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クルム伊達が、髪を短く切ったワケ…?

内田暁フリーランスライター

「凄く気に入ってますよ。楽だし、何より軽いし」

短く切った髪を指でかきあげながらそう言うと、クルム伊達は、チャーミングな笑顔で、こうも続けた。

「あっ、もしかしたら軽くなりすぎて(プレーの)バランスが狂ったかな?」

ほぼ一年に及ぶ長い長いテニスシーズンの、終盤も終盤戦。中国の南京、台湾の台北、そして日本の豊田市へと続く最後の連戦に挑むクルム伊達は、長かった髪を耳に掛かるか掛からないかまでに短く切っていた。10代の頃を彷彿させるそのヘアスタイルは、ただでさえ実年齢よりはるかに下に見える彼女を、一層若々しく見せる。周囲からの評判が良いというのも、納得だ。

■長いシーズンの終盤戦を戦う、選手たちのモチベーション■

先ほども触れたように、テニスのシーズンは本当に長い。新シーズンが開幕するのは、暦上は“旧年”にあたる12月末。そしてテニスの大会そのものは、それこそ12月最終週までバッチリ組まれている。どこで出場を打ち切りオフシーズンとするかは、ある程度は選手の判断に委ねられることになる。

その“判断”の指標となるのが、選手個々のランキングであり、大会のグレード分けだ。

例えば女子の場合は、“WTAツアー”と呼ばれる大会群が最も高いカテゴリーに位置づけされる。ここにはウィンブルドンなどの四大大会や、日本開催の東レパンパシフィックやHPオープンも含まれる。

その下には、ITF(国際テニス連盟)主催の大会が、総賞金額によりランク分けされている。最も高いのは10万ドルで、以降7万5千、5万……と続いていく。賞金のみならず獲得できる“ランキングポイント”も、大会の格が高いほど大きくなる仕組みだ。

さらには昨年から、WTAツアーとITF10万ドルの間に“WTAチャレンジャー(もしくはWTA125)”という新カテゴリーが登場した。今週台北で開催されているOECオープンも、また先週の南京大会もこのカテゴリーの大会である。

これらWTAチャレンジャーは主に10月~11月にかけアジアで開催され、来シーズンに向けランキングポイントを少しでも上乗せさせたいと願う選手達が、目の色を変えて戦う戦場だ。

WTAツアーは10月中旬に最後の大会が行われ、ランキング50位以上の選手のほとんどは、これをもってシーズンを終えるのが通常だ。

だが100位前後の選手にとっては、そこからが正念場になる。テニスの世界で最も権威あるグランドスラムに出るには、100位以内が一つの目安。だからこそ80~90位あたりの選手たちは、シーズン終盤でポイントを稼ぎ安全圏を確保したい。逆に150位くらいの選手までは、最後に猛チャージを掛ければ翌年1月の全豪オープンに出場できる可能性がある。あるいは200位前後の選手にとっては、全豪の予選出場圏内をめぐる戦いだ。だからこそ選手たちは、自分のランキングと大会スケジュール、そして体調など種々の要素を照らし合わせながら、どの大会に出るかを最後の最後まで吟味し、目指すランキングに必要なポイント数を日々計算しながら、年の瀬へと向っていく。

■クルム伊達の戦いとは■

ここで、冒頭に触れた、クルム伊達の場合である。

大阪開催のHPオープンでツアーを終えた後も、彼女は南京、そして現在開催中の台北とチャレンジャーに立て続けに出場。そしていずれの大会でも、接戦の末に初戦で敗れている。敗れた相手は、ランキング的にはいずれも自分より格下。シーズン終盤ゆえの疲労の蓄積や身体の痛みは当然あるものの、そこまで大きなケガなどがある訳ではない中での敗戦を、クルム伊達は「なにかピタっとかみ合うものが無かった。何もかもが中途半端な感じでした」と振り返る。その最大の原因を探った時、思い当たるのは「モチベーション」の在り様だ。

現在の彼女のランキングは54位。年内100位以内は既に確保しており、仮にここから先1ポイントも稼げなくても、来年の全豪オープン出場は確実である。逆にここから全ての大会で優勝しても、シード権がもらえるまで上げることはまず不可能だ。

対してクルム伊達の対戦相手達は、先述したような理由でヤル気に満ち満ちている。ケガが一番怖いこのシーズン終盤で、それこそタマのとり合いのような死闘を勝ち切るまでに闘志を引き上げるのは、彼女にとっては難しい状況だ。

そのような難しさを誰よりも感じていたのは、クルム伊達本人だろう。「去年は、自分のテニスを取り戻すためにシーズンオフを取らず戦い続けたし、2年前は全豪に出るため何が何でもポイントを取りたかった。でも今年は、何がターゲットかというのを明確に出来ないままに、ここまで来てしまった」と彼女は述懐する。もしかしたら髪を劇的に短くしたのも、そのあたりの事情が絡んでいるのかもしれない。

女性が髪形を変えると、どうしても、何か心境の変化があったのかと勘繰ってしまいがち。ベタとは思いつつその疑問をぶつけてみると、

「何があると思うんですか? まさか失恋とか(笑)? してませんよ。切りたいから切っただけで」

と、軽く笑顔でいなされてしまった。そして笑顔のままで、彼女は続ける。

「変化がないことに、変化をつけたかったんです」

たわいもないジョークのような声のトーンで、サラリと発せられた一言。だがこれは、これ以上無いまでに本質をついた言葉ではないだろか?

昨年の同時期に湧きあがった燃えるような闘志が今の自分に無いことを、彼女はきっと知っている。燃え上がる理由も、もっと言えば必要性も、今の彼女ならさほど無い。もしこれが20代の選手ならば、既にシーズンを切り上げて、次に備えるという選択肢が普通だったろう。

だが、37歳時に踏み出した第二のキャリアを“チャレンジ”と銘打った彼女が求める物は、戦う理由は、そんなところにはないはずだ。それが「何か」を言葉にするのは非常に難しいし、クルム伊達も聞かれるたびに苦笑いを浮かべている。それは、言葉にして輪郭を与えるのは困難なまでに膨大かつ複雑で、きっと彼女の中では、その必要が無い程に確固としたものなのだろう。

かき上げた髪の隙間から、その何かが、チラリと見えたような気がした。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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