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伝統的家族の復権は少子化問題を解決するか?

筒井淳也立命館大学産業社会学部教授
三世代家族(写真:アフロ)

効果がなかったこれまでの少子化対策

アベノミクス「新3本の矢」のひとつに、「希望出生率1.8の達成」という目標が掲げられています。出生率あるいは出生数に対して政府が数値目標を掲げたのは、あまり例がない新しい試みです。過去の政府系の委員会でも、数値目標を掲げようという動きはありましたが、報告書等に盛り込まれることは避けられてきました。その理由は様々でしょうが、戦争体験からくる人口政策への嫌悪感や、個人的選択への過度の介入への忌避感があるのだと思います。

それでも政権が数値目標の公表に踏み切ったのは、その数値が結婚や出産に関する人々の「希望」がかなったときに実現する数値である、という主張が背後にあります。希望しない人に無理強いしているのではなく、希望が叶うように政府が助けますよ、ということでしょう。

それにしても、日本のこれまでの少子化対策にはほとんど効果がありませんでした。図1をみてください。1991年の育児休業法、1994年のエンゼル・プラン(4大臣合意)、1999年の新エンゼル・プラン(6大臣合意)、2003年の少子化社会対策基本法と、逐次的に政策が発表されてきたものの、その間出生率は下げ止まりませんでした。ようやく出生率の動きが反転したのは2006年で、これはこれまでの政策の効果というよりは、主に団塊ジュニア世代による駆け込み出産の効果であったと考えられています。

図1 日本の合計出生率の推移と少子化対策
図1 日本の合計出生率の推移と少子化対策

日本で少子化問題が世に知られるようになって20年以上たちますが、事実上政府は無策状態でした。

三世代同居と出生率の関係

そしてここにきて、安倍政権やその周辺では、いわゆる「伝統的家族」の復活が必要なのではないか、という声がいくつか上がってきています。「三世代同居」を推進する政策がその一つです。具体的には、三世代同居を前提とした家屋の改築に税額控除を設ける、といった案です。

三世代同居と出生率の間には、プラスの関係があることを示唆するデータはたしかにいくつかあります。単純な一時点の散布図を下に示しましたが、沖縄と南九州地域を除くと、プラスの関係がみてとれます。

図2 三世代同居と出生率の関係(横軸が三世代同居率、縦軸が合計特殊出生率)
図2 三世代同居と出生率の関係(横軸が三世代同居率、縦軸が合計特殊出生率)

注:『平成14年度国土交通白書』から入手したデータより筆者作成。

それに、出生率に対する同居のプラス効果を指摘する研究者もいます。明治大学の加藤彰彦先生は、全国を対象としたアンケートデータの解析から、結婚時に父方同居している夫婦は、遠居夫婦と比べてその後子どもをつくる確率が高い、と論じました(論文)。

「伝統的家族」の復権には効果があるか?

しかし、この主張については、シカゴ大学の山口一男先生が分析上、そして実践上の異議を唱えています(記事)。そこでも触れられているのですが、親と同居しているかどうかが出生確率に影響するのか、という問いに現状入手可能なデータで答えることは、実はなかなか難しいのです。

「親と同居すれば子どもの数が増える」といえるためには、厳密には、親と同居したくない、あるいは現実的に無理と考えている人を含めて、そういった人たちが親と同居したときに子どもを(追加的に)つくるようになる、ということを示す必要があります。しかしそんなデータは存在しません。分析で使われているデータは、多かれ少なかれ<自発的>に親と同居した人たちが、そうではない人達と比べて子どもを多めに作っている、ということにすぎません。

こういった問題を計量分析では「セルフ・セレクション」(自発的にある状態を選んだ場合に、特定の状態がもたらされるということ)と言いますが、この傾向があると、同居の正確な効果はわからないのです。

要するに、同居を推し進めることに少子化問題を緩和する効果があるかどうかは、まだちゃんとわかっていないのです。もちろん、研究者の間では「まだちゃんとわかっていない」ことはたくさんあります。しかし問題はそれだけではありません。

筆者の研究では、親との同居は近居に比べて、親との精神的な関係があまりよくないことが示唆されています(論文)。三世代同居推進政策が大きな効果を持つためには、三世代同居を自発的に選択しにくい人たちが三世代同居を選択するように仕向ける必要があります。(もともと自発的に三世代同居を選びやすい人は、ある程度ほうっておいてもするでしょうから。)だとすれば、経済的優遇政策を導入すれば、なおさらお金の都合で幸福度を犠牲にする人が増えてしまうかもしれません。

いずれにしろ、効果がよくわかっていない政策を導入して人々の幸福度を損ねてしまうというのでは、そんな政策を推し進める政治家がいたとしても、あまり有能であるとはいえないのではないでしょうか。もちろん、(「育児や介護がたいへんで仕方なく」じゃなくて)親と同居したいのだけどそのためのお金が不足している人(どれほどいるのかわかりませんが)にとっては、悪くない政策かもしれませんので、うまく調整すれば少し効果があるかもしれませんが...。

私としては、出生力向上のためにやることは他にいろいろあるだろう、という意見です。そしてそもそもの、「伝統的家族の復活は少子化問題を解決するか」という問いについては、私自身は「むしろ逆である」と考えています。広く世界のデータを見渡してみても、伝統的家族を重視する(家族に負担を負わせる)国は、ことごとく少子化に悩まされているからです。

この問題を含めて、これからいくつか記事を書いてみようと思っています。

立命館大学産業社会学部教授

家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書、2023)など。共著・編著に『社会学入門』(前田泰樹と共著、有斐閣、2017年)、『社会学はどこから来てどこへいくのか』(岸政彦、北田暁大、稲葉振一郎と共著、有斐閣、2018年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。

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