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求刑を上回る判決の根拠は? 野田、心愛ちゃん虐待死事件判決の謎

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージです(写真:アフロ)

千葉県野田市で小学4年の栗原心愛さんの虐待死事件で、母親に下された判決は、検察の求刑を上回るのものでした。

執行猶予をつけた判決がでるだろうと噂されていたものの、まさか検察の求刑以上の刑がでるとは、驚きです。

判決について考えてみたいと思います。

母親の罪は?

裁判で母親が罪に問われたのは、父親である勇一郎被告のほう助です。

つまり夫が子どもを傷つける気持ちがあると知っていながらも、

1.直接制止したり、警察や行政機関に通報して保護を求めたりしなかったこと。

2.父親の指示をうけて、心愛ちゃんに食事を与えなかったこと。

が、罪に問われているのです。心愛ちゃんの死因に、食事をとらせてもらえなかったことが関係していると考えられています。

母親の事情

なぜ母親は、父親に従ってしまったのでしょう? 

裁判では母親に、恐怖や圧力を回避するため、自分の意見を述べることが難しく、他のひとのの意見に迎合しやすい性格行動傾向があることが認められています。

夫の意向の影響で、母親の実母(心愛ちゃんの祖母)ですら連絡を取ることができませんでした。

糸満市から逃げるように引っ越してきた千葉で、母親は周囲に相談相手もおらず、孤立した状態でした。そんななかで、高圧的で、支配的な言動を重ねる夫の意向に抵抗するのが難しい状態にあった、というのです。

母親は虐待を止めに入っていた

裁判では、母親が何もしなかったわけではないことが認められています。

実際に、長女に対する暴力を止めに入って、母親は父親からの暴行被害を受けたこともありました。父親は、母親の顔を殴るなどしたと、暴行罪にも問われています。

残念なことに、事件の時には父親がインフルエンザにかかってずっと家にいたことから、いつもどおりに、父親の目の届かないところで、心愛ちゃんを休ませたり、いたわったりすることが、ほとんどできなくなっていたのです。

また警察の捜査段階から心愛ちゃんのためにと、父親がしたひどい仕打ちとそれに対して自分がどのように関わったのかを、詳しく話しています。客観的証拠からではわからなかった、家庭内での虐待の実態の解明に協力したのです。

なぜ求刑を上回る判決なのか?

裁判ではこれらの事情を勘案して、「相応に非難を減ずべきである」といっています。また母親の実母は、これから母親を支援するともいっています。それなのになぜ、求刑をうわまわる判決となったのか、その理由が明らかにされていないのは、不可思議としかいいようがありません。

そもそも、直接父親の虐待を制止しなかったことについて裁判では、心愛ちゃんが一度児童相談所に保護された経緯などを知っている母親は、「警察や児童相談所への通報や相談が容易に思いつくはずである」と断じています。果たして、そうでしょうか?

以前住んでいた糸満市では、母親の家族ぐるみでDVを相談したにもかかわらず、支援に繋がりませんでした。

心愛ちゃんが、父親からの暴力を学校に告白し、児童相談所に繋がりましたが、最終的には帰宅させられています。

むしろこのような「挫折経験」を経て、母親は無力感を募らせていったのではないでしょうか?

「思いついた」としても、「確実に安全に逃げられる」と確信できたでしょうか?

そもそも母親が、恐怖や圧力を回避するため、自分の意見を述べることが難しくなったのは、もともとの「性格」の問題なのでしょうか?

母親自身は、「旦那からされていたことはDVと違うと思った。旦那のことが好きだった」と述べています。

愛情と暴力とが混然一体となった生活は、ひとの心をむしばみます。

母親自身が、自分に向けられている暴力を暴力だと思えていないのに、子どもの暴力を暴力だと認識して、救うだけの知恵と勇気をもつことができたでしょうか?

心愛ちゃんと母親が頼れる社会へ

裁判長は、「心愛ちゃんが頼るべきは、あなたしかいなかった。今後は社会の中で、心愛ちゃんや今回のことを振り返って、反省の日々を過ごしてほしいです」と説諭したといいます(「夫に抵抗するのは困難」 母親に保護観察付き猶予

では、そのお母さんは誰に頼ればよかったのでしょうか? 

唯一の救済の道は、母親が自分の状況をDVだと認識し、子どもを連れて逃げることだったと思います。なぜそれができなかったのか。「頼るべきはあなたしかいなかった」と母親を責める前に、私たちが、社会が、彼らに何ができたのかを問い直すべきなのではないかと思います。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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