Yahoo!ニュース

英国でもステルス大増税による景気後退懸念強まる(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=英スカイニュースより

英国では労働者が物価高を乗り切ろうと、賃上げを獲得し、所得が増えても、より高い税率が適用されるステルス増税(偽装増税)の問題に直面。政府の財政政策を監督する英予算責任局は増税が成長を阻害すると批判している。

話を英国に戻すと、ステルス増税(偽装増税)について、英財務省の報道官は10月6日付の英国営放送BBCの記事(電子版)で、「コロナ禍とロシアのプーチン大統領による不法なウクライナ侵略という二重の衝撃の後に財政を立て直すため、難しい決断をしなければならなかった。それでも英国の税金は他の欧州の主要経済国よりも低い」と述べている。

さらに、「インフレを抑制することが、現時点で最も効果的な減税だ」、また、「財務相は税負担をさらに引き下げたいと述べているが、健全な財政が最優先されるべきであることは明白だ」とにべもない。

ジェレミー・ハント財務相も10月6日付のBBCの記事で、「減税策が求められているが、英国経済が改善するまで減税を実現することは事実上不可能」と述べており、景気回復よりも、景気を冷やしてインフレを抑制することに重点を置いている。

また、IMF(国際通貨基金)も金利を高水準に維持しないと1970年代のインフレ危機が再来する危険があると警告。ハント財務相の景気支援よりもインフレ抑制が優先という政策を支援する。

英紙デイリー・テレグラフのコラムニスト、ティム・ウォレス氏は11月30日付コラムで、「IMFは各国中銀にインフレを(コロナ禍やウクライナ戦争などの)最初の経済ショック前の水準に引き下げるには数年かかるという歴史の教訓を学ぶべきと呼びかけている」とし、その上で、「IMFはインフレを完全に克服するには少なくともあと12カ月間は政策金利を高水準に据え置く必要があると警告している」と指摘する。

■歴史の教訓

歴史の教訓とは、IMFのアニル・アリ氏とレフ・ラトノフスキー氏の2人のエコノミストが最新のリポートで、「各国は歴史的に見てもインフレに対する勝利を祝い、初期の物価圧力の低下に応じ、時期尚早に金融政策を緩和してきた。その結果、すぐにインフレが戻ってしまった」と述べていることを指す。

ウォレス氏は、「1970年代は5年以内にインフレを抑制できた国は全体のわずか60%だけだった。インフレ抑制に成功した国は平均3年超にわたって高い金利水準を維持した」とし、時期尚早の利下げ転換がインフレを再燃させたと歴史が教えているという。

IMFはインフレとの戦いに完全勝利するためには各国中銀は金利を長期にわたって高水準に維持すると同時に、各国政府に対しても大規模な財政支出や減税を控える必要があると警告している。

■BOE、利下げは『時期尚早』と主張

英国ではイングランド銀行(英中央銀行、BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁も11月20日の講演で、「インフレが高水準にあるときにはリスクは冒さない」とした上で、「利下げを考え始めるには時期尚早」であると述べ、インフレ率が2%上昇の物価目標に確実に戻るためには金利を5.25%に維持する必要性を強調している。

インフレリスクについて、総裁は、「イスラエルとイスラム組織ハマスの武力衝突でインフレが再び上昇するリスクが高まっている」と指摘している。

最新の英国のインフレ率は10月が前年比4.6%上昇と、前月の同6.7%上昇から急低下した。インフレ低下の一方で、10月の英国のGDP伸び率が発表され、前期比0.3%減と、マイナス成長となったことを受け、BOEは景気刺激のための利下げ圧力に直面している。

テレグラフ紙は12月13日付で、「市場はBOEが来年末までに、年4回利下げし、金利を1ポイント引き下げ4.25%にするだろう」との観測記事を報じた。さらに、「利下げ開始時期は遅くとも5月までに借入コストを15年ぶりの高水準から引き下げ始める」と予想している。

市場で利下げ期待が高まる中、BOEは12月14日、金融政策決定会合を開き、予想通り、政策金利を3会合連続で5.25%に据え置くことを賛成多数で決めた、しかし、ベイリー総裁は会合後の会見で、イスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘継続によるインフレ上昇リスクが続いているとして、今後、長期にわたり据え置く考えを示した。

早期利下げ転換を期待する市場と、「利下げは時期尚早」と、慎重姿勢を取り続けるBOEとの温度差が明確になった。これは英国経済がリセッション(景気失速)に陥る確率が高まることを意味する。

BOEは12月会合で、「7―9月期GDP伸び率が前期比横ばいとなったあと、10月のGDP伸び率は前期比0.3%減となった。10-12月期とそれ以降の数四半期の経済成長率はほぼ横ばいになることが予想される」とし、景気後退懸念を強めている。

最新のBOEの11月経済予測では7-9月期GDP伸び率は前期比0.1%増を予想していたが、横ばいに下方修正されている。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事