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マレーシアオープン優勝の錦織圭 プレッシャーに打ち勝った「凄く大きな勝利」

内田暁フリーランスライター

「今日の試合は、最初は『負けたな』と思うくらい、彼(対戦相手のジュリアン・ベネトー)が良くて……」

試合終了後の会見で、彼は安堵の表情と共に、そう率直な思いを口にした。

確かに、過去9度もツアー決勝に進みながら一度もタイトルを持たぬ32歳のベテランの、この試合にかける集中力と気迫は凄まじかった。サーブが走り、時速200キロ前後のエースがライン際を抉る。勝負を仕掛けるタイミングも早く、少しでも錦織のショットが甘くなればネットに出て絶妙なタッチでボレーをネット際に沈める。第3ゲームをいきなりブレークされた錦織は、試合序盤は自分のサービスゲームでさえ、ポイントを取ることに苦労した。

徐々に相手のプレーにも馴れ追撃を開始するが、それでもなお苦しみは続く。3-2からの相手ゲームでは5本のブレークポイントを握りながらも、最後は相手にウイナーを連発され取りきれない。

さらには4-3からのゲームでも、4本のブレークチャンスを逃した。

ただでさえ劣勢を強いられている局面での、立て続けての追い上げの機の喪失――。

普通なら、戦意まで喪失しそうなところだ。彼はこの時、どんな心境でコートに立っていたのだろうか? 

優勝者が、振り返る。

「デュースが長く続けば続くほど、そのゲームを取られたとしても、次のゲームで絶対にチャンスが来る。相手のサービスゲームで、少しずつプレッシャーを掛けられたら良いなと思いながら毎回やってます」。

例え取られても、必ず相手にダメージは与えている……その強き信念こそが、最後には勝利をつかんだ要因だろうか?

同時に彼は、機を逃すことで自分に掛かるダメージについても、こう明かす。

「あれだけ取れないとイライラも徐々にたまってくるし、ショットの自信も無くなってきて、何をしたらよいのか分からなくなってきて……」。

自信と懐疑のせめぎ合い。その葛藤を乗り越えた末に、5-4のベネトーのサービスゲームでは、相手のミスもありあっけないほど簡単にブレークが転がり込んだ。

「5-4からのゲームは相手に助けられたところもありましたが、あの長い2ゲームがあったからこそ、ブレークもあったと思う。少しずつの積み重ねで、一試合を戦うことが出来ました」。

少しずつの積み重ねで穿った小さな穴は、徐々に自信を持って振り抜く錦織の力強いショットにより広げられ、やがては相手のプレーを瓦解させるまでに至る。第1セットをタイブレークの末に奪った錦織は、第2セットの第7ゲームでは得意のフォアで相手を攻めたて、今度は最初のチャンスでブレークを奪取。そうして得たリードを守りきり、頂点へと一気に駆け抜けた。

現在世界8位の錦織は、今回のマレーシアオープンには、第1シードとして挑んでいた。その地位に全米オープン準優勝者という肩書も合わさって、彼を圧倒的優勝候補と見る声が多数を占めた今大会。そのような状況で戦うことを、錦織は一つの「チャレンジ」だと定義し、そこで勝つことこそが「トップ選手の使命」とまで感じていた。その中で迎えた決勝戦であり、決勝前日は「勝てば250(のランキングポイント)が掛かっていると思うと眠れなかったり、プレッシャーも掛かってきた」と告白する。

全米オープン準優勝直後であり、日本開催の楽天ジャパンオープンを迎えたこの大会を振り返り、何を最も誇りに思うか――? 

その問いに対し、勝者は穏やかな口調で、こう答えた。

「決勝戦では相手のテニスが凄く良かった中で、このプレッシャーに勝ち逆転出来た。特にこのシーズン終盤になってくると、『何位で終わりたい』というのも徐々に見えてくる。その中で、ベストでないにも関わらず勝てたのは、凄く意味があると思います」。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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