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睡眠不足世界一なのに長寿国・日本が幸せでない理由

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
shutterstockより

 3月15日は世界睡眠デー(World Sleep Day)であった(註1)。日本人は睡眠時間が世界的にもっとも短いという記事、あるいは睡眠啓発活動が目立つ時期でもある。

 睡眠の重要性、あるいは日本人の睡眠が最短であるというニュースは多い。

しかし、睡眠記事のヤフコメにもよく見られる疑問だが、

「なぜ睡眠時間は短いのに長寿国なのか」

「睡眠の重要性は10年前から言われているが、なぜ睡眠時間が短いままなのか」

「睡眠時間が増えない国民性は考察されているのか」

 について、十分な情報を与えてくれる資料は、わたしが調べた限りでは見当たらない。

 政治や社会、経済の領域にも入るのでわたしの専門とは外れるのだが、不十分な分析なのを承知で、自分なりに考えてまとめてみた。

なぜ睡眠時間は短いのに長寿国なのか

 短い睡眠時間はさまざまな疾病リスクや総死亡率と関連するという研究結果は多い (Svensson et al., 2021)(註2)。一方で、WHOが2023年に発表した統計では、平均寿命が男女ともに最も長い国は日本(84.3歳)だった。

 睡眠だけの視点から見れば、もっとも睡眠時間の短い国民が、世界トップの長寿国であるのは、言われてみればおかしいと思うところだ。

 人間の健康は、睡眠だけで決まるわけではない。栄養や運動といった生活習慣や、収入や医療制度、社会保障といった社会的要因も関わってくる。治安の悪化や戦争、自然災害の多さなども、寿命には影響してくる。これらほかの要因、すなわち交絡因子については、日本は国際的にもかなり恵まれていると考えられる。

 しかし、長寿=幸福とは、必ずしも一致しない。「このような老後は送りたくない」という状態で長生きすることは、その人にとって幸福とは言えないだろう。近年目にすることが多いウェルビーイングという概念がある。「状態、心身ともに満たされた状態」を表す概念で、幸福度と類似した概念だ。

 国連が2024年に発表した世界幸福度調査によれば、幸福度において日本は137カ国中51位であり、睡眠時間のようにワーストではないにせよ、社会経済規模に比べて低い。日本人のウェルビーイングの低さは、短い睡眠時間も影響しているのかもしれない。

なぜ日本人の睡眠時間は短いのか 

 2018年の三島和夫先生による記事「日本が「睡眠不足大国」に転落した3つの事情」の内容が、コロナ禍後の現在でも当てはまっていると思う。

①働きすぎ ②長すぎる通勤時間 ③長すぎるスマホ使用、である。以下、最近の変化も含めて補足したい。

正規従業員の長時間労働と深夜業務・シフトワーカー

 日本の労働時間は、年々減少している(毎月勤労統計調査 厚生労働省)。しかし注意したいのは、パートタイム労働者の比率は、14.4%(1993年)から31.3%(2021年)と倍増していることだ。統計上は、労働時間の平均値は下がっているように見えることになる。

 週49時間以上の長時間労働者の割合も、日本人男性は2割を超え、ドイツやフランスの2倍である。日本の場合は、サービス残業という統計に表れない労働時間もあり、日本人の労働時間は短くなってはいないようだ。

 また、労働者の14.7%を占める深夜業務従事者、20.5%を占める交替制勤務者(シフトワーカー)の存在も大きい(令和3年 労働安全衛生調査 厚生労働省)。シフトワーカー3〜4割に、不眠がみられるという (Doi, 2005)。深夜業務従事者が多い職種は、電気や水道、ガス、道路・鉄道などインフラ系、運輸・輸送系、医療看護など、いずれもなくてはならない仕事である。今の日本では、インバウンド対象の観光業が成長しているが、ホテルなど宿泊・観光業もシフトワークである。

 外国にもこういった業種はあると言われるかもしれないが、日本はユーザーの要求レベルが異常に高い。電車は1分遅れただけでも謝罪アナウンスが入る。外国ではトイレも詰まり電気やインターネット設置も一苦労だが、日本のインフラのサービス水準は非常に高い。

 ただそうなると、やはり一人当たりの作業負荷は高くなるだろう。インフラのレベルは世界でもトップレベルだが、これも睡眠を犠牲にしているかもと言われれば、素直に喜べない。

 この問題のゲームチェンジャーとなるかもしれないのが、「2024年問題」と言われる働き方改革関連法だ。時間外労働が厳密に規制され、ユーザーにとってのサービスの低下は不可避となるだろう。しかしこれくらいの介入がないと、睡眠時間は増えないのかもしれない。

満員電車の長時間通勤は労働

 大学生や労働者のメンタルヘルスに携わっていると、長時間通勤によるメンタル不調は珍しくない。薬などよりも、職住近接の転居や転勤など環境調整のほうが、はるかに効果的だ。通勤時間が週5時間以上を越えると、睡眠障害のリスクも上がる (Halonen et al., 2020)。

 ニッセイ基礎研究所による「2020年被用者の働き方と健康に関する調査」によれば、最も長かったのは神奈川県で53.4分、最も短かったのは島根県で15.9分であった。過去の総務省による調査でも、首都圏の平均通勤時間は50分前後である。通勤時間は首都圏が最も長く、その後関西圏が続き、さらにそれに名古屋市をもつ愛知県が続くという傾向だ。

 これだけでも睡眠時間を圧迫するが、満員電車のストレスは、仕事とは別のつらさがある。わたしからすれば、満員電車で過ごす時間は勤務時間に同等、あるいは凌駕するとさえ思う。

スマホの驚異的な普及と進歩

日本人の睡眠時間は減っているが、同時に夜型化も進行している。23時に起きている人の割合は、1960年は10%強しかいなかったのが、2020年では半数もの人が23時に起きている(NHK 放送文化研究所 国民生活時間調査)。

 この数年の夜型化は、IT機器、すなわちスマホの使用時間の増加によるところが大きい。NTTドコモ モバイル社会研究所による「2022年スマホ利用者行動調査」では、スマホの利用により睡眠時間が減った経験を調べている。この経験が「ある」「少しある」の回答率を見ると、10歳代で73%、50歳代でも38%と、若年・中年層に至るまで、スマホによって睡眠時間が奪われている様子がわかる。

 睡眠啓発も進み、夜のスマホは良くないとわかっていても、つい見てしまう悪習が、わたしも含めて気にしている人も多いだろう。絶対的な解決法はないが、流通しているスマホ依存対策アプリやPokemon Sleepは、可能性があると思う。

日本人の睡眠時間は急に減ったわけではない

 2021年版の経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、33カ国の中で最も短かった。ヨーロッパの研究機関が63ヶ国・73万人強の最新の調査でも、日本は下から4番目の短さだ (Coutrot et al., 2022)。

 NHK放送文化研究所による国民生活時間調査でも、平均睡眠時間をみると、1960年は8時間13分、1980年7時間52分、2000年7時間23分、2010年7時間14分と、減り続けている。2020年は7時間12分であり、減少傾向は止まったが「下がり止まった」ままであり、回復傾向とは言えない。コロナ禍で睡眠時間は微増した傾向はあるが、睡眠時間が目に見えて増えた実感は持てない。

 このように、日本人の睡眠時間はこの数年で突然急激に減少したわけではなく、50年ほどかけて減ってきている。既に2013年に、National Sleep Foundationが日本、アメリカなど6ヶ国を対象に行った調査では、日本における7時間未満睡眠の人が占める割合は66%であった。アメリカが53%、イギリスが39%なので、10年前から国際的に睡眠不足が多くなっていたと言える。

 バブル以降の日本の停滞は「失われた20年」などと言われるが、睡眠についても国民の健康と生産性を失った「失われた20年」なのかもしれない。

日本人は睡眠を軽視する国民性?

 日本人は睡眠を軽視する国民性があるのだろうか。調べた限り、睡眠不足と国民性を論じた論文は意外に見当たらない。「日本人は勤勉」「昭和時代や儒教文化の名残」「仕事に対する要求水準が高い」などの理由は思いつくが、研究が少ないのは「日本人」という主語が大きすぎるのもあるだろう。

 先述した労働形態や時間や通勤通学など、自分では管理しきれない部分が大きいのも、睡眠時間が増えない要因だろう。シフトワーカーが減るとは思えず、ましやスマホのコンテンツは、今後もどんどん変化して、わたしたちの時間と注意力を奪っていくだろう。

 睡眠も多様化してきており、睡眠時間を十分にとることを実践している人もいれば、「睡眠は時間の損失」(註4)とばかりに、睡眠時間を削って努力したり、あるいは他人に睡眠不足を強制して働かせるところもまだあるだろう。

 個人としては、睡眠と健康、パフォーマンス、ウェルビーイングについて知識を持つ、睡眠中に人間の体の中でどのようなことが起こっているのかを知ることが、望ましい睡眠習慣への行動変容につながると思う。わたしも若い頃は夜更かしや寝不足などで、遅刻や注意散漫などひどいものだったが、睡眠についての知識が増えるにつれて、注意し行動を改めるようになったからだ。

(註1)世界睡眠学会(World Sleep Society)が定めた睡眠の重要性を啓発する日。奇しくも、2024年の世界睡眠デーのテーマは「世界の健康のための睡眠の公平性 Sleep Equity for Global Health」であり、睡眠の不平等と国際格差の解消を唱っている。睡眠時間が短い日本への警鐘とも言える。

(註2)近年は長時間睡眠と疾病リスク、死亡率とが関連するという結果が確立されつつあるが、本稿では睡眠不足・短時間睡眠に絞る。長時間睡眠と健康については、後日改めて。

(註3)「ぐっすり」の語呂合わせから9月3日に定められた。

(註4)発明王トマス・A・エジソンの格言。原文は、“Sleep is like a drug. Take too much at a time and it makes you dopey. You lose time and opportunities.”

Coutrot, A., et al. (2022). Nature Communications, 13(1), 7697. https://doi.org/10.1038/s41467-022-34624-8
Doi, Y. (2005). Ind Health, 43(1), 3-10. https://doi.org/10.2486/indhealth.43.3 .
Halonen, J. I. et al. (2020). Occupational and environmental medicine, 77(2), 77-83. https://doi.org/10.1136/oemed-2019-106173
Svensson, T et al.. (2021). JAMA Netw Open, 4(9), e2122837. https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2021.22837

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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精神科医の西多昌規(にしだ まさき)です。メディアなどで話題となっている、あるいは世間の関心を集めている事件や出来事を、精神医学やメンタルヘルスから読み解き、独自の視点をもとに考察していきます。医療・健康問題だけでなく、政治経済や社会文化、芸能スポーツなども、取り上げていきます。*個人的な診察希望や医療相談は、受け付けておりません。

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