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英Economist誌の日本女性に関する記事に誤り。保育園保護者として黙っていられなかったこと。

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

数日前、英語ネイティブの友人から、この記事が送られてきました。

Japanese women and work “Holding Back Half the Nation”

長い記事ですが、趣旨はシンプルです。日本の女性活用が遅れに遅れていること。そのため、東京大学を卒業したようなもっとも優秀な人であっても、女性であることを理由に伝統的な日本の企業社会では活躍の余地がない…といったことを、データや識者のコメント、働く女性自身の体験談を交えて紹介しています。安倍政権の女性政策やその課題など最新の話題も盛り込んであります。

多少なりとも「働く女性問題」に関心がある人にとっては「そうだよねえ」と同意したり「ああ、またその話ね」と思ったりするような、そんな記事です。この分野を取材して10数年の私もそんな感想を持ちながら読み進めていきました。本当に、日本はダメだよね…と。

ただ、ひとつの段落に明らかな間違いを見つけ、黙っていられなくなりました。こんな風に書いてあります。

Yet many Japanese women, who are particularly protective of their children, distrust day care (one reason women in the countryside have more children is that they are more likely to have parents nearby to lend a hand). What is required, more people now argue, is an army of foreign nannies.

出典:Economist

要約すると、日本女性は保育園を信用していないから、外国人のベビーシッターを入れるべきという議論が盛り上がっている、という感じでしょうか。”particularly protective”という表現があるので「子どもを良い環境で育てたいと考えるような女性たちは」と限定しているようですが、はっきり言って、これは、私自身の経験からも、私の友人である働く母親たちの経験からも、間違った記述です。

日本の、特に都市部の高学歴の女性たちは保育園を使いたがっていますし、実際に利用している人に尋ねると、多くが満足し、保育園の先生に感謝しています。友人(女性)の一人は「私なんて子どもの担任の保育園先生のことを信頼して尊敬していて、ものすごく好きすぎて結婚したいくらい」と言っています。

私自身、主婦家庭で育ち、自分は幼稚園に通いました。今、2人の子ども達は地元の公立保育園に通っています。はじめのうちこそ、赤ちゃんを預けることに抵抗感を覚えたものの、都心部にも関わらず広いスペースを確保し、プロが手厚くケアしてくれることに良い意味で驚き、安心しました。核家族で子育てしていると、どうしたらいいか分からず、孤立感を覚えることもありますが、そんな時、先生達の優しい言葉やアドバイスに、どれだけ励まされたかしれません。年長組の息子は3歳頃から保育園の先生にひらがなを教えてもらい、今や小学校2~3年生向けの本を自分で読むほどです。すべてとは言いませんが、良い保育園は「働く親のために子どもを預かる」だけではく、就学前教育の役割も果たしているのです。

保育園が「足りない問題」と「中身の問題」をごっちゃにするな

このような経験を持つ親はたくさんいます。もちろん、財政難から保育園を増やすことができず、待機児童が多い自治体もあります。ただ「保育園が足りない」という問題と「今ある保育園が良いかどうか」という話をごちゃまぜにしてはいけないのです。残念ながら、メディアの報道は「保育園が足りない」問題を「今ある保育園は良くない」問題に取り違えていることもたまにあります。

そのせいか分かりませんが、このEconomistの記事は全体にバランスが取れているのに、保育園や育児サービスに関する部分だけが、偏向していました。きちんと取材して、今、現在働いている親たちに話を聞けば、こんな表現にはならないはず…。

そう思って、記事のコメント欄に「六本木周辺に住んでいたり働いている人だけでなく、普通の日本人にもインタビューをしてください。彼・彼女たちは当たり前のように働き、育児をして幸せに暮らしています」と書いてみました。

そんなことをしている間にも、別のアメリカ人の友人・知人たちから「これ、読んだ?」「どう思った?」という連絡が続けて入ってきました。そのたびに「いい記事だけど、保育園の部分は間違っているんです」と説明しつつ、イライラした気持ちになりました。

確かに、日本の働く女性の置かれた状況は改善しなくてはいけません。世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数が毎年落ちるような不名誉な状態から、脱却すべきです。そのために政治も企業も、もちろん女性個人も様々な努力が必要でしょう。

日本社会をよくしたいと思うひとりとして、英語メディアで働く方には、フェアでバランスの取れた報道をお願いしたいです。また、英語を話さないし日常生活では読まない日本人にも、ぜひとも取材をしてほしいと思います。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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