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出生率をめぐるパズルと、それに対する「答え」

筒井淳也立命館大学産業社会学部教授
(写真:アフロ)

少子化のパズル

出生率についての研究では、ひとつのパズル(謎)があります。そのパズルとは、次のようなものです。

日本を含む経済先進国の間で1970年前後からみられた出生率の急激な低下は、主に女性の職場進出によるものだ、と考えられています。特に高い学歴を獲得した女性が増え、彼女たちが高い収入を得るようになると、結婚して子どもをもつことで失ってしまう収入が増えるために、少子化が進むのだ、という考え方です。

そして(少なくとも1980年代までは)たしかに、女性の就業率と出生率は各国内でマイナスの関係にありました。つまり、女性の職場進出が進むに連れて、出生率は下がる傾向が続いたのです。

ところが、1990年代くらいから、この理論では説明できない事態が生じたのです。それは、下の図1のような分岐が生じた、ということです。

図1 出生率の推移についてのイラスト
図1 出生率の推移についてのイラスト

つまり、アメリカやスウェーデンなど、女性の職場進出が本格化した国では出生率が回復し、女性の職場進出が停滞した日独伊などでは出生率が低い状態から回復しなかったのです。(より正確な推移のグラフは「少子化対策白書」にあります。)

要するに、「女性が職場進出すると出生率が下がる」という当初の理論的な予測とは正反対の状態が出てきてしまったわけです。

パズルの謎解き

理論に真っ向から対立する事実に直面した研究者は、当初はかなり当惑したと思います。しかし現在では、有力な「答え」が用意されています。

(英語圏を含む)いろんな論文を読み進めていくと、この謎に対しては、大筋で以下のような答えが共有されています。図2をみてください。これは、EngelhardtとPrskawetzの論文から抜粋したグラフに、筆者が色付けしたものです。グラフでは、イタリアとスウェーデンの2つの国について、1965年と(30年後の)1995年の合計特殊出生率とFLP(女性労働力参加率)の関係を示したものです。

1965年の時点では、この2つの関係はマイナスです(水色でマークした箇所をみてください)。つまり、イタリアでは女性労働力参加率が低く、出生率が高いのに対して、スウェーデンではその逆です。ところが1995年ではこの関係は逆転しています(赤色でマークした箇所を見て下さい)。

図2 出生率と女性労働力参加率
図2 出生率と女性労働力参加率

このグラフのキモは、国ごとに見たとき、出生率と女性の職場進出の関係はやはりマイナスのままだ、ということです。ただ、スウェーデンではイタリアよりも、女性の職場進出が出生率が下がる効果が緩やかであるために、近年では両者の関係がプラスに見えるようになったのだ、というわけです。これは、充実した保育や育児休業などの両立支援プログラムがあるために、女性が雇用労働に従事することのマイナス効果が緩和されたことの現れだといえるでしょう。

図ではイタリアとスウェーデンという二国が取り上げられていますが、その他の経済先進国を入れてもこの傾向が見て取れますので、これが(私見では)現在共有されている見解だと思います。(より多くの国で出生率と女性労働力参加率の関係の推移を見てみたいという人は、ぜひ私が作った「動くグラフ」をみてみてください。)

「伝統的」社会で出生率が低い理由

出生率を回復させた各国で、女性が仕事と家庭を両立させている理由にはいろいろなものがあります。この話はおいおいしていくつもりですが、逆に出生率を首尾よく回復することができなかった国に共有する特徴はなんなのでしょうか。

それは、「性別分業」なのです。性別分業とは、「男性は外で稼ぎ、女性は家庭の責任を負う」という労働の配分の仕方です。イタリアでもドイツ(特に旧西ドイツ)でも、そして日本でも、こういった考え方が根強く、両立支援プログラムの実施(国のものでも会社のものでも)がアメリカやスウェーデンに比べて遅れてしまったのです。こういった国では、子育てや介護において家族、あるいは女性が背負い込む責任が重く、そのせいで女性が「仕事か家庭か」の選択に直面してしまい、結果的に少子化を解決できないでいます。

しかしこういう説明に対しては、次のような反論がありえるかもしれません。すなわち、「両立支援などしなくても、女性が家庭に専念する社会の方が出生率が高いのには違いがないのだから、出生率を上げる手段として『伝統的家族』への回帰を考えても別におかしくないだろう」というものです。

これに対しては、次のような再反論が可能です。

「(かつてのように)女性には男性と同等の教育を与えなくても良い」と考えている人は、いまは少なくなっているはずです。もし女性が男性と同じ水準の教育を受ける社会であれば、その教育を通じて身に付けたスキルで女性が「稼ぎたい」と考えることをとどめることはできません。教育が男女平等であるのならば、仕事も平等にしないと無理が生じます。

こういう意味で、性別分業の維持は実はかなり難しい、非現実的な方針なのです。現に、性別分業を強化することで出生率を回復させた国は、現在のところひとつも存在しません。

もちろん、「伝統的家族」は必ずしも性別分業だけを特徴としているわけではありません(というより、実は社会学者の間では性別分業はむしろ「近代的家族」の特徴だと言われています。しかしその話はまた別の機会に)。前回の記事で書いたような、三世代同居もその一つの特徴であると考えられています。しかし、性別分業が出生率と深く関わっている以上、両者の関係についてのバランスの取れた知見を持つことは、すごく大事なことだといえるでしょう。

(追記:出生率と女性労働力参加率の関係についての上記の説明だと、出生率の「回復」まではうまく説明できないのではないか、と思われた人がいるかもしれません。実はそれも新たな「謎」なのですが、稿を改めて説明しようと思います。)

立命館大学産業社会学部教授

家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書、2023)など。共著・編著に『社会学入門』(前田泰樹と共著、有斐閣、2017年)、『社会学はどこから来てどこへいくのか』(岸政彦、北田暁大、稲葉振一郎と共著、有斐閣、2018年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。

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