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【逃げ上手の若君】足利尊氏が鎌倉幕府への叛逆前に神社に祈ったこととは?

濱田浩一郎歴史家・作家

集英社の『週刊少年ジャンプ』に連載されている漫画「逃げ上手の若君」が2024年7月から9月まで、アニメとして放送されていました。「逃げ上手の若君」の主人公は、南北朝時代の武将・北条時行(鎌倉幕府第14代執権・北条高時の子。幼名は亀寿)です。元弘3年(1333)5月7日午前4時頃、足利高氏(尊氏)は「二万五千余騎」(『太平記』)の軍勢を率いて、丹波国篠村を立ちます(高氏は鎌倉幕府に叛き、宮方(後醍醐天皇方)に加勢する決断をしていました)。夜は未だ明けず、辺りは静寂でありました。篠村宿の南まで来た時、鬱蒼たる森の中から鈴の音が微かに聞こえてきたと言います。森中に神社があり、禰宜(神官)が鈴を振っていたのです。

鈴音を聞いた高氏は(どのような神社かは分からぬが、戦場に赴く門出)ということで、馬から下り甲を脱ぎ、祠の前に跪くのでした。そして「今日の合戦に勝ち、朝敵を退治することができますようご加護をお願い致します」と祈願するのです。その後、高氏は社の巫女に「この神社はいかなる神を崇め奉っているのか」と問います。すると巫女は「この社は石清水八幡宮(京都府八幡市)をお遷し参らせたものです。篠村の新八幡宮と申します」と答えるのでした。その言葉を聞いた高氏は「(八幡神は)当家尊崇の霊神である。願書を奉ろう」と言います。疋檀妙玄(後に右筆方奉行人を務めた人物)は、鎧の合わせ目から矢立(硯)を取り出し、高氏の祈願の言葉を書き留めます。

その願書(願文)は、八幡大菩薩は天皇家代々の「宗廟」、源家中興の「霊神」とし、鎌倉北条氏の「猛威」「悪逆」を記述。高氏は悪逆非道の北条氏を討伐する決意を述べ、八幡大菩薩の加護を祈ったのでした。高氏は願書に花押(サイン)を記し、鏑矢を宝殿に奉納します。高氏が願書を奉納したのは、篠村八幡宮(亀岡市篠町篠)。創建に関しての詳細は不明ですが、縁起(社寺の由来などを記した文献)によると、後三条院の御代の延久3年(1071)、勅願により創建されたようです。「河内誉田の神霊」を遷したもののようです(京都府編『京都府史蹟勝地調査会報告 第3冊』大正8年~大正15年)。ちなみに八幡神は源氏の氏神であり、源頼義や源義家の崇敬を受けていました。源頼朝も鎌倉の鶴岡八幡宮を崇敬したことはよく知られています。

歴史家・作家

1983年生まれ、兵庫県相生市出身。皇學館大学文学部卒業、皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『北条義時』『仇討ちはいかに禁止されたか?』『明徳の乱』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)ほか著書多数

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