランB,C,D、Eもある」

  「しかし、どうか皆さんが注目しているこの時に、お願いがある。私たちが死の谷を飛び越していけるようクラウドファンディングに参加してほしい」とレッサ氏は呼びかけた。

 「世界新聞・ニュース発行者協会の皆さん、私たちを支援してくれてありがとう。これは世界的な戦いで、私たちは勝たなければと思っている」

 「ラップラーで働く、男性たちよ、女性たちよ。マニラは今、午前1時。みんなが受賞スピーチの様子を見ているはずだ。この賞はあなたたちの勇気に与えられたものだ。あなたたちが私を元気づけてくれる」

 「ラップラーの若い記者やほかのスタッフが、いかに多くのことを背負わなければならないかと思うと、胸が張り裂けそうになるほどつらい。暴力や免責に直面しながらも見せるその勇気、それでも当局に対して持ち続ける敬意、夜やってくる悪夢、そして使命感」

 「この賞はラップラーだけのものではない。フィリピンのすべてのジャーナリストに与えられたものだ」

 「会場にいるフィリピンのジャーナリストの方、どうぞ立ち上がってほしい。職務を果たすジャーナリストの皆さんだ」。

  場内のあちこちで、フィリンピン人のジャーナリストたちが立ち上がる。大きな拍手が湧いた。

「レイプするぞと脅されたことは?」「あります」、「あります」

 ラップラーのジャーナリストがインタビューを受ける、短い動画が上映された。

 以下は、質問にジャーナリストらが答える場面の文字起こしである。一つ一つの質問に別のジャーナリストが答えていく様子を想像していただくか、先の動画をご覧いただきたい

 ―仕事をやっているために、ハラスメントを受けたことがありますか?

 「はい」

 ―オンラインで脅しを受けたことがありますか。

 「はい」

 ―偏向していると言われたことは?

 「あります」

 ―愚かだと言われたことは?

 「あります。何度もです。愚かな人たちにそういわれました」

 ―敬意が足りないと言われたことは?

 「あります」

 ―汚職疑惑を向けられたことは?

 「あります」

 ―記事に関連して、「醜い」と言われたことは?

 「あります」

 ―「フェイクニュース」と言われたことは?

 「あります。何度も。批判的な記事はフェイクニュースと言われますよね?」

 ―「帝国主義のスパイ」と言われたことは?

 「あります」

 ー「共産主義の工作員」と言われたことは?

 「あります」

 ―「CIAの手先」と言われたことは?

 「あります」

 ―ジャーナリストとして、セクハラをされたことがありますか?

 「あります」

 ー家族が脅されたことは?

 「あります。特に娘が死んだときです。多くの人が馬鹿にして笑っていました」

 -レイプするぞと脅しを受けたことは?

 「あります」(女性)

 「あります」(別の女性)

 「自分はないが、家族はあります」(男性)

 ー暴力を使うぞと脅されたことは?

 「あります」

 ー殺すぞと脅されたことは?

 「あります」

 ーどうやって殺すかを説明されたことは?

 「あります」

 ―どのような暴力を使うと言われたのですか?

 「頭を撃ち抜くぞと言われました。生き埋めにするぞ、とも」

 ーあなたに報道を止めてもらいたいとき、どうしたらいいのでしょう。何かありますか。

 「ありません」(男性)

 「ありません」(女性)

 「ありません」(別の女性)

 「殺害ですかね」(男性)

 「私を殺すしかないでしょう」(別の男性)

  (動画終わり)

 レッサ氏は、この賞はジャーナリストと同様の脅しを受けながらも仕事を続けるフィリピン人にも与えられた、という。

 「ここで、特に呼びかけたい人たちがいる。政府機関の中で働く男性たちや女性たち。あなたたちの選択や妥協によって、フィリピンがどちらの方向に行くかが決まってくる」

 「これは、全てのフィリピン人に与えられた賞だ。法の支配のため、そして『報道の自由を守る』ために立ち上がり、私たちが信じる価値観のために戦い続ける人に与えられた」

 「私の名前はマリア・レッサ。私たちはラップラーだ。これからも変わらずにやっていきたい」。

フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)
フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)

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 フィリピンのメディア状況については以下を

【第四話】ロペス財団VSマルコスから見る、フィリピン麻薬撲滅戦争の今後の行方

(フリージャーナリスト、ドン山本氏による)

 ラップラーの位置付けについては、以下の記事の中にある石山永一郎氏の見方をご参考にされたい。

ドゥテルテ政権によるメディア選別と社会の分断が最大の課題/報道の自由とラップラー問題

(近畿大学国際学部教授、ジャーナリスト柴田直治氏による)

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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