「これ大丈夫?」上白石萌音から深津絵里へ〈カムカムエヴリバディ〉が週半ばでがらり変わった理由
“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)第8週は安子(上白石萌音)編からその娘るい(深津絵里)編に移行した。週の途中でヒロインが変わるのもなかなか攻めた構成なうえ、安子とるいのドラマもかなり劇的。安子からるいへーー。この衝撃の展開をどう考えて作り上げたのか。制作統括の堀之内礼二郎CPと演出担当の安達もじりさん、の思いを聞いた。
安子編衝撃の終幕
――切り替えを週の半ばに設定した意図を教えてください。
堀之内礼二郎(以下 堀之内) 当初、安子編は第7週の終わりまでと考えていましたが、安子編の物語が膨らみました。ただ結果的に第8週の半ばになったことで安子編とるい編が繋がっている感じが出せてよかったと感じています。例えば、第7週の金曜日に安子編が終わっていたら、視聴者の方々が土日をつらい気持ちで過ごさないといけななかった。安子編の衝撃的な展開の翌日、るいの物語が鮮やかに立ち上がったことで、いいヒロインのバトンタッチになったのではないでしょうか。
安達もじり(以下 安達) 水曜日(第38回)のるいの初登場をどうやったら印象的に見せることができるか考えました。結果的に、当たり前に“そこにいる”という表現が一番と思いました。安子と別れて10何年、思い出深い旭川の川辺に立っているるいの背中の佇まいを大事に撮りました。るいの振り返りからキャッチボールのシーンはどうしても岡山のあの河原で撮りたいと思って、あの場面のためだけにロケをさせてもらっています。
安子編とるい編を分けるために主題歌をあの位置にもってきたのは、第2週でその回の終盤主題歌をかけた経験上、効果的であることはわかっていたので、自信をもってできました。テロップの順番も、頭が上白石さんで、最後に深津さんを出すことでバトンタッチを印象付けられたらと考えました。
――安子編の終わりが衝撃的でしたが、作っていていかがでしたか。
堀之内 ヒロイン三代の物語の大枠は最初に決めていました。中でも安子とるいの別れをどう描くのかは、このドラマとどう向き合うかはと同義のようなものです。ふたりの別れは物語上、必要だったので、別れの道筋はみんなで議論しながらずっと考えてきたことではありましたが、最終的に藤本さんからあがってきた脚本を読んだとき、衝撃で読み進めることが困難なほどでした。
安達 (目を両手で覆い熟考しながら)……相当悩んで議論を深めたうえで藤本有紀さんに書いていただいた脚本だったので、できあがったものを読んで、これはもうやるしかないという気がしました。安子さん(上白石萌音)と「とにかくやってみましょう」と取り組みましたが、ひじょうに難しい局面でございました。
なぜ安子とるいが別れることになったか……基本的にはちょっとしたぼたんの掛け違いなんですよね。その因果関係をわかりやすくするため、まず第36、37、38回と3話分を1話ずつではなく45分の1本もののように考えて作り、区切りのよいところで3回に分けるようにしました。
――上白石さんとるい役の古川凛さんとは「I hate you」のシーンの撮影のとき、どうでしたか。
安達 このシーンは古川さんがクランクインしてから早いうちに撮ったものでしたが、おふたりとも体当たりで演じられて、圧倒されながら撮りました。
堀之内 よく子供が親に「大嫌い」と無邪気に言うのとは違うんだなと。「I hate you」は直訳すると「私は憎む、あなたを」ですが、なんだかそう感じてしまったほど。るいは理性で英語を使っている。だからこそ安子には衝撃なんですね。ずっと一緒にカムカム英語を聞いてきて、英語が二人の絆になっていたことも大きいと思います。
これ大丈夫? と心配しながらもうまい深津絵里と村上虹郎
――第39回、深津さん演じるるいと、村上虹郎さん演じる勇のキャッチボールの場面、俳優さんたちの巧さで年齢差が気にならないくらいいいムードでした。そこはどう思って撮りましたか。
堀之内 藤本さんが全体設計を書いたときからあった場面で、それからるい役に深津さんが決まり、勇役は、彼女のおじさんとして向き合える人を探したところ、村上さんはお若いのに不思議なくらい人間としての大きさをもっている役者さんだなと思い、スタッフ全員もそう感じてくれたので依頼しました。
安達 一番の冒険のシーンで、正直、深津さんも村上さんもおふたりとも「これ大丈夫?」と心配されていましたが、「大丈夫です」と言い切りました。実際、ほんとうにおふたりの技量があったからこそできたことと思います。朝ドラはある種、登場人物の関係性で物語を紡いでいくドラマです。村上虹郎さんは二十代ですが、長い期間、勇として生きてくださり、視聴者の方々も彼を見てきてくださったので、成長したるいを受け止めるのは村上さんしかいない。また深津さんが代替わりしながら赤ちゃんの頃から育ってきたるいとしてその場にいてくださったので、勇とるいの関係性がちゃんと感じられた場面になったと思っています。
堀之内 村上くんはあのシーンがクランクアップでした。視聴者に寄り添う方で、台本を読んで「ほんとにこれ大丈夫なんですか」と率直に聞いていましたが、当日は、「俺はこれまでずっと見守ってきたるいのおじさんなんだ」と最終的に腑に落ちた様子で臨んでくださった。それがすごくよかったなあと思いました。
――昔はよく笑う子だったるいが声を出して笑わなくなったという千吉のセリフがありますが、勇には笑っていて心を開いているという意味合いですか。
安達 誰に対しても笑わない子ではなく、一見、ふつうに生きているが、実は心の扉を閉ざしているというバランスがいいのかなと深津さんと相談しながら撮りました。また、藤本さんが、るいは大都会に出てもそこで羽ばたくのではなく、大都会の片隅のクリーニング屋さんという小さい世界の中からちょっとずつ幸せを掴んでいくような、だんだん扉が開かれていくようにしたいとおしゃっていました。圧倒的にエネルギッシュな都会でささやかに生きることでるいの気持ちの切なさがより見えてくるかなと思っています。第10週以降、少しずつるいの気持ちがほどけていく。そんな繊細なドラマを作っています。
堀之内 初めから大きな傷を背負ったヒロインは、今までの朝ドラでなかった気がします。普通の朝ドラで、いきなり第1週でこういうところから描いても、視聴者の方々もなかなか受け止めることが難しいかもしれませんが、岡山編で幼い頃からずっと見守ってきたるいだから、共感できる構造になっているかなと思っています。3部構成だからこそ生まれたヒロインだと思います。
がらりと変わった大阪・るい編
――大阪編のはじまりはミュージカル調で、岡山編と雰囲気がだいぶ変わりました。
安達 藤本さんの台本のト書きに「なんとなくミュージカル」と書いてあって、そのほどよい加減を楽しみながら探りました。それまで内容的にもしんどいところが続いたので、ちょっと明るくなりたい欲求が高まって、がらりと変えていいかなと。3部作のなかで一番の大都会である大阪、60年代の上り坂でエネルギッシュな時代、そこに飛び込んだ少女をミュージカル仕立てで描こうという思いでした。岡山と比べたら大阪は猛烈に大都会で、この喧騒の中でひとりで生きていくヒロインの物語にふさわしい熱量をどう出せばいいか試行錯誤をしました。
――深津さんの印象はいかがですか。
堀之内 深津さんはものづくりに真摯に、全神経、エネルギー、時間を使って向き合ってくださる方です。まじめなシーンをまじめにやるだけでなく、楽しいシーンもより楽しくするために真面目に向き合ってくれる。まさにエンターテナーだと感じました。
――岡山編では旭川が、大阪では道頓堀川が出てきます。川をモチーフにしていますか。
安達 岡山と大阪と京都を舞台にすることを決めたとき、まず川を大事にしたいと考えました。ロケハンで岡山の旭川に行ったとき、京都の鴨川に空気感が似ていてここをリンクさせたら三代が繋がっていくかなと感じました。ありていではありますが、川の流れのように人は歩んでいくってことをこっそり表現できたらいいなと思ってやっています。
☆年末は12月28日(火)まで、年明けは1月3日(月)から放送
連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)
制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
作:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」