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米中断交さえ!? 台湾総統の米国経由外交

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
台湾総統が中米歴訪 経由地のヒューストン到着(写真:ロイター/アフロ)

蔡英文総統の米国経由による中米訪問に対し、北京は米共和党議員に蔡総統と会わないよう警告。中国共産党系新聞環球時報は米中国交断絶さえちらつかせた。しかし蔡総統はトランプ陣営シンクタンクとも会っていた。

◆「過境外交」――中国が「蔡英文と会うな」とクルーズ議員に警告

台湾の蔡英文総統は8日、台湾と国交のあるホンジュラスやニカラグアなど中米4カ国訪問の際、米テキサス州ヒューストンに立ち寄った。中国では李登輝元総統や陳水扁元総統時代と同じく、台湾の指導者が中米訪問を口実に米国に立ち寄ることを激しく批判し抗議してきた。

中国語でこの現象を「過境(guo-jing)外交」と称する。

「境」は「国境」の意味で、「国境を渡る際に、通過する国に着陸して外交を展開する」という意味だ。

特に今回は、なんといってもトランプ次期大統領が昨年「禁断の電話会談」をした相手の蔡英文総統。北京政府は早くから「トランプ陣営が蔡英文と会ったりなどするものか」という報道を続け、警戒音を鳴らし続けてきた。

「共和党議員だって会いやしないさ。でも同情などすることはない」などと発信していたのだが、共和党のクルーズ上院議員など多くの共和党関係者が蔡英文総統と会談したことが明らかになった。台湾の民進党寄りの「自由時報」が、9日、詳細を伝えた。

クルーズ議員は、昨年の米大統領選において共和党候補指名争いに出馬していたテキサス州選出の上院議員だ。クルーズ議員は会談後、中国側から「蔡英文と会ってはならない」という警告の書簡を会談前に受けていたことを明らかにした。

どうりで、北京が早くから「共和党議員にさえ会えやしないさ」と報道していたわけだ。脅しが効くと思っていたのだろう。

ところが、そんな米国では、もうなくなっていた。

◆クルーズ議員、北京政府を牽制

クルーズ議員はさらに、以下のように述べて北京政府を牽制した。

●中華人民共和国は、アメリカにおいて、われわれがどの訪問客と会うかに関しては、われわれ自身が決めるのだということを知るべきだ。

●これは中華人民共和国と関係のないことで、米国と台湾の問題であり、法律上、われわれが防衛義務を負っている盟友との問題である。

●蔡英文総統と会談できたのは非常に光栄なことだ。われわれは、共同のチャンスと広範囲な討論を通して、米台双方の関係を高め、武器売却や外交交流および経済関係に関して話し合った。

●蔡英文総統との協力を深め、仲間としての関係を高めていきたい。

これはトランプ次期大統領が昨年12月11日に発した「米国が“一つの中国”原則に縛られるか否かは、中国の出方次第だ」という趣旨の言葉に勝るとも劣らない内容である。

◆いざとなれば米中断交だって怖くない――環境時報

蔡英文総統は同じくテキサス州のアボット知事(共和党)とも会談し、クルーズ議員との会談同様、台湾とアメリカの経済協力や軍事関係を協議したとのこと。

共和党重鎮のマケイン上院軍事委員長とも電話会談している。

さらに、共和党のファレンソルド下院議員は蔡英文総統と会談したことを明らかにしたうえで、「アメリカと台湾の関係を不安視する人もいるが、トランプ政権で、アメリカも台湾も偉大になると信じている」と述べ、トランプ政権が台湾との関係強化に乗り出すという見通しを示したとのこと。

そうでなくとも北京政府は、「蔡英文は必ず制裁を受けることになる。現に昨年(12月20日)、台湾と国交を結んでいたサントメ・プリンシペ国は台湾と国交を断絶し中華人民共和国と国交を結んだ(12月26日)。台湾を国家と認める国は、この地球上でわずか21カ国しかないが、それも一気に無くなっていくだろう」と環球時報に言わせていた。

環球時報は中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹紙だ。したがって環球時報の記事は中国共産党(習近平政権)の意志を反映していると見ていいだろう。

その環球時報は一歩進んで、米国が「一つの中国」原則を踏みにじるようなことがあったら、「中国はいざとなったら、米中国交断絶さえ恐れてはいない」と強気の報道をしている。

◆共和党系シンクタンクの代表とランチミーティング

台湾の「自由時報」によれば、蔡英文総統はヒューストン滞在中に共和党系のシンクタンクの代表とランチミーティングをして、米国の台湾政策に関して深い討議を行なったとのこと。

その面々がおもしろい。

1. ヘリテージ財団の創設者、エドウィン・フルナー(Edwin Feulner)氏

2. ヘリテージ財団・アジア研究センター主任のウォルター・ローマン(Walter Lohman)氏

3. Project(プロジェクト)2049の総裁、ランディ・シュライバー(Randall Schriver)氏

などである。

「1」と「2」にあるヘリテージ財団は、昨年12月5日のYahooコラム「トランプ・蔡英文電話会談は周到に準備されていた?」に書いたように、12月2日の「蔡英文・トランプ」電話会談の下準備をしたシンクタンクだ。

このたびヘリテージ財団からフルナー氏とアジア担当のローマン氏が出席したということが、12月5日の分析が正しかったことの、何よりの証拠だと自負している。

さて、筆者にとってもっと興味深いのは、なんと言っても、Project2049のシュライバー総裁が同席していたことだ。まさに昨年9月20日に、ワシントンD.C.で筆者が『毛沢東 日本軍と共謀した男』に関してスピーチをしたときの主催団体である。

昨年9月5日付け本コラム<ワシントンで「毛沢東」国際シンポジウム――日本軍と共謀した事実を追って>で詳述したように、シュライバー氏は共和党のジョージ・ブッシュ前政権時代に国務次官補代理を務めていた人物だ。中国共産党こそが歴史を捏造しているという認識を持っている。

台湾の「自由時報」は、シュライバー氏がトランプ政権においても国防部のアジア太平洋関係で、何らかの役割を果たすことになるだろうとしている。

蔡英文総統は、中米訪問後の13日にも、サンフランシスコを訪れることになっているが、そこでも再び「過境外交」が展開されるのか、その動向が注目される。

「一つの中国」原則に対するトランプ政権が掲げる「台湾カード」は、今年、アジア太平洋のパワーバランスを大きく変えていく最大の焦点になるだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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