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ロシアの攻撃で死亡した91歳のホロコースト生存者 24年前の証言VHS破壊、デジタル動画公開

佐藤仁学術研究員・著述家
(USCショア財団提供)

2022年にロシア軍がウクライナに侵攻してから、多くの市民が犠牲になっている。その中の1人が2022年4月4日にマリウポリで殺害された91歳のワンダ・セムジョノワ・オブジェドコワ氏だ。

オブジェドコワ氏はユダヤ系ウクライナ人で、第二次世界戦時にはナチスドイツによるホロコーストで母親は殺害されたが、彼女はギリシャ系の家族出身だと両親の友人が言ってくれて殺害を免れて生き延びることができた。1930年12月生まれのオブジェドコワ氏が10歳の時の1941年10月にナチスドイツがマリウポリに侵略してきて、ユダヤ人を大量に殺害した。ナチスはウクライナではマリウポリだけでなく、キーウやオデッサでも大量にユダヤ人を殺害した。特に3万人以上のユダヤ人を銃殺したキーウ近郊のバービヤールの大量殺戮はホロコーストの歴史の中でも最大級の事件の1つである。

オブジェドコワ氏は戦後生き延びることができて、ホロコースト時代の記憶や経験を証言する動画を24年前の1998年に撮影して残していた。その動画はVHSだったので、ロシア軍による攻撃でビデオテープも破壊されてしまい見ることができなくなってしまったと娘のラリッサ氏は語っていた。

だがオブジェドコワ氏の証言動画は南カリフォルニア大学(USC)のショア財団にも保管されており、ショア財団ではオブジェドコワ氏の死後に1998年の動画をデジタル化してYouTubeで公開。ホロコーストの記憶や経験を語る時には、当時の経験や記憶の精確で詳細な部分まで語ってもらいたいことから自分の一番話しやすい言語で話すのが通常で、動画ではオブジェドコワ氏はロシア語で語っている。

南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの「記憶のデジタル化」の取組みを積極的に行っている。映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して1994年に創設された。オブジェドコワ氏の証言が撮影された1998年はインターネットは普及し始めたばかりで、まだ動画の録画やデジタル化は容易ではなかった。ビデオで撮影してテープで保存していた動画の多くはデジタル化されてこのようにインターネットで世界中から視聴することができるようになっている。

▼VHSは破壊されてしまったがデジタル化されて公開された証言動画

「ホロコーストの記憶のデジタル化」

戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。

現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのようなことをホロコースト博物館やユダヤ機関は懸念して、ホロコースト生存者が元気なうちに1つでも多くの経験や記憶を語ってもらいデジタル化している。だがホロコーストを経験した生存者は当時の悲惨な体験を子供たちや世間の人に語りたがらない人の方が多い。

▼幼少の頃のオブジェドコワ氏

米国ホロコースト博物館提供
米国ホロコースト博物館提供

▼最近のオブジェドコワ氏

米国ホロコースト博物館提供
米国ホロコースト博物館提供

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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